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連載

#19 教えて!マニアさん

「いぬくそ看板」撮り続け12年…4千枚集める男が語る「人間ドラマ」

いぬくそ看板には「人間ドラマ」がある

「いぬくそ看板」にある人間ドラマとは?
「いぬくそ看板」にある人間ドラマとは? 出典: 坂田恭造さん提供

目次

「犬のフンは持ち帰りましょう」「後始末は飼い主の責任!」――。どこの街でも公園や道端などで必ず見かける、犬のフンの放置を注意する看板。この看板を「いぬくそ看板」と名付け、4千枚近く写真を取り続けている男性がいます。「いぬくそ看板には人間ドラマがある」と語る彼から見える、設置主と飼い主の攻防とは? なぜ続けるのか、いぬくそ看板の魅力を聞きました。
 
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差別的な言葉もいとわない「設置主の怒り」

12〜13年前から「いぬくそ看板」の風景をカメラに収めつづけているのが、千葉県松戸市在住の坂田恭造さん(41)です。趣味のジョギングや日常生活のなかで、撮り溜めた写真は約3,900枚。撮った写真はTwitterInstagramに投稿するほか、さまざまなマニアが集まるイベント「マニアフェスタ」などで、活動をまとめた冊子などを販売してきました。

「いぬくそ看板には、設置した人の気持ちが込もっているんです。ときには、怨念とも呼べるような感情むき出しの『怒り』が表れます」

そう語る坂田さんに見せてもらったのが、自販機の脇に貼られた手書きの貼り紙の写真です。
自動販売機の側面に貼られた貼り紙(画像の一部を加工しています)
自動販売機の側面に貼られた貼り紙(画像の一部を加工しています) 出典: 坂田さん提供
犬に小便ふんさせぬ様に臭いが残るので少々の水掛けても無駄 初めからさせぬ様 飼主の責任モラルの無い人間は飼う資格無し 非常識な国の人間とならぬ様に日本人の誇りを忘れぬ事……
なぐり書きのような筆跡に加え、飼い主の良心にたたみかけるフレーズの強さ。紹介するのは控えますが、このあとには差別的な言葉が続きます。「怒り心頭」という表現では収まりきらないほどの、並々ならぬ怒りがここに

「強い言葉は、それほど強い怒りの裏返しです。何度も繰り返しフンを放置されると、落ち込みと怒りでよくない考えも浮かんでしまいます。誰が放置したのかもわからないし、ぶつけようもない怒りを紙に書くしかない。ふだん人と対面して感情をむき出しにして怒ることはなかなかできないですけど、看板では遠慮なく怒れるようです」(坂田さん)
当初の貼り紙(左)とその後の変化(右)。文言にも変化があり、上部のひとことも追加されている(画像の一部を加工しています)
当初の貼り紙(左)とその後の変化(右)。文言にも変化があり、上部のひとことも追加されている(画像の一部を加工しています) 出典: 坂田さん提供
ちなみにこの貼り紙は当初ガムテープで貼られていただけでしたが、おそらく被害は続いたのでしょう。雨で文字がにじんだためか、しばらくすると文字は濃くなぞられ、テープも補強されていたそうです。それでも怒りが収まらないようすは、補強したテープの上から新たに加えられた「貧乏人とモラルのない者はペットを飼うな」というひとことから感じ取ることができます。

こうした看板に起こる「変化」にも、坂田さんは思いを馳せます。

「実はこの看板、最近なくなっていました。貼った人があきらめたのか、犬の飼い主が心を入れ替えたのか、理由を知るよしもありません。でも何かしらの心の動きが、看板にあらわれているはずなんです」
その後張り替えられた貼り紙はかなりトーンが変わっている(画像の一部を加工しています)
その後張り替えられた貼り紙はかなりトーンが変わっている(画像の一部を加工しています) 出典: 坂田さん提供

怨念のような怒りと「注意すればいいわけじゃない」風潮

坂田さんは看板が設置された場所や設置主の感情の強さによって、「いぬくそ看板」を4つのグループに大別しています。看板には個人で手作りしたものもあれば、自治体や町内会などで配布しているものも。先ほどの注意書きのような、設置した人の激昂が躊躇なくあらわれたものはその名も「怨念グループ」と呼んでいます。
鳥居や紙垂を模したものもある
鳥居や紙垂を模したものもある 出典: 坂田さん提供
「怨念グループ」には言葉に限らず、小さな鳥居やそのイラスト、神社でよく見る祭具「紙垂」を用いたものもあります。「神」のような大きな存在を連想させることで放置を止めさせる、こうした看板のもつ説得力の強さと設置主のアイディアに坂田さんはうなります。
坂田さんが分類する4グループ。感情と設置場所で四象限に分けている。
坂田さんが分類する4グループ。感情と設置場所で四象限に分けている。 出典: 坂田さん提供
ほかにもマナーを重視し正義感があらわれた「義憤グループ」、理性的に問いかける「説得グループ」、条例や罰則を示す「規制グループ」……。私有地を汚されて困っている当事者と、公共の施設で「誰かが言わないと困る」という状況では、やはりトーンに違いが生まれます。
公共の場所に設置され、感情が表れている「義憤グループ」
公共の場所に設置され、感情が表れている「義憤グループ」 出典: 坂田さん提供
また、これらの看板は、犬を目で追う飼い主が気づきやすいように、地面に近い位置に設置されていることもしばしば。意識しないと気づけないような工夫も凝らされています。
説得グループ(左)と規制グループ(右)に分類されている看板
説得グループ(左)と規制グループ(右)に分類されている看板 出典: 坂田さん提供
坂田さんが「ここ2〜3年で増えている」というのが、遠回しに飼い主に反省をうながすタイプの看板です。例えば、幼稚園くらいの幼い子どもが「犬がフンをしているのに、どうして片付けないの?」と問いかけるイラストなど、直接的な「注意の言葉」を避ける傾向があるといいます。

「犬のフンの問題は、ただ単に注意をすればいいっていうものじゃないんですよね。おそらく犬の飼い主は近所の人ですし、角が立つような注意の仕方はしたくないはずです。波風立てずに、相手の気分を害さないような工夫がされていると感じます」
幼い子どもから疑問を投げかけるタイプのいぬくそ看板
幼い子どもから疑問を投げかけるタイプのいぬくそ看板 出典: 坂田さん提供
注意された飼い主のばつの悪さも配慮しつつ、ときには神への畏れや幼い子どもの視線が持つ力を借りながら、あの手この手でフンの放置を止めようとする設置主の思いは多様でまさに複雑そのもの。さまざまな経緯で立てられたであろう看板を観察してきた坂田さんは、「いぬくそ看板には人間ドラマがある」と語ります。
高架下の注意書き。おそらく公共物なので、落書き自体がよくないはずだが……。
高架下の注意書き。おそらく公共物なので、落書き自体がよくないはずだが……。 出典: 坂田さん提供

革靴でフンを踏んだ経験「設置した人に共感」

しかし、なぜ坂田さんは「いぬくそ看板」に興味を持ったのでしょうか。

「いぬくそ看板を見ると、設置した側の気持ちになっちゃうんですよね」
「いぬくそ看板」マニアの坂田さん。右は観察のようす。
「いぬくそ看板」マニアの坂田さん。右は観察のようす。 出典: 坂田さん提供
静岡県出身の坂田さんの実家では、たびたび犬のフンの放置に悩まされてきました。帰省するたびに親から困っている話を聞き、実際に看板を設置していたことも。

坂田さん自身も、愛車を停めていた駐車場が「すごかった」と話します。地元の人がよく使う犬の散歩コースだったためか、愛車のタイヤで踏んでしまったり、大事な革靴で踏んでしまったり……。気づいたときの気分の悪さは想像に難くありません。
坂田さんが現在利用している駐車場にも、いぬくそ看板が設置されている。
坂田さんが現在利用している駐車場にも、いぬくそ看板が設置されている。 出典: 坂田さん提供
こうした経験から、看板を設置した人の気持ちには実感が湧くのだといいます。

また、もともと雑誌『月刊宝島』で「街のヘンなモノ」をテーマとする読者の写真投稿コーナー「VOW」が好きで、子どものころから身近なものをインスタントカメラで撮っていたという坂田さん。スマホを手に入れたことと趣味のジョギングで行動範囲は広がり、日常にある「ヘンなモノ」の写真は増えていきました。そのひとつが、「いぬくそ看板」でした。

小説も漫画もある現代で「いぬくそ看板」にドラマを見るワケ

それでも10年以上、4千枚近い写真を撮り続けるほど、いぬくそ看板に惹かれるのはなぜなのでしょう。

「自分の経験から看板を設置した人への共感もありますが、困っている人の気持ちになることで、自分が気づかないうちに加害者になっているかもしれないという視点が得られるんです。犬のフンを放置したことはないですけど、例えばゴミは適切に捨てられているか、人が困るようなことはしていないかとか、自分自身を客観的に振り返って考えられるようになるんですよね」
同じ看板を何枚も重ねている背景には、それでも収まらない被害がうかがえる。
同じ看板を何枚も重ねている背景には、それでも収まらない被害がうかがえる。 出典: 坂田さん提供
いぬくそ看板がある場所には、いぬくそ看板が立てられている理由があり、その背景には困っている人がいる。ある人は怒りをあらわにし、ある人は近所に住んでいるであろう飼い主を慮って言葉を選んでいる――。当たり前のことのように思いますが、見落としがちな「人間ドラマ」が現実で展開されているのです。
「小説とか漫画とかドラマがあふれているこの世の中で、いぬくそ看板にドラマを見出すっていうのはどうかと思うんですけど。でも、SNSや冊子でいぬくそ看板の紹介をしているのは、こういう視点を持つことで、ちょっとでも気づきが生まれればいいなと思っています」

「そんなふうに相手の気持ちを想像できれば、世界平和にもつながるんじゃないかなって」。そう控えめに話す坂田さんは、誰かの心に思いを馳せながら「いぬくそ看板」を観察し続けています。
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