連載
#4 コミケ狂詩曲
「コミケは良い意味でカオス」カエルサークル主が愛する〝お祭り感〟
漫画やアニメだけじゃない「好き」と出会う場
12月30日から二日間の日程で、同人誌即売会・コミックマーケット(コミケ)が実施されます。新型コロナウイルスの流行以降では初となる、対面式での開催です。一般に、アニメや漫画が好きな人々の祭典と思われがちな、このイベント。会場内を見渡してみると、実に多様な分野の担い手が集っていることに気付きます。「『好き』の数だけジャンルがある。良い意味でカオスなんです」。カエルへの愛情をこめたグッズを携え、久方ぶりの祝祭に臨もうとするサークル主に、思いを聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
「やっと、また行ける」。今夏発表があった、コミケ再開の一報に、SNS上が大いに沸き立ちました。ウイルスの感染対策目的で延期・中止を余儀なくされ、約2年。喜び合う人々の様子を見て、筆者(33)も心が躍ったことを覚えています。
筆者が会場の東京ビッグサイトを初めて訪れたのは、アニメ好きだった中学時代です。老若男女が目を輝かせながら、愛する漫画などの同人誌を求め、方々を練り歩く。遠足と巡礼を掛け合わせたような雰囲気に、気付けば魅了されていました。
サークル席の内側からの景色が見たくて、3年前の夏、売り子を体験したこともあります。終了後、場内を回り、気付きました。一押しコンビニ飯の紹介本に、自作の球体関節人形……。独特の雰囲気を醸す頒布物を机に並べる参加者が多くいたのです。
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もちろん、色々なジャンルのサークルが軒を連ねていると、理解していました。しかし、それまでは、二次創作ばかりを楽しんでいるところがあったように思います。遅まきながら、ようやくイベントの多様性を意識したのです。
後日ネット上で見かけた、創作側で参加したとみられる人物の意見も印象に残っています。「コミケが漫画やアニメだけの祭典じゃないと知って欲しい」。僕は、この人の前を素通りしてしまっていたのかもしれない。視野の狭さを恥じました。
あまり親しむ機会が持てなかったジャンルの魅力についても、もっと知りたい。そんな感情に突き動かされ、一人のサークル主に、取材を申し込みました。
今回話を聞いたのは、蛙ノ庄さんです。コミケには学生時代から足を運び、4年前の冬以降、カエルをテーマに参加。漫画家の経歴を活かし、国内に棲む種のイラストを描いてきました。大きさや身体的特徴、判別方法を説く内容が中心です。
2018年に手掛けた14ページの『カエルの見分け方の本。』が代表作。例えばトノサマガエルの項には、全国に分布していない、との一文が見えます。別種のトウキョウダルマガエル・ナゴヤダルマガエルと混同されやすいなど、解説も明快です。
更に目を引くのが、文章に添えられたイラストです。一つひとつの種のボディーラインが、頭から足元にかけてなだらかに描かれています。両生類独特の粘り気や湿度を感じさせない、丸っこい姿形は、幅広い層に受け入れられてきました。
「カエルが苦手な人は、特に体表のイボやしわなどに嫌悪感を抱きがちだと思っています。描く際、それらを省略した上で、全体的にぽっちゃりさせる。愛らしいなと感じられる塩梅までデフォルメするんです」(蛙ノ庄さん)
同作はツイッター上でも「可愛いし、ためになって最高」などと好評を博しました。ウェブメディアが記事化するほど注目され、後に各地の大学からの要望で、地域の親子向け講座のパンフレット向けに、イラストを提供したといいます。
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愛知県生まれの蛙ノ庄さん。カエルには、田んぼから流れる〝合唱〟を聞きつつ育ち、ぬいぐるみを集めるなどの形で親しんできました。2005年、逸架(いつか)ぱずる名義で、カエルが登場する漫画『カエル王子』(双葉社)も刊行しています。
作画にあたり、図鑑やネット上で生態について調べてみると、新鮮な驚きを覚えました。雨が降りそうなときや、求愛の際に鳴き始める。体色が似て見えても、大小様々な種がいる……。それまで知らなかった生命の豊かさに、心奪われたのです。
「全部の種類を見たい」。以来、毎年、カエルが冬眠から目覚める春先から10月頃まで、観察しています。近所の水辺や、トレッキングで訪れた山々で、愛機のコンパクトデジカメを構え、脅かさないよう遠巻きに撮影してきました。
「図鑑で確認するのと、実際に目の当たりにするのとでは、印象が違います。『思ったより小さいな』とか『後ろ脚の筋肉がたくましいな』とか、気付きも多いんです。ただ離島など遠方に行くのは難しいため、無理のない範囲で活動しています」
自らが抱いた感動を、広く伝えたい――。
次第に情熱がたぎり、カエルのイラスト入り缶バッジといった雑貨を自作し、同人誌即売会などで頒布するように。2017年頃からは、生き物専門の企画展への参加も増えていきました。
創作物の頒布を、店舗などに委託したケースを含め、年間で20以上のイベントに申し込んだ年もあったそうです。
言葉の端々に、カエルへの愛情がほとばしる蛙ノ庄さんですが、「私はあくまで素人」と控えめです。
2018年夏、『カエルの見分け方の本。』の読者から指摘が届きました。冊子中の「南西諸島のカエル(キレイなカエル編)」コーナーに登場する、オキナワイシカワガエルの分布などの情報が間違っているのではないか、というのです。
生息域にあたる自治体の役場に連絡し、事実を確認すると、記載の誤りが判明します。すぐさま自身が運営するウェブサイト上で、お詫びのブログ記事と、正誤表を公開しました。
「カエルを巡っては、専門家による研究結果が数多くあります。誤情報を訂正しなければ、その努力が無駄になる。カエルについて知りたい方にも失礼です。お子さんを含め、人目に触れた冊子でもあり、作者として責任を取るべきと考えました」
「好き」という感情を大切にするため、先人や作品に真摯であり続けようと思う。そんな人柄を象徴するエピソードだと、筆者は感じました。
蛙ノ庄さんいわく、創作者としての活動の原点は、他ならぬコミケにあるといいます。
元来、大のゲーム愛好家。高校時代から「ドラゴンクエスト」や「ストリートファイター」シリーズを楽しみ、キャラクターが登場する二次創作漫画を描いていました。そして19歳の頃、コミケにサークルデビューを果たします。
「当時は晴海の東京国際見本市展示場で開かれていました。地方の即売会では見られない人手に、圧倒されっぱなし。一緒に上京した友人に売り子を頼み、夢中であちこち見て回りました。その後、ほぼ毎回参加しています」
近年はオンラインゲームジャンルでサークル登録し、人気作「ラグナロクオンライン」などのパロディー漫画を扱った時期もありました。一方、カエルに対する思いは断ちがたく、イラスト入りカレンダーの頒布を並行したそうです。
そして2017年冬のコミケに、カエル専門サークル「蛙ノ庄」として申し込みました。「急に創作物の内容を変えて、ちゃんと見てもらえるだろうか」。そんな不安を打ち消すかのように、同好の士たちが、ひっきりなしに自席を訪れたのです。
「本当にたくさんの人々と出会えました。道行く人から『この間、自宅の庭で見たんですけど』とカエルの写真を示されたこともあります。私より知識があるサークル主さんを呼び、一緒に種類を推測しました。とても楽しかったですね」
しかし、こうした交流は、コロナ禍によって一度断たれてしまいます。即売会などの多くが、延期や中止に追い込まれたからです。それでも創作心をしぼませずにいられたのは、人とのつながりのおかげと、蛙ノ庄さんは振り返ります。
例えば、ある生き物関連企画展の主催者は、対面での開催を控える代わりに、クリエイターの作品を通販。蛙ノ庄さんも雑貨を提供し、それまでとは異なる発表の場を得られました。
ツイッターも心の支えの一つです。「沖縄・八重山地方で新たなカエルが見つかった」。昨秋、あるフォロワーの投稿を見かけました。調べると、従来種とみなされてきた同地方の2種が、新種だったことを伝えるニュースに行き当たったのです。
【関連リンク】八重山 カエル2種が新種と判明 独自の形成過程示す ヤエヤマヒメアマガエル ヤエヤマカジカガエル(八重山毎日新聞/全国郷土紙連合)
「それまで48種とされていた在来種が増える、歴史的な発見でした。困難な状況下でも、生き物について研究したり、創作したりすることを、諦めない人たちがいる。『私も、改めて国内のカエル全種を描かなきゃ!』と奮起しました」
昨今ようやく、ウイルスの感染が小康状態となり、各種展示会も再開しつつあります。そんな中、コミケが改めて催されることに、蛙ノ庄さんは特別な感慨を抱いているそうです。
「いったん離れてみて、やっぱり、あの会場が好きなんだなと思いました。イベントを支える人、コスプレをする人、何かを作り出す人。楽しみ方は、みんなそれぞれだし、良い意味でカオスな感じがします」
「『好き』の数だけジャンルがある。創作物をはじめ、どんな表現を発表しても構わない。そんな〝お祭り感〟が忘れられないんです」
久しぶりのビッグサイトには、カエルグッズを携え、サークルとして乗り込む予定です。「とにかく無事に開かれて、何事もなく終わって良かったね、と参加者同士で言い合いたい。それだけですね」。待ちわびたハレの日が近付いています。
蛙ノ庄さんへのインタビューは、3時間ほどの長丁場となりました。身近な自然に注がれる、細やかで優しい視線に触れ実感したのが、「興味の幅を広げる難しさと楽しさ」です。
筆者はこれまで、生き物全般に関心を持ってきたつもりでした。でも、ことカエルに、十分に注意を払えていただろうか。今回の取材を通じ、その生態に惹かれるたび、自問自答したのです。
この体験は、冒頭に述べたコミケのエピソードにもつながります。アニメや漫画・ゲームに対するのと同じだけ、他の分野にも熱を傾けられていたなら、一層豊かな時間を過ごせたかもしれない。そう考えると、悔しさが拭えません。
「興味がない/知らないもの=存在しないもの」。そんな思考に陥る恐れは、誰しもにあります。結果として、異質な価値観を持つ他者に、不寛容になってしまうケースも考えられるでしょう。最良の抑止力は、好奇心だと思うのです。
コミケには、あらゆる物事を面白がる「達人」たちが、一堂に会します。その場が再び設けられることは、筆者にとっても大きな喜びです。ぜひ会場を訪れ、自由な表現を浴び、新たな世界の扉を開く旅に出たいと感じています。
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