「すごくきれいなんですよね。とにかく、見ていて飽きないんです」。男性が熱弁するのは……石です。黒く光沢を帯びた火山岩「黒曜石」。ついに、石のため島への移住まで決断してしまいました。「石だけでは食えない」。それでも、人生を捧げる理由は何か? その魅力を聞きました。
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東京都心から南へ約180km、太平洋に浮かぶ「神津島(こうづしま)」。その名の由来は、伊豆の島々をつくるために、神々が集まりここを拠点としたという神話にあります。雄大な自然が広がり、漁業や農業、観光が盛んな人口約1,800人の島です。
そんな神津島の「黒曜石」に魅せられて移住を決めた、東京都江戸川区出身の林悠平さん(33)。大学で修士まで考古学を学び、黒曜石と神津島の深い関係に興味を持ったといいます。
黒曜石は旧石器時代や縄文時代に工具として重宝されてきた鉱石で、人類の進歩に寄り添ってきた歴史がゲームや映像作品にもモチーフとしてたびたび登場してきました。
映画『もののけ姫』で主要人物たちと運命をともにする「玉の小刀」や、海外ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』でも重要アイテムとして登場します。
『もののけ姫』に登場する「玉の小刀」 出典:スタジオジブリ
最近では、驚異的なダウンロード数を記録したゲームソフト『ポケモンレジェンズ アルセウス』内にも「黒曜の原野」というステージや、「くろのきせき」という黒曜石をモチーフにしたアイテムが登場しています。
そんな黒曜石で密かに注目を集める島が「神津島」です。
実は、「神津島の黒曜石」は現生人類(ホモサピエンス)の歴史を紐解くヒントとして、国際的な注目を集めつつあります。
「静岡県沼津市にある、約3万8千年前の井出丸山遺跡から出土した黒曜石のなかに神津島産のものがあったんです。当時の海水面の高さから、本州からは海を越えないと採りにいけないはずで、旧石器時代の人が『往復航海』をしたという物的証拠になっています。これは、世界最古級の記録です」(林さん)
黒曜石は割ると鋭利な断面をみせる 出典: 林悠平さん提供
3万8千年前というと、日本列島にホモサピエンスが到達していた時期とされています。これは、質の良い黒曜石を求めた当時の人類が、いかに高い航海技術を持っていたかを裏付けています。もともと海洋にまつわる考古学に興味があった林さんは、研究に携わるなかでこうした歴史にそそられたと振り返ります。
黒曜石はガラス成分が多く含まれたマグマが、地上に出てくるときに急激に冷やされてできると考えられています。割ると鋭い断面を持ち、旧石器時代から狩猟具や工具として用いられてきました。有名な産地には、天然記念物に指定されている姫島の黒曜石産地(大分県)や、「十勝石」として知られる北海道十勝地方などがあります。
神津島の砂糠崎(さぬかざき)。黒く見えるのが黒曜石の層。 出典:神津島村役場提供
しかし、林さんの興味の対象はなぜ「黒曜石」だったのでしょうか。
「黒曜石ってすごくきれいなんですよね。黒曜石の名前から黒っぽいイメージが強いですけど、火山の噴火によって生まれる天然ガラスで、産地によって赤や緑っぽいものもあります。海外には虹色のものもあって、とにかく、見ていて飽きないんです」
光にかざすと独特の模様が見える 出典: 林悠平さん提供
幼いころから鉱物が好きで収集しており、博物館の鉱物標本を食い入るように見ていたという林さん。大学では、遺跡から出土した黒曜石の産地を特定する研究をしていました。
「遺跡から出た石器の破片や石の欠片を何千点と調べていくんですが、同じようなものをずっと見ているとふつう飽きるはずなんですよね。でも黒曜石はまったく嫌ではなかったんです。光にかざすと模様が見えて、その違いもおもしろくて、どれだけでも見ていられました」
ブラックライトをあてると光る黒曜石も……。 出典: 林悠平さん提供
大学院では研究に打ち込んでいた林さん。しかし、大学院を修了した後の進路を決めかねていました。そんなとき、研究のために訪れた神津島で「地域おこし協力隊」の存在を知りました。
「地域おこし協力隊」とは、2009年より総務省の財政支援のもと始まった取り組みで、採用された隊員は人口減少や高齢化が進む地域に移り住んで地域ブランドの開発や住民支援を行います。2021年度では約6,000人の隊員が1,000を超える自治体に派遣されています。
「神津島の黒曜石の価値をもっと多くの人に知ってもらいたい」と感じていた林さんは、話を聞いたその場で移住を決意。協力隊に採用されてからは、学童事業に関わりながら、市民考古学者として島にある黒曜石の調査・収集をおこなってきました。
「研究は続けたかったのですがお金もなく、もともと体が弱かったこともあって、そのまま博士課程に進学するのは厳しいなと感じていました。でも、島に丸一年いれば好きなときに好きなだけ調査ができると気付き、こっちの方が好都合だなと思ったんですよね」
子どもたちにも黒曜石の魅力を話しているうちに、つけられたあだ名は「ミスター黒曜石」。「黒曜石の話を始めると夢中になっちゃうので、『そのくらいにしときなさい』と周囲の人に止められることもしばしばです」と笑います。
加工によってさまざまな表情をみせる黒曜石 出典: 林悠平さん提供
「ここの石は絶対に持ち帰ってはならない」島の文化と黒曜石
島の周囲に点在する黒曜石の産地には、船でしか行けない場所もあります。人づてに紹介してもらい、地元の方の協力を得ながら収集を進めてきました。
ときには「なぜ石のために移住を?」と聞かれることもあるといいます。地元の方にとって黒曜石は、身近すぎるものなのかもしれません。とはいえ、島で採れる鉱石と文化には、不思議な結びつきを感じると林さんは語ります。
「神津島の北西部に阿波命神社という神社があり、その参道の先に長浜海岸があります。この浜には黒曜石をはじめとする、色とりどりのきれいな玉石があるので『五色浜』とも呼ばれているのですが、長浜の石は絶対に持ち帰ってはならないという言い伝えがあります。もしも持ち帰ると罰が当たるといわれています」
長浜海岸に掲げられている看板 出典: 林悠平さん提供
現代でも、長浜海岸から石を島外へ持ち帰ってしまった人が、石を郵送で送り返してきたこともあったようです。「なにか良くないことがあったのかもしれないですね」と林さん。
「神津島にはこうした古くからの信仰が深く根付いているのを感じます。ほかにも『二十五日様』と呼ばれる行事があり、旧暦の1月24〜25日にあたる期間はむやみに外を出歩いてはならない、などの風習がありますよ」
黒曜石をこよなく愛する林悠平さん 出典: 林悠平さん提供
地域おこし協力隊の任期が終了したあと、林さんは黒曜石にまつわる事業に本腰を入れて取り組み始めました。屋号は「神津オブシディアンラボ」。オブシディアンとは、英語で黒曜石を表します。島で採れた黒曜石を加工して土産店に卸したり、「マニアフェスタ」などのイベントに出展したり、神津島の黒曜石を広める活動をしています。
「黒曜石だけで生活できるわけではないので、生活費はキャンプ場の夜間警備のアルバイトなどでまかなっています。でも、イベントに出展して黒曜石について語っていると、子どもが興味を持ってくれたりして、自分の好きなものに共感してもらえるのがすごくうれしいんですよね。島のPRも兼ねて、少しでも神津島の黒曜石を知ってもらえたらと思っています」
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「黒曜石マニア」である林さんをはじめ、さまざまなマニアが集まるイベント「
マニアフェスタ」が、4月29日〜30日に「ニコニコ超会議2022」内で開催されます。「
名代 富士そばマニア」から「
面白くない話マニア」に「
いぬくそ看板マニア」など、奥深い世界をのぞいてみてはいかがでしょうか。