連載
#8 ここは京大吉田寮
なぜ今ヒッチハイク? スマホを置いて「偶然の出会い」を求める旅へ
ヒッチレース参加者インタビュー3人目です

京都大学吉田寮の寮祭名物企画「ヒッチレース」。参加者は目隠しをされてドライバーから「国内のどこか」へ車で飛ばされ、ヒッチハイクを駆使して寮への帰還を目指します。新潟から帰還した参加者が出会ったのは、「水晶玉」と大衆演劇の団体、それからしゃべくりおじいちゃんでした。(朝日新聞withnews編集部・川村さくら)
〈ヒッチレース参加者インタビュー〉
築112年の京都大学「吉田寮」の寮祭名物「ヒッチレース」。参加した5人に帰還の過程を聞きました。今回は3人目です。
1913年に建てられ、現存する国内最古の学生寮といわれる京大「吉田寮」。今年は5月24日~6月1日に「寮祭」が開かれました。
その名物企画がヒッチレースです。55人が参加しますが、そのうち寮生は一部で、寮や大学の外からも多くの人がやってきました。
5月24日0時。多数のドライバーたちの車にくじで振り分けられ、参加者たちは分かれて乗車します。到着するまで、どこに降ろされるのかは見当がつきません。
さらに、企画の運営側が推奨するのは手ぶらでの参加です。つまり、身一つで見知らぬ土地からスタートすることになります。
「レース」といえど帰還の「早さ」を競うわけではありません。帰還の過程の「おもろさ」が注目され、参加者たちは後日寮で開かれる「お土産話会」で聴衆にエピソードを披露します。
京都出身の植田碧(みどり)さんは、現在は大阪大学を休学中。今回は3年連続3度目の参加でした。
1度目は新潟県糸魚川市から丸一日かけて、2度目は鹿児島県の下甑島(しもこしきしま)から6日をかけて帰還しました。
今回は福島県南会津郡下郷町の観光スポットとしても人気な「大内宿」から、2日ほどで寮へ戻ってきました。
乗せてもらった車の数は12台。1台目は群馬から旅行で訪れていた家族連れで、会津若松市まで送ってくれて、サンドイッチもくれたそうです。
市のリサイクルセンターの入り口で声をかけて若い女性に乗せてもらい、会津若松インターチェンジそばのコンビニに到着。
続いて若い夫婦が一番近いパーキングエリアまで送ってくれましたが、他に車が止まっておらずさらにもう一つ先へ。道中ではモスバーガーとビールと恵んでくれました。
降ろしてもらったパーキングエリアで次の車を探すために人に声をかけたところ、「この車は満杯だけど…」と後続の車へ案内されます。
一行は何かしらの講演会帰り。
「『先生』って呼ばれている人がいて、水晶玉を持ってる人たちでした」
そのうちの1人は金沢の大衆演劇の小屋の社長で「明日来たら公演見せてあげるよ」と誘ってくれました。
金沢まで西進できるところでしたが、新潟に住む知り合いに会いたかったため、新潟市で下車。しかし家は留守で、このときもう午後7時でした。
ラーメン屋の駐車場で声をかけた30歳くらいの男性に、黒埼パーキングエリア(新潟市)まで送ってもらいます。
「その人はケンタッキーをおごってくれて、笹団子とか新潟のおみやげも買ってくれました」
新潟県柏崎市の手前のパーキングエリアで降ろしてもらい、その時点で午後9時半。
トイレと公衆電話しかない小さなパーキングで「終わった…」と落ち込みますが、待っていると3台目くらいに入ってきた家族連れに上越まで乗せてもらえました。
上越サービスエリアで停車している車に声をかけていると、運良く出会ったのが京都から1人で出かけていた80代くらいのおじいさんでした。
本来なら、京都まで帰れるところですが、大衆演劇を見ようと金沢まで乗せてもらうことにしました。
そのおじいさんは、落語家のようなしゃべり方が印象的だったといいます。
「高速はすぐに降りて午後10時から翌朝4時まで下道を運転していました。グルメ好きで『メロンを求めて知多(愛知)にいくんや。そのあとは鳥取の梨が…』とか話していました」
「あのおじいちゃんは最高やった。京都、食べ物、音楽のことマシンガントークやけど、なんか波長が合った。『ずっと1人で旅行してるから話し相手がいて楽しかった』って言ってくれて、私も友達みたいな感覚になってめっちゃ楽しかった」
早朝、おじいさんに「すき家行こう」と誘われて、朝定食をごちそうになって、芝居小屋の近くでお別れ。
時刻は早朝、芝居は午前11時開始。雨でどこにも行けず、駅のコンコースで寝てから開演前の小屋に入れてもらいました。
たこ焼きを食べさせてもらいつつ大衆演劇を鑑賞し、「おひねりを(着物に)さしたり、近くに来てファンサしてくれたり、楽しくてちょっと自分でもやりたくなった」と振り返ります。
会津のパーキングエリアで出会った水晶玉のメンバーも多く観劇に来ていて、愛知に帰る人が賤ケ岳サービスエリア(滋賀県)まで送ってくれました。
そこで止まっていた京都ナンバーの車にお願いしたところ、京大に近い京都市山科区に住んでいる夫婦だったとのこと。
一気に京都へ向かい、山科のコンビニで大学生に乗せてもらい、吉田寮の近くで降ろしてもらいました。
ヒッチレースの参加者には100ページある吉田寮祭のパンフレット5冊が渡されます。
植田さんは「全部人に配って帰ってきたけど、行く前より荷物は重い」。
出会った人たちがくれたお菓子や飲み物で、荷物はいっぱいです。「明日の朝ご飯もある」とにっこりしていました。
「ヒッチハイクしていたら人の無償の優しさに触れられる。自分もそうしたいと思わせてもらえる」
植田さんはヒッチハイクを「出会いのくじ引き」と表現します。
「『今何の帰りなんですか』という声かけから始まって、職業のこととか人生のこととか聞かせてもらえる。出会いのランダムさが楽しいです」
スマホを手放してデジタルデトックスしながら、それまで自分が知らなかったような土地に出かけられる。
それが植田さんにとってのヒッチレースの魅力なのだそうです。
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