IT・科学
芸能界にもメンタルケアを…カウンセラーの夢かなえた元乃木坂46
アイドル時代、過食や適応障害に苦しんだ中元日芽香さん

回復したら、私も「人を支える」側になりたい――。アイドルグループ「乃木坂46」で活躍していた中元日芽香さんは、適応障害と診断されて休業したときの〝出会い〟から、カウンセラーとしてのセカンドキャリアを歩み始めました。芸能人やアスリートのメンタル面が話題になる現状に、「気軽に相談できる環境を整備してほしい」と訴えます。カウンセラーの仕事に就くまで、そしてこれから大学で研究したいことを聞きました。
プツッと切れてしまった
友人から「最近仕事どう?」と聞かれたときに、言葉が出てこなくって。何かがプツッと切れてしまいました。
がむしゃらにアイドルの仕事をしていて「疲れている」「しんどい」という自覚は全くなかったんです。でもふと、「楽しい?」って聞かれたときに答えられなくって。
それで初めて、身体の疲れ、自分が今までふたをしてきた感情や、選抜やアンダーメンバーという序列をつけられるしんどさに気づきました。見て見ぬ振りをしていましたが、蓄積していたんだと思います。
話をしたら聞いてくれる子たちばかりだったと思います。でも私の中に、「誰かに相談する」という発想がありませんでした。
ほかのメンバーからすると、〝普通に元気にやっていたひめたん〟が、なぜ仕事を休むことになったのかが分かりません。後になってから「言ってほしかった」と言われたこともありました。
アンダーセンターの責任感
当時もばりばり仕事はしていましたが、急に休んでしまうことも続いたんです。迷惑をかけているなと思っていたので、いったんお医者さんの意見を聞いてみようと思いました。
まず「適応障害ってなんぞや?」と思いました(笑)。受診する前に自分で調べたときは、うつ病かなと見当をつけていました。
当時はまだ検索しても「適応障害」に関する記述はあんまり充実していなくて、体験談も少なくて。お医者さんに「それ何ですか?」と聞き返したのを覚えています。

自分が「甘え」や「怠惰」で仕事に行けないのではなく、客観的にみても「休んでいいよ」と言われる状態なんだということに安心したような感覚でした。
初めて思いを吐露した2時間
いい意味で第三者だからでしょうか。もしマネージャーさんに話すとしたら「やる気がない」と思われたくないと感じただろうし、乃木坂のみんなや友達だったら「一方的にネガティブな話はしたくない」「いい子でいたい」という思いが先にきてしまったと思います。
年齢の近いカウンセラーさんで、話しやすくて、私がどんな話をしても引かないだろうという安心感がありました。

自分がカウンセラーの仕事をし始めて、相性は影響が大きいと思いました。
「中元は違うな」と感じた方もいらっしゃるでしょうし、逆に、スクールカウンセラーに話をしたけどしっくりこなかったので来ました、という人もいらっしゃって。人に話を聞く技術ももちろんですが、相性やタイミングも大事なんですね。
芸能界にもメンタルサポートを
それは思います。私のように診断にたどりつけただけでも恵まれているのかなと感じます。
長い間、「よく分からないけど不調」とか「涙が出てきて止まりません」とか、原因があいまいな状態で活動している方もいるのかもしれません。
メディアに出ていると、アイドルだったら「いつも楽しそう」とか、かっこいい俳優さんだったら「強そう」とかイメージがついてしまうけれど、見えないところでしんどい思いをしている人もいるのだと思います。そこまで追い詰められて仕事をしてしまうのは心配です。
芸能人だけでなく、アスリートもそうですが、メンタルの問題に注目が集まるようになったのはいい傾向だと思います。
しんどいなと思ったら休んだり、誰かを頼ったりできる環境の整備をぜひやってほしいです。
「ひとりの女の子」として向き合う
10代ってまだまだ心がやわらかい時期で、同じできごとでも30歳と15歳では受け止め方が違うと思うんです。
当時言われたことや経験したことって、大人になってもずっと覚えている……そんな繊細な時期なんだと思います。
子どもにとっては、自分が組織で評価されなかった時、「自分が悪いんだ」「価値がないんだ」と思うしかないですよね。
アイドルの前に、ひとりの女の子として向き合ってあげる環境になるといいのかな。
まとっていたアイドルの「ひめたん」
現場を離れて、そういうことだったんだろうなと考えました。
「よいしょ」と仕事モードになったときは「ひめたん」でいた方が楽だったこともあります。
たとえば、パーソナルな質問をされたとき、素の私って面白いことが言えないし、何を言ったらいいかって迷っちゃうんです。

素の私はアイドルに向いていないので、「ひめたん」をまとっていたときの方がラクだったんです。
それがだんだん、家でも抜けきれなくなって。「素の自分」が分からなくなってきた……という感覚だったと思います。
「スイッチオフ」の時間があってもいい
カウンセリングをしていても、そうおっしゃる方がいます。
「おちゃらけキャラ」とされているけれど、空気を読んで振る舞うのがだんだんしんどくなってきたとか。「家族の前ではいい子でいたい」という子も。会社に入っても「こう見られたい」とかってありますよね。
外向きの顔があってもちろんいいと思います。でも、ずっと求められるままに応じていると疲れてしまいます。どこかでスイッチをオフにして、頑張らない時間があってもいいんじゃないかな。
回復したら「人を支える立場」になりたい
最初にカウンセリングを受けた時から、「なんて素敵な仕事なんだろう」って思いました。
病院でもらった薬をすでに服用していましたが、即効性のあるものではありません。
でも、カウンセリングは「1回話しただけでずいぶんスッキリしたぞ」とすごくびっくりした体験だったんです。

まずは自分が元気になるのが先だけれど、将来のキャリアを考えたとき、回復したら「人を支える」「誰かの力になる」立場になりたいなと思いました。
「誰かに頼る術」をどうやって得るのか
こういう理由で悩んでいる人がいるんだ、心ってこうやって回復していくんだと学ぶことで、「私もそうかもしれないな」「私はこの段階かもしれないな」と感じました。学びが回復と直結していました。
人間科学部で幅広く学んでいますが、いま研究しようとしているのが「過剰適応」と呼ばれる、いわゆる「いい子」な子どもたちのことです。
小さな頃に問題行動が出た子は、先生から注意されたり、理由を聞かれたりします。けれど、「いい子」は困っていると思われないので、自分の心情を話す機会がありません。
いつも「いい子」だった人が大人になって、「誰かに頼る術」をどうやって得ているのか。研究していきたいと思っています。
漠然としたネガティブな感情
カウンセラーの仕事でも感じるのは、モヤモヤやイライラといった漠然としたネガティブな感情を抱えていて、その原因が分からないという方が増えてきたなということです。
コロナで生活環境が変わり、ランチしたり小旅行したり、雑談したり飲み会をしたり……そんな気分転換がセーブされている状況ですし、おうちの中で行動できることって限られています。
もしひとりで自分を客観視するのが難しければ、カウンセラーでも、企業の産業医さんやスクールカウンセラーさんを頼ってもいいと思います。そうすればモヤモヤが大きくならずにすむのではないでしょうか。
カウンセラーの「仕事どう?」「楽しいよ」
「やりたいことが次に見つかるまでやろう」って思っていました。だから、見つからなくて長くいたとしても、どっちみちそこで「セカンドキャリアはどうしよう」って悩んでいた気がします。辞めてから分かったことですが、アイドルって本当にすごい仕事だなって思います。
「倒れてよかった」とは思っていませんが、自分の夢にたどりついて、日々楽しく仕事ができている。通った道への後悔は全くありません。

びっくりするぐらいスッと「楽しいよ」という言葉が出てきました。
無理に繕っている様子もなくて、心からそう思っているんだと感じました。客観視している私が「よかったな、これが言えるまでに回復したんだ」って安心しているような感じでした。
――自分を救ってくれたカウンセラーの仕事が、中元さんにとっても支えになっているんですね。
カウンセリングの時間は、「かっこいいところ」だけじゃない素の自分を見せられる、見せてもいいところです。そんな居場所を提供できていたらうれしいなと思っています。