連載
#14 教えて!マニアさん
「面白くない話」集めるマニア 「笑わせよう」が空振りする瞬間
「話を聞く側にも、笑いの自由を与えて欲しい」
世の中にはさまざまなマニアがいます。鉄道やアイドルにとどまらず、明太子や顔ハメ看板などニッチなジャンルまで……。そんな中で発見したのが「面白くない話マニア」。「面白い話」ならまだしも、面白くない話って! 行き着いたのは、想像より深い「面白くない」の闇と、「笑う自由」の大切さでした。
しかし、一言で「面白くない話」と言っても、どんな話なのでしょうか? 伊藤さんは「例えば、スーパーにいる、これから宅飲みするであろう大学生の男女グループとかでよくあるんですけど……」。
「カートを押してる女の子の横で、男の子が商品をいじってボケ始めるんです。『濃厚』って書かれた牛乳を持って、『やっぱり濃厚にはこだわっていきたいよね、俺くらいになると濃厚じゃないとね』とか語り出す、ああいうのなんです……」
「あぁ~……」思わずうなってしまった私。なるほど、伊藤さんが集めている「面白くない話」というのは、意図的に面白くなくした話ではなく、日常にある「面白い話のようなノリで話されている、実はそんなに面白くない話」のことでした。
「こっちが盗み聞きしている訳じゃなくても、わざと周囲の人を笑わせようと大きめの声で話している人とかいるじゃないですか。他にも、居酒屋で店員さんをいじって『店員さんが困ってるからやめなよ~』みたいなやりとりとか」
こうやって聞くと他人の笑いのセンスを否定しているようにも感じますが、伊藤さんは「決してそうではない」と言い切ります。「でも、面白くない話がされる場所には、『笑いの忖度』が生まれがちなんです」
伊藤さんが「面白くない話」を集めるきっかけになったのは、家族との会話でした。ウケを狙って、わざと変な抑揚をつけて話す父親と、それを見て笑う母親。ほんのささいなやりとりですが、その繰り返し。愛想笑いをしながらも、「面白くない」と感じる自分にモヤモヤしていたそうです。
ターニングポイントは2012年のある日。家族で墓参りに向かう車の中で、いつも通りおどける父親に思いを告げてしまいます。
「お父さんが面白いと思ってしゃべってること、面白くないよ」
せき止めていた気持ちを伝えたことで、伊藤さんの中の何かに火がつきました。
「考えてみれば、上司とか先輩とか、自分より立場が上の人が『面白いっしょ?』という態度で話しかけてきたら、面白そうな反応をしなくちゃいけないですよね。僕もそうでしたけど、おとなしそうな人とか女性はそういう経験が多いみたいです。それなのに『面白くない』と伝えると、こちらが悪いみたいになる。笑うかどうかは、こちらに委ねてほしいだけなのに」
もちろん、「面白い」と思うことは人それぞれで、「場を盛り上げよう」と振る舞う人に助けられる場面は多々あります。でも、伊藤さんの話を聞きながら、私の心にも思い当たる出来事はありました。愛想笑いをすればいいだけなのに、それが苦痛だと感じるのは、「笑うことしか許されない」雰囲気のときです。
「話を聞く側にも、笑いの自由を与えて欲しいんですよね」
それ以来、伊藤さんはどんな場面や状況で「面白くない話」が生まれやすいのか、「研究」として集めてきました。モチベーションは「落とし穴の位置を可視化すること」。その調査範囲は日常生活やYouTube、一般人によるラジオや有志のライブ映像のMCにも及びます。
前回のマニアフェスタで伊藤さんが販売した冊子には、「面白くない話をしがちな人が使っているワード」が紹介されています。「それメルカリで売っちゃおうぜ笑笑」「めっちゃ笑うやん、きみ」……。
当時、ブースに立ち寄った女性が冊子を読んで、隣の男性に「よく言ってるよね」と見せるやいなや、「行こうぜ」と立ち去ってしまうという場面もあったとか。
「面白いかどうかってすごくデリケートな話。自分ではわかりにくいし、自分も他人に同じ思いをさせていないか、振り返りながら続けています。『笑わないといけない』というストレスがこの世界から少しでも減ればいいなと思っています」
ちなみに、正直な思いを伝えた父との関係が心配です。「共通の話題はあるんですが、雑談は減りました」と伊藤さん。ショックを受けているかもしれない父を思うと、いたたれません。しかしそんな父と連れ添ってきた母は、「賑やかな方が楽しいじゃない」と一言。
「『あなたより、お父さんの方が面白い』って言われちゃいましたね」と伊藤さん。
面白いかどうかなんて、そんなに本気にならなくたっていいじゃない。それはそうなのですが、気になり始めたら止められない、ある種の呪縛なのだと伊藤さんはいいます。「僕の話、つまんなくないだろうか」伊藤さんは、きょうも面白くない話を研究しています。
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