連載
「30歳、無職」から1年。いまもつらいこと、あれから変わったこと
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新型コロナウイルスが私たちの生活に大きな影響を与えた2020年。起業と会社員のパラレルキャリアを歩んでいた森本萌乃さん(31)は、人生初の「無職」を経験しました。あれから1年。オンライン書店・Chapters bookstoreを開店し、書店主の夢を実現した森本さんは「なんとか生き抜いた」と振り返ります。それでも、うれしい変化は確実にあったようで……。「2020年、ツラくない?」とぶっちゃけてから1年が経ったいま、思っていることをつづりました。
昨年、書店オープンに至るまでに起こった出来事や感じたことを「30歳、独身、無職。本屋さんになる」という連載でつづったところ、コロナ禍で同じ境遇にいた方々などから、共感のご感想や激励のメッセージを複数いただきました。
緊急事態宣言の最中に訪れた、これまた人生の緊急事態を、消化する前になるべく率直に書き残したいと始めた連載でしたが、結果として自分自身と少なからず誰かにとっての「私だけじゃないんだ」の気持ちにつながり、励まし合えたこと、とてもうれしかったです。
あれから1年。私は31歳になりました。
コロナ禍、そして新書店の開店準備や運営は、大変不格好ではありましたが、なんとかここまで1年「生き抜いた」という気持ちです。
相変わらず独身、自分の会社から給与をまだ出せていないので無職と言えば無職。
また1つ年を重ねたこと以外に状況は変わっていないように見えて、案外変わったことも多いです。
「30歳、独身、無職」の1年後。久しぶりに筆を執ってみたくなりました。
一番の変化は、なんといっても仲間です!
私の会社はいま、3人体制で日々オンライン書店の運営を行っています。
1人目は、一年前から開発で携わってくださっていたエンジニア兼PMのHさん。一緒に進めるプロジェクトがとても楽しくて、一年越しで口説いた結果、この秋から取締役に就任してくださいました。
2人目は、大学4年次からインターンとしてリモートで運営を助けてくれていたNさん。サービスへの並々ならぬ愛情と共に、この春奄美大島から上京してきてくれました。
1年前、生活と仕事の境目も曖昧になった自宅に身を置きずっと一人きりで作業していたことを思うと、これは大躍進だと思います。以前の私は連載の中で、こんなことを書いていました。
不格好でも、一人きりでも、あの時船を出航させておいて本当によかったなと思います。
二人と出会えたことで、どんな船でも一生懸命漕いでいたらいつか仲間に出会えることを知ったし、漕ぎ出す決心が実は一番大変だということにも気がつけました。
何より毎日が楽しい!
人と仕事するのって最高です。
Nさんが上京し、本格的に会社へ参画してくれることが決まった時、このままの完全リモートスタイルではいけないと感じオフィスを探しました。
表参道、骨董通りすぐのおしゃれオフィス。昔からのご縁を伝って運よく間借りできることになり、出勤だけは毎日いっちょまえにトレンディドラマの気分です。
何より、会社の屋号を物理的に掲げられたことが感動で。
この看板を見て毎朝お仕事を始めるたび、幸せな気持ちになります。
1年前、オフィスを持たず家で働くことについて、私はこう考えていたようです。
今読み返すと切なくて仕方ないのですが、みんながひとりぼっちだから本当のひとりぼっちを実感しづらいという考え方は、2020年無我夢中で新しい事業を始めた自分自身の働き方を象徴しています。
ただ、自宅での一人仕事がある程度長くなった2020年の冬頃から、家はどんどん汚くなり、生活の緩急がつけづらくなり、眠りが浅くなっていたので、働く場所と居住空間を分けることの大切さについても改めて実感しました。バランスが、大事。
資金調達ができなかったと嘆いた去年の秋から、実はまだ挑戦が続いていました。
Chapters bookstoreのサービスローンチまでは、なんとかエンジェル投資家と自分の借金でも持ち堪えたけれど。
日々目減りしていく通帳残高 V.S. じわじわ増えていく月商。
いかにも胃に悪そうなこの我慢比べ耐久レースは日に日に白熱し、この速度のままいくと会社の倒産が半年後に見えかけていました。
本との出会い・本を通じた人との出会いを叶える――。
自分の頭の中だけに広がっていた夢物語に”Chapters bookstore”という固有名詞がつき、サービスが動き出しました。これまで延べ1,500名を超えるお客様の手に本が届いていく一つ一つの過程の中で、夢は現実に、叶えたいものは守りたいものに確かに変わっていたようで。
そこからはもう、必死というか、執念です。
一度は諦めかけた資金調達でしたが、守りたいものがあると人は強くなります。自分にまだこんなに力が残っていたのかと驚くほど、体の中の使ったことのない大きなエンジンが動き出した感覚でした。
さらに失敗の場数を踏んだ分、自分の会社に合った投資家を見極める力が前より少し高まっているようで、あの時の連敗も経験としてフルに活かされました。
気力と経験値、すべてを総動員してやっとたどり着いた出資。
出資を決めてくださったのは、サービス開始時から本の手配でお世話になっている出版取次のトーハンさんです。
出資決定は「弊社代表上申について」というタイトルのメールにて。
ランチを買いに青山通りを歩いていた私は、どきどきしながらメールを開き、歓喜のあまり表参道のど真ん中でジャンプ。うれしくて泣いたのは久しぶりでした。
さらに素敵なご縁は続き、個人投資家2名もご出資を決めて下さることに。渋谷のドトールで顔色の悪い私のプレゼンを聞いて「面白い!」と一言、即決して下さいました。生きているといいこともあるみたいです。
2021年8月末。
会社の預金残高が100万円を切るか切らないかのタイミングで、3つの口座からの着金を確認、首の皮一枚つながりました。
……と、書きながらこの文章妙に見覚えがあるなと思ったら。去年の私はこう言っています。
デジャブ!
どうやら、8月はお金が大きく動く運命線を生きているようです。
でも今回は、テンションが上がるというよりもしんみりしました。巻き込む人が増えた分、責任も重いです。
1年間を振り返ってみましたが、うれしい変化はあれど結局ずっとつらいままでした。
ただ、あの時コロナを理由に先送りにしたり諦めていたりしたら見えていなかった景色が、いま見えていると思います。
それは0が10になる大躍進というより、-10をやっと-1まで巻き返したような些末なものですが、将来「おばあちゃんも若い頃はね……」とコロナを振り返った時に話したくなる物語ができたのは大きな収穫です。
そして、人生なんてきっとそんなもんだろうと少し諦めもつきました。
苦しいこと・意味のないことをやり続ける、自ら選択する。その地続きの日々は全然大したことないし、無価値に思えるし、いつも隣の芝はめちゃくちゃ青い。
「では自分は?」とふと振り返ると、一年前には到達していなかった場所に来ていたり、あの時の悩み事はすっかり過去のモノになっていたり。
行動を起こしてさえいれば、一年前の自分にとって今の自分って案外マシなのかもしれません。逆をいうと、行動は起こし続けなくちゃいけない、終わりなくずっとつらいんだという意味で、「諦め」です。
やりたいことを見つけて、起業して、事業を始める。これだけでものすごく志が高く目標も大きいと思われがちなのですが、私にはそんなもの全然ないです。
今、すでに毎日夢は叶っています。
書店主になりたかった自分が書店主になれたので、この先は書店主を続けることが今の夢。
強いていうならこれでご飯を食べていきたい。
もっというなら、これで幸せになれる人を増やしたい。
大きな目標が見つからない分、こうしてちょっとずつ段階を踏んで先々を見据え、過去の自分を超えていく生き方が私には合っているみたいです。
「つらい」を吐き出し、共有したいと思って始めた連載から1年。
今回は、あの時から歩みを止めず、生き抜いて、ちょっとだけマシになった自分を「褒める」、そんな気持ちを読んでくださった誰かと共有できたらと密かに願います。