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欽ちゃん84歳「お笑い、好きな仕事じゃなかったけど…」若者へエール

大学に通っていた頃のエピソードを話してくれました

コメディアン・司会者として活躍してきた〝欽ちゃん〟こと萩本欽一さん=いずれも河原夏季撮影
コメディアン・司会者として活躍してきた〝欽ちゃん〟こと萩本欽一さん=いずれも河原夏季撮影

目次

84歳のいまも現役のコメディアンとしてテレビに出続ける〝欽ちゃん〟こと萩本欽一さん。昨秋始まったバラエティー番組では「スポンサーなし、出演料なし」で、若い世代と共演しています。コスパ・タイパが叫ばれる時代ですが、欽ちゃんは「損をした方がいい」と呼びかけ、若者へ伝えたいことを語ってくれました。(聞き手:朝日新聞withnews編集部・河原夏季)

萩本欽一(はぎもと・きんいち)さん:1941年生まれ。高校卒業後、浅草での修業を経て、坂上二郎さんとのコンビ「コント55号」で人気に。2015年に駒澤大学仏教学部に入学し、2019年に自主退学した。司会者としても活躍し、『欽ちゃん&香取慎吾の第101回全日本仮装大賞』が1月12日に放送予定

大学生に聞いた「何をやりたくてこの学校に?」

<昨年10月に始まったバラエティー番組『9階のハギモトさん!』(BS日テレ)で、自身の事務所に撮影セットを作った建築家志望の大学生や、〝欽ちゃん〟を知らない20代と共演するなど、若い世代との接点を持ち続ける萩本さん。2015年、73歳のときに入学した駒澤大学でも、多くの学生と接してきました。そこで若者の〝目的のなさ〟に驚いたこともあったそうです>

大学によっても違うだろうけどね、私が大学に入ったとき学生に「何をやりたくてこの学校に来たの?」って聞いたの。

そうしたら「大学に来て仕事を決める」って。すっげえがっかりしたの。大学って、人生を充実させるために選んで来てほしいよなあ。


<萩本さんは在学中、進路に悩む大学生から相談を受けたことがあったといいます。そこで伝えていたのは、「好きではない仕事もあとから好きになる」ということです>

印象的だったのが、2人の学生が僕のところに相談に来てね。1人は「欽ちゃん、行きたいIT企業になかなか就職が決まらない」って。もう1人は、親戚に「家業を手伝ってくれないか」って言われていて、欽ちゃんだったらどうするかって聞くの。

そのとき、2人に同じ話をしたよ。

俺ね、テレビでたくさんの名人にインタビューしてきて、必ず聞いてたことがあるの。「好きだからこの仕事に就いたの?」って。

例えば「包丁の名人」。「おじさん、包丁の名人って言われてるけどさ、包丁を研ぐのが好きだったの? 好きな仕事だからやったの?」って聞いたら、「好きじゃねえよ」ってすごく怒られた。

名人はもともと商社に勤めて好きな仕事をしていたんだけど、おやじさんが包丁職人だった。実家に帰ったとき、親を喜ばせようと思って「おやじ、後継いでもいいんだよ」って言ったら、おやじさんがうれしそうな顔をした。「その目を見たらさ、やっちまったんだよ」ってね。

名人に「今は商社と包丁とどっちが好きなの?」って聞いたら、「包丁だ」って言ったんだ。こんな風に好きでもない仕事だったけど好きになった人がたくさんいる。

2人の学生に「君がどっちを選ぶかだよ」って伝えたら、「欽ちゃん、ありがとう」って生き生きと走っていったんだよ。あの2人がそのあとどの道に行ったかはわかんない(笑)。

じゃあ私はどうなのっていうと、もともとお笑いは好きでもなんでもない。好きでもないところに行って、この仕事が好きになった。名人とまではいかないけど、最高の仕事に就いたと思ってるよ。

どんなにすごいコントを作ったか、人気者になれたかっていうのはお客さんが教えてくれる。お客さんが、「面白いね、いいね」っていうことが答えだよ。
 

教員からもらった「最高」の手紙

<萩本さんの存在は、学生だけではなく教員にもいい刺激を与えていたようです。学生時代、教員から3通手紙をもらい、「最高だよ」と振り返ります>

もらった手紙のひとつはね、「私の授業では必ず寝る生徒がいました。でも、欽ちゃんが授業を受けている期間は、寝ている生徒が1人もいませんでした。ありがとうございます」ってさ。

「先生、なんで?」って聞いたら、俺がいつでも平気でアドリブ飛ばすからだって。「先生、それわかんないな」「その質問は俺に聞いても無駄だよ」とか平気で言ってたんだよ。

そのアドリブがいつ飛んでくるかわかんないから、それが楽しみで学生が寝る時間がなかったらしいって。

あとはさ、「先生、たまにはオチを入れてよ」って言ったら「あ、悪かったね」って(笑)。

私はね、大学の面接の時に「勉強をするのは当然のことで、それ以外にしたいことがあります」って伝えたんだ。「私のいる限り試験の倍率が年々上がっていく、学生が殺到する大学にすることです。勉強だけをやりにいくわけじゃありません」って。

そうしたら本当に倍率が上がりましたよ(笑)。
 

「大人ってよく見てるよ」

<萩本さんが大学に入学する10年前には、社会人野球クラブチーム「茨城ゴールデンゴールズ」を設立し、監督を務めたこともありました。その後も80歳でYouTubeチャンネルを立ち上げるなど、新しい挑戦を続けています。「生涯現役」を宣言するテレビスターは、葛飾北斎の生き方に励まされたそうです>

俺ね、70歳を過ぎてから葛飾北斎の〝いい言葉〟に出会ったんだよ。これもなんかの縁だね。

「70までの絵は使えねぇ。これからの絵が楽しみだ」って言葉。彼の考えに元気が出たよ。
 
6歳の頃から絵を描いてきた北斎は、70歳以前までに描いた絵は取るに足らないもので、73歳にしてようやく動植物の骨格や出生を悟ることができたと述べています。そして、80歳ではさらに成長し、90歳で絵の奥意を極め、100歳で神妙の域に到達し、百何十歳になれば一点一画が生きているようになるだろうと、100歳を超えてもなお絵師として向上しようとする気概を語っています。
すみだ北斎美術館HPより

俺も「70歳までのお笑いはお笑いじゃねーよ」って言おうとしたんだけど、80歳になってもっとひでえね(笑)。

でもいい言葉に出会ったよ。

<昭和・平成・令和を駆け抜けたレジェンド〝欽ちゃん〟の言葉も、誰かの心に残るメッセージになるのではーー。やりたいことがなく、進路に悩む若い世代に残したい言葉を聞くと、「損をする」大切さを話してくれました>

早くいい大人に出会うために「損をする」こと。「損をする」と周りが気づいてくれて、いい大人が自分のことを見つけてくれるんだよ。

俺がコメディアンになったとき、浅草の劇場の支配人に「お前、何かできんのか?」と言われて「何もできません」って言ったらさ、「できないならタダ働きな」ってなったんだよ。

「わかりました」って言ったけど、それって損してるじゃない? でも俺は、その損を、損したとは思わない。まずは「これだけ働く」っていうのを見せた方がいいなと思ってさ、朝7時から舞台を1人で掃除した。誰も見てないよ。

でもね、劇場の掃除をするおばちゃんが早めに来たとき、私を見たんだね。それを支配人に言ってくれたんだと思う。

ある日、支配人に呼び出された。「お前、誰にも頼まれないで掃除して。そういうのを偉いっていうんじゃねえか、ばかやろう。来月から給料値上げ! お前ほど出世が早いやつなんていやしないよ」って。

「ばかやろう」はつけなくてもいいと思ったけどね(笑)。

自分から「損をする」人には、それ以上損させないようにって考えてくれる大人がいる。大人ってよく見てるよ。「得をする」「ヨイショ」みたいなのをやってもダメだね。

言っとくけどね、〝優れ者〟はもうその通り生きていきゃあいいの。世の中には〝優れ者〟って少ないから、大半の〝まぬけなやつ〟に向けて言ってんだよ。自分の〝まぬけ〟を見抜かれることやさらけ出すのを嫌がる人がいるけど、隠さないで、素直になってこそなんですよ。

そうすると誰かが方向指示器を出してくれるからね。

 ◇  ◇  ◇

withnews連載「鈴木旭の芸人WATCH」では、1月下旬に萩本欽一さんのインタビュー特集を配信します。


 

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