連載
#6 記憶をつなぐ旅
壁画アート、被災地の素材のクラフトジン…双葉に注目してほしい理由
「帰れない」がフォーカスされがちだけど…
産地や素材にこだわって作られ、人気が高まっているクラフトジン。このほど生まれた「クラフトジンふたば」は、福島や仙台といった被災地の素材からつくられ、その〝物語〟が多くの人の心をつかんでいます。ふるさと福島県双葉町の名前を冠したジンづくりや、町の壁画アート制作といったプロジェクトに取り組むのは、町出身の髙崎丈さん。「『帰れない』といったマイナスイメージだけでなく、町のポジティブな面も知ってほしい」と語る髙崎さんに、話を聞きました。
「クラフトジンふたば」は、気鋭の蒸留酒造家「エシカル・スピリッツ」の山口歩夢さんに、髙崎さんがジンづくりを相談したことで生まれました。
福島・郡山の酒蔵「仁井田本家」の酒粕を使った粕取り焼酎を原酒に、福島・いわきのトマトや仙台・荒浜地区のマリーゴールドといった被災地の素材が使われています。
氷を入れたグラスにジンを注ぐと、すっきりした香りが鼻をくすぐり、口に含むと甘みが広がります。ソーダ割りで飲むと爽やかな香りが印象的です。ジンジャーエールで割ったり、ソーダ割りにレモンや砂糖を加えてもおいしいといいます。
「ふたば」が自宅に届き、髙崎さんからジン誕生の経緯を聞く2回のオンラインツアーには、それぞれ数十人が参加し、「スッキリしておいしい」「どこで買えますか」といった感想や質問が寄せられていました。
「ふたば」誕生に取り組んだ髙崎さんは1981年、双葉町に生まれました。父は地元で有名な洋食店「キッチンたかさき」を営んでいました。
カウンター越しにお客さんと話す父の姿を、好感を持って見つめてきた髙崎さんは、自然と飲食業で働くことに。地元へ戻った2009年に、洋食店のそばに居酒屋「JOE'SMAN」を開きます。
しかし2年後に、東日本大震災と原発事故が発生しました。妻の実家の千葉へ避難。髙崎さんは、早いうちから「これはもう帰れないな」と感じていたと振り返ります。
「帰れない悲しさを感じるよりも無我夢中でした。『これから先どうする』『どうにかして働かなきゃ』という思いの方が強かったですね」
家族を妻の実家に残し、髙崎さんは以前勤めていた川崎の飲食業で再び働き始めました。
がむしゃらに働き続け、2014年には都内に熱燗を楽しめるお店「JOE'SMAN2号」をオープン。「ふるさとのお店が1号店」という思いから名づけました。
しかしまたしても髙崎さんを襲ってきたのは、飲食業界を苦しめるコロナ禍。営業を休むしかなく、スタッフもいない店内で、髙崎さんはひとり考えていたといいます。
「飲食業も強くならないといけない。事業のウィングを広げて、社会に貢献できるような存在にならないと」
2号店を閉め、昨年末には新しい飲食店「髙崎のおかん」を開業しました。双葉の町章をモチーフにしたのれんを出し、熱燗と料理のペアリングを楽しんでもらうカウンターだけのお店です。
そして1月には、町の名前を冠した「クラフトジンふたば」を発売。ジンはお店でも楽しむことができます。
11年前の東京電力福島第一原発事故の影響で、一部のエリアでようやく住民の帰還が始まろうとする双葉では、インフラも十分ではなく残念ながら特産品がありません。
そこで、双葉を「縁」に作られたジンをお土産のひとつとして売り出したい、そしていつかは、双葉町で作られた素材も入れたい――。
髙崎さんは「ジンに双葉で作られた原料を入れられるようになったら、入れられなかった時期があったことも特別な『歴史』になると思うんです」と話します。
髙崎さんが取り組む町の再生プロジェクトは、クラフトジンだけではありません。
JR双葉駅を降りてすぐに出迎えるFUTABA Art Districtの鮮やかな壁画アートもそのひとつです。このパブリックアートを目的に双葉を訪れる人もいるといいます。
廃墟だった造船所の跡地がアートで復活したオランダの例を知った髙崎さんは、漠然と「双葉でも同じことができないか」と考えました。
2年前、壁画制作会社「OVERALLs」の代表・赤澤岳人さんに出会い、「双葉でも描いてくれませんか」と持ちかけました。
二人は思いを同じくし、「FUTABA Art District」のプロジェクトがスタート。現在では町の7カ所に壁画があり、制作時には町長が駆けつけるほどの一大イベントになっているといいます。
福島出身の父を持ち、震災直後は1週間ほど福島を取材した筆者は、よく福島の沿岸部や被災地を旅し、東日本大震災・原子力災害伝承館や廃炉資料館(富岡町)を訪れたこともあります。
しかし、都内に住む当事者ではない自分が、アートの前で写真を撮ったり、ご当地グルメを味わったりして旅を楽しんでいいのか、地元の人はどう感じているのだろうか……と後ろめたさを覚えたこともありました。
正直な迷いを話すと、髙崎さんは「ふるさとを離れて、都内で働いていた自分もそれは感じていましたよ。『今さら再生とか言っていいのかな』って。中に入ってしまうとそんなことないんですけどね」と答えてくれました。
壁画アートも、やり続けていくうちに賛同者が増え、町長が声かけてくれて描くスペースが確保できた例もあったそうです。
「知らないと戸惑いがありますよね。こんなワクワクすることをやっている町があるんだよ、ってことを知ってもらって、双葉と関係する人たちを増やしたいです」
双葉で見られる壁画アートや、福島で買えるクラフトジン。そんな「楽しみ」をきっかけに、ぜひ多くの人に福島を訪れてほしい。
そして、いまだに残る立ち入り禁止のフェンスや、更地になっていく街並みの様子などを通して、震災や事故のことも知ってほしい……。お話を聞いて、改めて強く感じました。
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