連載
#19 親子でつくるミルクスタンド
ミルクマンの配達もアプリ 昔ながらの酪農とITが入り交じるインド
手で搾乳、近隣住民のミルク缶に販売も
生乳の生産量が世界一ながら、牧場あたりの牛は1〜2頭しかいないインド。昔ながらのスタイルで近所の人びとにミルクを販売するところもあれば、IT技術を駆使した最先端の販売サービスもありました。東京・吉祥寺でミルクスタンドを経営する著者がインドの乳文化を紹介します。(木村充慶)
街中にもたくさんの牛を見かけるインドですが、農畜産業振興機構の「インド酪農の概要と 世界の牛乳乳製品需給に与える影響」によると、1牧場あたりの飼育頭数は平均1.7頭(2015年)だといいます。
日本では牧場1戸あたり平均66.3頭(2022年、農林水産省「畜産・酪農をめぐる情勢」)なので、その差は歴然です。
最近の都市開発の影響で、郊外の数十頭規模の牧場や、政府や民間企業が出資する数百頭規模の巨大な牧場も増えているとされていますが、まだ多くはないといいます。
私が訪問した都市部では、多くて10頭ほどを飼う牧場がほとんどでした。「牧場」というよりは、自宅の一部に牛舎を併設する「牛飼いの家」という印象でした。
そんなケースでは、日本でよく見られる搾乳機械や器具もほとんどなく、搾乳はすべて手作業で行います。
バケツに入れた水道水を使って牛の乳房を手洗いした後、手でミルクを搾っていきます。ミルクはバケツにためて、ある程度溜まったら、ミルク缶に移します。
インドでは牛から1日にとれる「乳量」がとても少ないといいます(農畜産業振興機構「インド酪農の概要と世界の牛乳乳製品需給に与える影響」)。
日本で「乳牛」というとイメージする一般的な白黒柄のホルスタインは、1頭あたり1日だいたい30リットル程の乳量がありますが、インドでは約5リットル程度。日本の6分の1しかありません。
その理由のひとつが牛の品種です。日本のホルスタインは、アメリカなどで乳量が増えるように品種改良された牛が多数をしめます。
対してインドでは、背中にこぶがある「ギル」など在来種が多く飼われています。もともと乳量があまり多くありません。
また、牛に与えるエサの問題もあります。日本では栄養たっぷりに育てた牧草や、乳量を増やすため穀物なども与えます。品質のよいエサをたくさん輸入しています。
農畜産業振興機構の調査では、インドでは餌のほとんどが国内で生産されていますが、牛の頭数に対して量が少ないといいます。特に乳量に影響する穀物は食用が多く、家畜向けにはあまり回ってこないとされます。
しかし、品種もエサもその土地のもの。これが牛本来の乳量だともいえると感じます。
都市部の牛飼いの家にお邪魔すると、酪農が地域と深く密着している様子を目にしました。
夕方の搾乳が始まると、牛飼いの家にはどこからともなく人が集まってきます。近隣の住民と思われる人たちは、小さなミルク缶を手にしています。
牛飼いは搾りたてのミルクを計量カップですくい、各々のミルク缶に入れていきます。人びとはお金を支払い、それぞれの家に帰っていきました。私が訪れた牧場では、価格は1リットルで80円程度でした。
場所によってはその日の現金払いではなく、ノートに日付と乳量を記載して毎月払うなど、様々な支払いスタイルがあるようです。
また、購入者がミルクを直接取りに来るだけではなく、「ミルクマン」と呼ばれるミルク配達人がいることも。インドにはミルクマンがたくさんいます。バイクに大量のミルク缶を縛り付け、街中を走っています。
牧場からミルクを買い取って、家に届けに行ったり街角で販売したりします。
日本でも、昔は牧場で牛乳を買ったり、宅配してもらったり、牧場と人びとの暮らしは身近でした。しかし、都市化や衛生環境の改善をする中で、牧場が都市部から切り離されていったと言われます。
牛たちが街中にいることで、道にふんや尿が落ちるなど、確かに衛生的には問題があるかもしれません。
しかし、自由に過ごす牛にエサをあげたり可愛がったりしながら、搾りたてのミルクが買える環境にうらやましさも覚えました。
一方で、最先端のIT技術を採り入れた「牛乳配達」もありました。ミルクマンによる牛乳配達が、アプリで簡単に行えるサービスが台頭してきています。
配達の日時や量を指定、支払いもアプリから……。便利なサービスが増え、急速に普及しているそうです。
訪れた牧場主によると、そのようなITサービスが普及するのは、IT系エリートをたくさん輩出している国だから、という理由だけではなく、根強く残る身分制度「カースト」が影響しているのではないかと話していました。
インドでは、オーナー、牧場で住み込みで働く人たち、販売する人たち……というのは、ずっとその「家系」が受け継ぐことが多いようです。
憲法でカーストによる差別は禁止されているものの、都市部以外ではまだ根強く意識され、人びとは簡単に仕事を変えられないといいます。
その牧場主は、「昔ながらのスタイルで、同じ家系の人たちが仕事を続けているからこそ、IT技術で一気につなげることができ、サービス化できたのではないか」と指摘していました。
とはいえ、オーナーと働く人たちの格差も感じ、複雑に思うところもあります。
オーナーは高級そうな服を身にまとっていましたが、働いている人たちはところどころ破れた服を着て、靴もはかず、ふんがある中でも裸足です。
日本社会になじんだ自分から見ると、「オーナーと従業員」という関係性では片付けられない「差」を感じました。
新旧のインドならではの酪農の良さも感じつつ、インド社会の難しさも考えさせられました。
次回は、インドで飲んだ衝撃的なおいしさの「水牛ミルク」を紹介します。
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