誰だって、お医者さんから病気の説明を受ける時は緊張します。逆に、医師の方も「患者さんが欲しがっている情報と合っていない」という悩みがあるそうです。そんな時〝伝えるプロ〟であるお寺のお坊さんは、どんな態度で臨んでいるのでしょうか? SNSなどで医療情報を発信している病理医・ヤンデル先生と、仏教をテーマに描いたマンガ『阿・吽』の作者・おかざき真里さんが、比叡山延暦寺の僧侶、小鴨覚俊さんと語り合う〝場〟を開きました。
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たらればさん:医師たちは日々、正確な医療情報を発信しようと努めていますが、正しい情報はどうしても難しくなりがちで、なかなか届きません。むしろ、分かりやすくて正しくないものが蔓延してしまうという状況があります。
仏教は自分で修行を積んで体感しなければ分からないことも多々あると思いますが、それを一般の人たちにどう伝えているのか、どのような工夫をしているのでしょうか。比叡山延暦寺の小鴨住職に伺えれば、と思います。
小鴨住職:「仏教修行での体験、それで得られたものをどのように一般の方に伝えていくか」という質問だったと思いますけれども、なんというか多くは伝えられないと思います。
SNS医療のカタチTVの企画「死はわからない」に登壇した小鴨さん 出典:SNS医療のカタチTV
やはり体験したものの中からしか分からないことはあります。それをいくら言葉で表現しても正確には伝わらない。だからあまり多くは語らないようにしています。
しかし、聞きたいという気持ちと、「修行をしたらこんな体験なのだろう」とか「こんな感覚が得られるのだろう」とか相手が期待されるところは当然ありますから。そこもある程度、汲みながら表現することだと思います。
たらればさん:住職ご自身が、伝えるための工夫や表現上で気をつけていることはございますか?
小鴨住職:それは、やはり「相手の〝機根〟に合わせる」ことですね。
一同:キコン?
小鴨住職:機根。機会の機に、根っこと書きます。
何か学問を積んだとか経験があるとか、それだけではなく、今の精神状態や「この人が聞く体制に入っているかどうか」を含めて「機根」ですね。そういったことまで鑑みながら話さないといけません。
相手が大勢になればなるほど中庸な話し方になりますし、少なければ少ないほど突っ込んだ話になってくるでしょう。いずれにしても、相手を見ながら言葉を選んで話します。
お坊さんはお堂の説明や人のご案内も含めて機会も多く、話すのがまあまあ得意な人が多いんです。教えを分かりやすくしゃべるということに慣れているがゆえに、自分本位で話してしまうことがよくあるのです。
しかし本当に難しいのは、対峙して1対1で話すことだと思いますよ。その心に、いかに寄り添っていけるかということまで含めて考えて話をしなければなりませんから。
ヤンデルさん:病院の中で医療者が説明をするときと対比させると、我々医療者が1人1人の患者さんにしゃべるストーリーというのはある程度、決まっているんですよ。「こういう病気で来ている人には、こういう説明が必要だろう」というところを、割とこなしてしまっています。
大衆に向けて医療情報を出すことの方が難しいという漠然とした前提がありましたが、ご住職のおっしゃっていることと逆ではないのですけど、「よく考えたら僕は随分、狭かったな」というところを今感じたところです。
たらればさん:おかざき先生はどうですか? 漫画を描くというのは、常に色々な人に向けて、見えない読者に向けて対話をしている作業ですよね。
おかざきさん:お医者さまも1対1が日常ですよね。反対に私は、薄利多売の商売をしておりますので(笑)。
できるだけ大勢に、広い人に届ける。その割にはちょっとマニアックな描き方をしてしまうタイプなのですけれども……。
ただ、今のお話を聞いていて、私も「架空の読者さん」を作って、その架空の読者さんの機根に合わせたり状態に合わせたりして、1対1になって描いているのではないかなと思いました。
完結し、9月に最終巻が発売されたマンガ『阿・吽』 出典: ©おかざき真里・小学館
随分前にどなたかに相談をしたときに、「届けたい人が具体的であればあるほど、漫画って実はすごく広がるんだよ」と言われたんです。
ヒット漫画は、「この漫画のことが分かるのは自分1人だけだ」と読者が思うそうです。
何百万人という読者に、「この漫画を一番分かるのは俺だ」とか「自分のために描かれた漫画だ」と思ってもらえると、とにかく広く広がるらしいのです。
なので、今のお話を聞いて「あ、私はそういうふうに、やはり架空の相手と対峙するようにして描いているのではないかな」と思いました。
ヤンデルさん:「機根」って良い言葉だなと思いました。10~20代の人に「酒・たばこは、ほどほどに」と言っても伝わる人と伝わらない人がいますね。たぶん機根がそろっていないケースがあるんでしょうね。
でも「ずっとたばこを吸っていたおじいさん・おばあさんの肺がボロボロになっているから、やはりたばこは良くないよね」と、ちょっと大げさなストーリーを与えて話をされると、僕は納得ができるわけです。
ところが普段は「科学」の名のもとに、「この薬を使ったら、この病気はこのくらいで治る」、あるいは「治らない」「もう治らないかもしれない」という説明をしています。僕らの持っている情報は全部そろって渡しますが、患者さんが欲しがっている情報とまるで合っていないということも、よくあるんです。
「いや、それはもういいよ。病気の話は医者に任せた。僕が本当に知りたいのは、これで死なないにはどうしたらいいのかとか、そもそもがんにかからないようにするにはどうしたらいいんだとか、そういうことなのに。医者は何もくれないね」。そんな話がどんどんたまっていくんです。何か断片的な情報ばかり出している気がします。
たらればさん:おかざきさんは漫画『阿・吽』のなかで、7年間におよび、空海と最澄の教えを一般の人に、しかも「なるべく広く伝えよう」というご努力をされていましたよね。その際に気をつけていたこと、工夫などはありますか。
おかざきさん:実は私は、仏教の教えを伝えようということでは描いていないんですよ。
教えを伝えるのはプロの和尚様がいらっしゃるので、「仏教とは何ぞや」と思ったらお寺に行ってください、と思っています。
その前段階の一番大きいところで「仏教ってかっこいいな」と思ってもらえればいいかなと思っています。漫画を読む層が「仏教ちょっといいかもしれない」と思ってもらえればそれだけでよくて。
完結した漫画『阿・吽』の1シーン 出典: ©おかざき真里/小学館
たぶんヤンデル先生が普段、「患者さんに渡している伝えなければいけない正しいこと」というのを、私はできるだけ避けて、その周りのものを書いている感じです。
この世に「真ん中のものを伝える」という方は職業としていらっしゃいます。私が届けるのは、その周りのものです。
さらに言うと、その「真ん中のもの」は、読者さんが勝手に補完してくれているんです。「周り」をちゃんと描いていると、こっちが「届けよう」とそんなに強く思っていないことでも、「自分の欲しかったものだ」と読者さんの中で作ってくれるんです。
読者さんがすごく感銘を受けてくれるのは、「真ん中」の部分を読者さんの中で作ってくれたときです。私はその周りをずっと、ずーっと描いている。できるだけ、逆にその真ん中にいかないようにしようと思っていました。
小鴨さん:言葉で伝えるだけが法ではない、布教ではないんです。例えば法要、儀式。法事のときですね。どんな風に表現をしていくか。あれは、あくまでもセレモニーに過ぎません。
本来は、一生懸命仏典を読んで、自分で勉強をしてずーっと理解をしていっても、同じ方向へいくはずなのです。でも、なかなかそうはいきません。ましてや、仏典を一生懸命解読していける人などというのは、ほとんどいないわけですから。だから法要儀式で表現をしていく。言葉ではないかたちで表現をしていく。
お坊さんの声や特別の装束、立ち振る舞いや動き。それから威儀ですね。きちっとした姿勢を取る。声をきっちり揃える。
そして調度品をピカピカに磨き上げて。縦、横、斜めピシッと並んでいる。そしてそれを包む大きな仏閣(がらん)がある。
そこに花を撒き、香を焚いて。私自身もそこに随喜している一般の方たちもみんなが「ああ。何となく良い気持ちがするな」と思う空間がそこにできていく。
「仏様の世界って、こういう感覚が得られる世界なのかもしれないなぁ」と感じられる法要が表現できなければ、お坊さん失格なんですよ。
たられば:「見え方」「見せ方」は、「医者もやっているのではないか」と思いました。やはり聴診器をかけて問診された方が何となく治る気がするし、「この人の言うことをちゃんと聞こうかな。薬もしっかり飲もうかな」という気になります。
ヤンデル:「白衣効果」でしょうか。逆に「白衣高血圧」なんていう悪い言い方もあります。患者さんは、お医者さんを目の前にすると血圧が上がってしまう。「だから家で血圧を測るのはとても大事」という説明の仕方もあるんですよ。
言葉かけがうまい医者は「診察室で僕が血圧を測ると、血圧が高くなっちゃうから」といって、「おうちで定期的に血圧を測る」という習慣に結びつけていく。相手の緊張をほぐす効果もあります。
そんな、その人なりの医療を「家」につなげる技術も持っている、何かお坊さんみたいなことをおっしゃるタイプの開業医の方とかがいらっしゃるんですよね。面白いなと思いましたね。
SNS医療のカタチとは:
「医者の一言に傷ついた」「インターネットをみても何が本当かわからない」など、医療とインターネットの普及で生まれた、知識や心のギャップを解消しようと集まった有志の医師たちによる取り組み。皮膚科医・大塚篤司/小児科医・堀向健太/病理医・市原真/外科医・山本健人が中心となり、オンラインイベントや、YouTube配信、サイト(https://snsiryou.com/)などで情報を発信し、交流を試みている。
SNS医療のカタチTV2021とは:
2021年8月21,22日、ボランティアによって配信されたオンライン番組。withnewsもメディアパートナーとして協力しています。オンライン番組にあわせて、連載「#医と生老病死」をスタートしました。「SNS医療のカタチTV2021」のアーカイブは、1日目はこちら、「死はわからない」を含む2日目はこちらからご覧ください。