連載
#20 親子でつくるミルクスタンド
インドの水牛ミルクの味わいに驚嘆 「飼いたくない」牧場もある理由
同じウシ科でも「まったく別」な文化
20日間かけてインド各地の牧場を巡って、衝撃を受けたミルクがあります。これを飲むためにインドを訪れてもいいぐらい――。インドの多種多様なミルクや、それらが広がる背景を紹介します。(木村充慶)
20日にわたって16カ所ほどの牧場や牛飼いのもとを訪れた筆者。日本でよく見かける白黒柄のホルスタインはあまり多くありません。
背中にコブのある「ギル」など、日本ではほとんど見かけない在来種の牛が多くいます。
日本でも人気の茶色の「ジャージー牛」は街中でもよく見ました。こういった乳牛だけでなく、水牛もたくさん飼われています。
実は筆者がインドに来たのは「水牛のミルクを飲みたい」という理由も大きくありました。
以前、日本で水牛のミルクでチーズを作っている方に、水牛のミルクを飲ませてもらったことがありましたが、衝撃的なおいしさだったからです。
州によって状況は異なりますが、半数近くが水牛の地域もあります。
そのため、街角で販売されている牛乳にも水牛のミルクが混じっているそうです。乳牛のミルクを含まない「水牛ミルク」も様々な場所で販売されていました。
実際に水牛ミルクを飲んでみると、やはり乳牛のものとは全く別物。おいしくてガブガブ飲んでしまいました。
おいしさの理由は、水牛のミルクは乳牛のものと成分が大きく異なることです。
乳牛のミルクは乳脂肪3.5%くらいなのに対して、水牛は7.5%ほどあります。タンパク質は乳牛が3.3%に対して、水牛では3.8%あります(厚労省の資料より)。
乳脂肪分が高いので、ものすごく濃厚な味わいを想像するかもしれませんが、実際に飲むと、サラッとしているのが不思議です。
在来種のミルクはかなりあっさりしていましたが、水牛は甘くてコクがあるのにさらっとしており、やはり衝撃的な味でした。
これほど気軽に水牛のミルクが飲めるところは、世界的に見てもほとんどないと思います。国際酪農連盟日本国内委員会の資料によると、インドの飼育頭数は世界一です。
東南アジアを中心に、オーストラリアやヨーロッパでも飼われています。日本でも沖縄などで水牛が牛車を引いたりしていますが、基本的には観光用。日本では家畜としてはほぼ飼われていません。
乳脂肪分が高いといった成分の良さはあるものの、1頭の乳量は1日あたり5リットル程度と決して多くない水牛のミルク。
欧米や日本では30リットルくらいの乳量を出す乳牛が多く飼われているのに比べると、圧倒的な少なさです。
そのため、多くの国では成分の質が高い希少なミルクをチーズなど付加価値をつけた商品にして販売します。水牛のモッツァレラチーズは、高価なチーズとして世界的にも有名です。
他方で、インドでは在来種の乳量が乳牛とそれほど変わらないか、水牛以下になることがあり、水牛に利点があります。
ただ、インドで会った牧場主によると、牛1頭を購入する費用としては、水牛は在来種の乳牛と比べて2倍以上と決して安くはないそうです。
それでも農家から農協などへの出荷価格が乳牛より高いこともあり、水牛を飼う人が多いと話していました。
また、インドのミルクの消費の仕方も関係します。もともとインドでは、ミルクを買ってもそのまま飲むケースは少なく、何かしらに加工して飲んだり食べたりすることが多いです。
買ったミルクを自宅で煮沸殺菌し、チャイを作ったり、ヨーグルト「ダヒ」を作ったり、チーズ「パニール」を作ったり……。
家で様々な加工をする前提があるからこそ、そのままの水牛の生乳が手軽に手に入るという背景もあるようです。
水牛は乳牛と同じウシ科の動物で、日本社会では似たような動物と捉えがちですが、インドでは「まったく別の動物」としてはっきり区別しています。
インドで主流のヒンドゥー教では、「水牛は悪魔の化身」とされています。
旅の最中、街で水牛を見かけては喜んで写真を撮っていましたが、運転手のインド人にとってはいいイメージがないからなのか、「あまり喜ぶような声を出さない方がいい」と諭されました。
また、水牛を飼っていない牛飼いに、その理由を尋ねると、「水牛なんて飼いたくない。うちは神聖な乳牛を飼っているんだ」と言われました。宗教的な考えから、水牛を忌み嫌う人もいることが分かりました。
一方で、水牛のミルク製品を販売する店のオーナーは、「水牛のミルクの方が高く売れるし、加工したときによりおいしくなるので飼っている」と教えてくれました。商品を買いに来た人も、「水牛のミルクの方が好きだ」と言っていました。
宗教的な捉え方と、おいしいミルクが飲みたいという欲求が複雑に交わりながら、水牛が広がっているようにも感じがしました。
今回、インド国内の様々な牧場を訪れては、搾りたてのミルクを飲ませてもらいましたが、やはり水牛のミルクはどこで飲んでも、しっかりコクがあっておいしかったです。
こんなに美味しい水牛のミルクが飲めるなんて、インド最高です。牛乳好きな人は水牛のミルクを飲むためにインドにいくのも、ありかもしれません。
インドでたくさんのミルクを飲んできましたが、多くの人から「おなかを壊しませんでしたか?」と尋ねられました。
しかし、全くもってお腹を壊しませんでした。全国各地の牧場で搾乳したばかりの無殺菌のミルクを飲み続けていましたが、平気でした。
インドでは水でお腹を下す外国人が多いと聞いており、不安だったのは「水」。飲み水にはペットボトルのミネラルウォーターを買っていました。
しかし、牧場では水道水を使います。搾乳前の牛の乳房を洗うのも、搾られたミルクが入るバケツ、牛乳が入ったコップを洗うのも水道水です。
水道水が入っているであろうミルクを飲んだら、お腹は大丈夫だろうか……。
不安に思いながらちびちび飲みましたが、おいしかったので結局すべて飲み干しました。幸い、お腹も下しませんでした。
他の牧場でも、そのようなことを繰り返しましたが、同様にいつも平気でした。
そして、いつしか、気にしなくなり、搾っている乳首からそのままミルクを飲ませてもらうこともありました。
インドではミルクのまま飲むことがほとんどないため、その様子を見て周りのインド人たちは驚いたり、笑ったり、写真を撮られたりしました。
インドの人口は、ことし世界一になるという推計が発表されています。急速な経済成長もあり、富裕層もどんどん増えています。
その影響もあり、牛飼いや牛乳を配達するミルクマンから買ったり、地域のミルクスタンドで買ったりする昔ながらのスタイルから、スーパーで購入したりアプリで配達してもらったり、新たなスタイルに変化してきているそうです。
スーパーに行くと、日本では見かけない牛乳も並んでいました。
一般的に売られている牛乳の多くは色々な牧場の牛乳が混ぜられた「合乳」と呼ばれるものです。日本でも「合乳」の牛乳が一般的です。
インドのスーパーでは、エサや育て方にこだわった牧場のミルクだけを詰めた「シングルオリジンミルク」も販売されていました。
価格は一般的なミルクの倍以上しましたが、外国人が多い大都市のスーパーではよく見かけました。
また、近年、世界的に注目されているA2ミルクも多数で見かけました。
牛乳の中に含まれるタンパク質「カゼイン」のなかのβ-カゼインにはA1とA2という遺伝子がありますが、A2の遺伝子を持っている乳牛のミルクは、お腹を下しづらいとされています。
まだ研究が十分でなく、さまざまな国で科学的にその効果が立証されているとは言えませんが、それでもオーストラリアやニュージーランドをはじめ世界中でA2ミルクは広がっています。
もともと多くの牛がA2だったというインド。牛飼いの中には「うちのミルクはA2なんだ」とアピールする人もいました。ここにもA2ミルクが広がっていることを興味深く感じました。
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