連載
#93 「きょうも回してる?」
ニッチな〝工作機械〟ガチャが話題…粘りの依頼「作ってよかった」
「儲けの売り物」と「小さな文化」

「工場にあるような機械が、なんでガチャガチャに?」 「これ、いったい誰が買うの?」 そんな声が聞こえてきそうな商品でありながら、64分の1サイズで細部まで忠実に再現された「工作機械」。製造業関係者や機械好きマニアの間でひそかに話題になっています。手のひらサイズのカプセルの中で静かに息づいている「モノものづくりの魂」は、メーカーのブランディングにも貢献しています。
トイズキャビンが手がけた『ヤマザキマザック 1/64工作機械コレクション』は、2024年11月の販売後、その予想を超えるインパクトによりモノづくりファンを興奮させ、2025年6月に再販を果たしました。
工作機械業界では知らぬ者はいない、世界有数の大手工作機械メーカー「ヤマザキマザック」とタッグを組んだ、ガチャガチャ業界でも類を見ない挑戦的なコラボレーションです。
毎月600商品以上が発売されるガチャガチャには、見慣れたキャラクターやかわいい動物のフィギュアが並びます。そんななか、「工作機械のミニチュア?」と驚く方も多いはずです。
けれど、それは単なる思いつきではありませんでした。むしろ、今のガチャガチャ業界にこそ必要な、覚悟と情熱が詰まった挑戦だったのです。その裏側には、「売れるかどうか」ではなく、「作るべきかどうか」を信じ抜いた、ひとつの挑戦の物語がありました。お話を伺ったのは、トイズキャビン代表の山西秀晃さんです。
山西さんは、商品づくりの出発点についてこう語ります。「うちは売れるかどうかよりも、作る意味があるかどうかで企画を判断しているんです」
この言葉には、トイズキャビンがいかに流行ではなく「思想」で商品を作っているかが端的に表れています。ガチャガチャの商品ラインナップとしては珍しい工作機械を、手のひらサイズで精巧に作り上げたこのシリーズ。そもそもこの商品が生まれるきっかけとなったのは、今から4年前にさかのぼります。
当時トイズキャビンがリリースしたのは、「1/10Asada ねじ切り機BEAVER50 ミニチュアコレクション」という工業用機械をモチーフにし、実物の10分の1サイズにしたガチャガチャでした。
「一般需要よりも、工業用機械が好きなマニアにヒットしました。しかも、その後の反響がすごかったんです。工業系の企業から“うちの機械も作ってくれませんか”って、メールと電話が止まらなくなって」 いわば、「ニッチ界のバズ」だったのです。その中の1社が、ヤマザキマザックからのオファーで、一般認知を高めたいとの背景から問合せがありました。けれど、山西さんは熟考の末、「難しいです」と伝えました。
山西さんは「工業製品的な魅力はあるものの、一定の大衆性が無いものは、ガチャガチャとして成立しにくい。そこがガチャの難しさなんです」と言います。
しかし、ヤマザキマザック側は諦めませんでした。自社製品をどうしてもガチャガチャにしたいと熱意を示し、全面的に協力すると申し出てきたのです。
「普通、企業案件って、9割が商品化されずに終わります。全面的に協力するまで踏み込む企業なんて、ほとんどない。だから本気なんだとわかりました」
実際の開発は、簡単なものではありませんでした。ヤマザキマザックから提供されたデータをもとに、1/64スケールへの落とし込みが始まりますが、ここから何度も修正を重ね、スムーズなドアの開閉、彩色、表面の質感も実機の板金に近づける徹底ぶり。自動車や航空機、電化製品など、あらゆる産業に使用されるねじや板などの工作物の加工をする主軸の角度や、ドアを開けた際の見え方も精巧に再現したいとの要望があり、パーツ数もガチャガチャの常識を超えるほどでした。
山西さんは「いやもう、途中で心が折れそうになりました」と笑います。でも、そのたびに本当にいいものにしたいという相手の熱が伝わってきて」と続けます。
完成した商品のスケールは1/64。なぜこのスケールにしたのかと尋ねると、明確な答えが返ってきました。
「1/64自動車や『仕事猫』シリーズのフィギュアと並べたときに、ちょうどいいサイズ感になるようにしたんです。世界観が統一されるんですよ」
つまりこれは、ただの機械模型ではなく、ジオラマで遊ぶ楽しさも計算されたものだったのです。
実際、手のひらに乗せると、その重厚なデザインと内部が忠実に再現デザインされているほか、開閉扉まで開くほどのこだわり、思わずため息がこぼれます。
そうして、昨年11月に販売されました。発売当初から、工業用機械が好きな層の心に刺さり、すぐに完売したそうです。
「『これ、誰が買うんだ?』って思いますよね、しかし、必ずニッチな層に届くという自負がありました。さらにヤマザキマザックさんが展示会でのノベルティとしても活用してくれています」
配られた会場では、連日、配布分がなくなったと言います。ガチャガチャという形を借りながら、ヤマザキマザックが目指していた「企業ブランドの認知向上」という目的をしっかり果たし、単なるノベルティではなく、ブランディングのアイコンとして機能していたのです。
実は2025年6月の再販が決定したのも、マザキマザック側からの希望によるものでした。山西さんは「再販って、ガチャガチャ業界では結構珍しいんです。作って終わり、が基本。でもヤマザキマザックから『海外のお客様からも好評なので、海外の展示会でも配りたいまた使いたい』って言っていただけたのが本当に嬉しかった」と言います。
最後に、山西さんはこう言います。「売れるか売れないかって、正直誰にもわからない。だけど、『作ってよかった』って思えるものが完成した時、その瞬間が一番嬉しいんです」。そしてそこにはトイズキャビンの理念があります。それは「誰もやらないからこそ、自分たちがやる。そして感動させるガチャガチャを作ること」 それがなければ、ガチャガチャはただの「儲けの売り物」になってしまう。でも、そこに思いと物語があれば、人の心に残る「小さな文化」になるのです。ヤマザキマザックの工作機械コレクションは、そんな信念を具現化した一作でした。
ガチャガチャは、かつて「おまけの玩具」でした。けれど、今では、日本独自の文化へと進化しています。
◇ ヤマザキマザック 1/64工作機械コレクションは全5種類。INTEGREX i-200H、VARIAXIS C-600、QUICK TURN 250MY + Ez LOADER 20、VCN-460、FSW-460Vで、1回400円。
1/8枚