連載
#8 #自分の名前で生きる
「青野さん別姓ごりごりかと思ってた」夫婦別姓、高校生が本音トーク
「同姓・別姓、どちらがいいか」という話をしない
「同姓・別姓、どっちがいい・悪いじゃなくて、それぞれの名前を大事にする社会になってほしい」。「選択的夫婦別姓」について知りたいと、高校生たちが、サイボウズの青野慶久さんや弁護士の古家野晶子さんを招き、オンラインイベントを開いて考えを深めました。運営メンバーのひとりの女子高校生は「将来、自分の名前で働きたいと考えると、今の名前を通称としなければいけない可能性が高い。私が働く頃には制度が変わっているといいなと思います」と話します。
7月25日に開かれたオンラインイベントは、私立高校で学ぶ高校生や教職員でつくる団体「京都私学フェスティバル実行委員会」が主催。私学助成の拡充を目指す活動をするほか、身近な社会問題について学んだり、意見を発表したりしてきました。
今回は選択的夫婦別姓に興味を持った大谷高校や同志社高校などの約10人の高校生が中心となって準備を進めました。当日はZoomに10代の15人が参加して質問を寄せ、YouTubeで数十人が視聴しました。
イベントに登壇した青野さんは、選択的夫婦別姓の導入を求めています。結婚時に妻が「名字を変えたくない」と言ったため、青野さんが妻の姓「西端」に改姓しました。仕事では旧姓を使っています。
「仕事で旧姓が使えれば問題ないんだろうなと思っていたら、パスポートやカードが『西端』なので、『青野』で予約してもらったホテルに泊まろうとしても、『青野であることを証明しろ』と言われてしまいました。法律上の根拠がない名前を名乗らせることは、リスクでもあり、確認するための手間もかかります」と振り返ります。
「ずっと昔は、農家に生まれたら農家といったかたちで職業も選択できず、結婚相手も自由に選べなかったけれど、今は、職業、婚姻相手、住む場所など、自由に選べるよう制度がアップデートされています。それと同じように、結婚する時に別姓の選択肢を増やしてほしいと活動しています」と話します。
弁護士の古家野さんは、2014年から旧姓で弁護士として働いていました。2018年に所属する弁護士法人の役員に就任したとき、旧姓では役員登記ができませんでした。
古家野さんの戸籍名は「山本晶子」。しかし「これでは誰のことか分かりません。弁護士は旧姓を使うと決めたら、戸籍名を弁護士活動で使ってはいけないことになっています。弁護士として『山本』と名乗ったことは一度もなく、なぜ『山本晶子』で登記してよいのか疑問でした」と話します。
現在も「古家野晶子」で登記しようと申請中ですが、「山本晶子(古家野晶子)」なら登記できるともいわれたそうです。
誰かが結婚して名前が変わったことが、登記で広く一般に公示されてしまい、個人情報・プライバシーの問題が発生します。
「また、離婚したらこの併記が外れて、そのタイミングとあわせて登記されます。つまり、離婚日まで分かってしまう。プライバシーを侵害する理不尽な制度だと感じました」
現状では96%の女性が夫の姓に改姓しています。離婚問題を扱う古家野さんは「仕事上でも結婚した相手の氏を名乗っていた場合、離婚で名前を戻すときに、名刺を配って歩くのと同じだけ、離婚したことを伝え歩く状況に追い詰められます。ただでさえ離婚というつらい状態の中で、それが周囲に分かってしまう不利益って本当に大きいと常に感じていました」といいます。
登壇した高校1年生の中谷優仁さんからは、「選択的夫婦別姓が導入されてもいいと思いますが、通称使用を拡大させていく方向でも解決できるのではありませんか?」という質問が投げかけられました。
青野さんは「戸籍名ではない名前で口座を作るというのはリスクもあり、今後も難しいでしょう。口座を複数持っている人もいますし、クレジットカードやマイル、ネットのIDなど、改姓のコストは昔よりも格段に上がっています」と答えます。
「さらに言えば、子どもの頃から使ってきた名前には思い入れがあります。ある日突然、その名前が奪われる精神的ストレスは無視できません。昔の中学校の校則にあった〝丸坊主〟の押しつけと似ていますね。中学生の一体感がなくなったら?髪形でいじめが増えたらどうする?と心配していた人もいたでしょう。丸坊主にしたいならどうぞ、でもそれを押しつける必要がありますか?と考えると、違和感がみえてくると思います」
高校3年生の林海瑠さんは「選択的夫婦別姓に反対する意見に『家族の一体感が失われる』というものがあります。結局、夫婦別姓にしたくない人はしなければいいだけではありませんか? 別姓を可能にするとシステム上の不都合はあるのでしょうか?」と聞きます。
青野さんは「むしろ不都合が減ります。今は、旧姓を法律上の根拠がないまま使うので、会社の戸籍名の登記と、通称使用との間で本人確認の手間がかかっています。結婚しても一生名前を変えないわけだから、システム上も変更が減って楽になります」と指摘します。
林さんは「やりたい人がやればいいだけのことなのに、全員強制で同姓にしろと言っていることに対して、批判はきていないのでしょうか」と素朴な疑問をぶつけました。
「フラットにみている若い世代では特に『反対する理由はない』と考える人が多く、世の中はどんどん賛成多数に変わってきています」と答えた青野さんは、「ただ、感情的なスイッチが入って『世の中はこういうものだった。結婚するのになぜ名前を変えないんだ!』と考える人は、理屈では説得できないところもあります。天動説が当たり前だった時代、どれだけ地動説の科学的根拠をみせても変わらなかったんですよね。世代が入れ替わったら変わるでしょう」と話します。
ファシリテーターを担当した高校2年生の朝子隆貴さんは「そこまで待てないですよね」と苦笑します。
「名前って個人を識別するためにある」と指摘する古家野さん。やむを得ない事情があれば、家庭裁判所の許可を得て「氏」を変更できますが、要件は厳しくなかなか認められないといいます。しかし、結婚では簡単に変わります。ある人物がまったく社会的信用のない人だったとしても、ある日、別の名字をもつ別人を生きることもできてしまいます。
また、仕事とプライベートの使い分けの問題もあります。仕事では古家野さん、病院・子どもの関係は山本さん。「メリットはあるなと思いつつも、使い続けているとだんだん、同じ人間に二つの名前というのは、本当にそれでいいの?という疑問がまたでてきます。社会的にもややこしいですよね」
自治体の市民公募委員や保育園・学校を支える地域の活動など、仕事とプライベートを明確に分けられない活動もあるといいます。
災害時に行方不明者の氏名が公表される場合にも、ダブルネームは問題だと青野さんは指摘します。「戸籍名で発表されたとき、ふだん旧姓で働いている人に気づけるでしょうか。『西端慶久を探しています』とアナウンスがあったとき、分かってもらえるのか。名前ってその人を特定しやすくするためにあるのに、その機能さえ果たせなくなっています」
高校生の中谷さんは子どもの名前の問題にも言及しました。「子どもと親の名前が一部違う可能性が出てきます。日常面で使いづらくないでしょうか」
たとえば、親の名字が鈴木さんと渡辺さんで、子どもが鈴木さんというケース。青野さんは「使いづらさがある・ないで言うとあると思う。でもこれって今でも、事実婚という〝事実上の婚姻関係〟の家庭では起きています。皆さんの同級生にいるかもしれませんが、困ったことってありましたか?」といいます。
「国際結婚も別姓が基本です。すでに僕たちが経験していて、気づかないぐらいは不都合もあるかもしれません」
古家野さんは「離婚して母親が引き取る時、子どもの名前を母親の旧姓に変えるケースがあります。鈴木姓だった母親が、旧姓の渡辺に戻るときは、子どもの名前も『渡辺』に変えられます。社会生活上の不便がないように、引き取った親と同じ名前を選ぶ例が多いです。でも、親子の名字が違っても支障のない社会を作れば、離婚時に子どもの名前を変える必要はなくなります」と指摘します。
「子どもの名前が変われば、クラスのみんなに『親が離婚した』ことが知られてしまいます。再婚したらまた新しい父の姓に変わるケースもあり、すでに子どもが姓の問題に振り回されている現状もあるんです。親子の姓が多様な状態になり、さらにそれで困らない社会を作れば、不都合は減っていくでしょう」
最後に青野さんは、「選択的夫婦別姓の議論で大切なことは、同姓と別姓で『どっちがいいか』という話をしないことです。『同姓も別姓もすばらしいよね』と。そういう社会にしないと、新たな分断が生まれてしまう。どっちもすばらしくて、押しつけない。そんな社会にしていきたいです」と話します。
古家野さんは「参加してくれた10代の皆さんの中には『希望を持ちにくい』と思っている人もいるかもしれない。大人の一人として申し訳ないけれど、どんどん世界は変わってきています。どんな社会にしていきたいかというイメージをもとに、『ずっと変わらないから仕方ない』じゃなくて、『変えていける』という思いを共有して進めていけたらいいなと思います。できることを私もやっていきます」と語りました。
グラフィックレコーディングを担当した高校3年の小山春陽さんは「重要だと思ったのは、名前というのはそれぞれに思い入れがあるということです。同姓・別姓、どっちがいい・悪いじゃなくて、名前をそれぞれが大事にしていける社会になってほしい」と締めくくりました。
イベント後、参加した高校生に感想を聞いてみると、森山優星さんは「イベント前は正直、青野さんは別姓をごりごりと推し進めたい人なのかなと思っていました」と笑います。
「でも、どっちが正解とかじゃなく、両方を尊重するという多様性につながる考え方は、自分もそっちの方が合っているなと思いました」と振り返ります。
現状では、姓を変えるのは主に女性です。女性の高校生運営メンバーのひとり、小山さんは「選択的夫婦別姓の問題を知る前は、母が改姓していることに疑問を抱いたこともなく、将来はなんとなく相手の姓に変わるんじゃないかと思っていました」と話します。
「でも将来は自分の名前で働きたい。だとすると、今の名前を通称として使わないといけない……そうなる気がしていて、そこで不便があるのは困ります。わたしが働くときには制度が変わっているといいなと思っています」
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