連載
#12 #戦中戦後のドサクサ
社有車は「国産ハーレー」戦後の混乱期〝陸王〟との出会いと別れ
やがて市場から消えたバイクで起きた事件
東京・大森の金物問屋で働く主人公・コーヘイ。1952年、15歳のときに勤め始めました。5年ほど経った頃、他の社員とシェアしていた、仕事用のバイクが故障してしまいます。
修理を試みても直らず、コーヘイは困り果てます。しかししばらくすると、なぜか会社の先輩・サカイさんが、いかつい見た目の新車に乗っているではありませんか。
「社長がもらってきたんだよ」。売掛金の対価として、取引先から譲り受けたというのです。そのバイクは、当時「国産ハーレーダビッドソン」と呼ばれていた人気車種「陸王」でした。
故障したバイクは、エンジンが小さく、コーヘイが持っていた自動車免許で乗ることができました。しかし陸王の場合、運転には自動二輪の免許が必要です。取得に向けて、社屋近くの路上などで、こっそり練習を重ねます。
待ちに待った試験当日。コーヘイは、運転手役のサカイさんと陸王にまたがり、会場に向かいました。代車を借りるとお金がかかるので、実技テストのお供は、乗ってきた陸王です。
結果発表を待つ間、緊張が隠せません。試験官が貼り出した、合格者一覧を見ると……やりました! 彼の受験番号も書かれていました!
前もってサカイさんに陸王を預けていたため、帰り道は電車でしたが、足取りも軽やかです。コ-ヘイは一人、心の中で、喜びを爆発させるのでした。
「さあ! これで陸王に乗れる!」
社内で自動二輪免許を持っているのは、サカイさんとコーヘイの二人のみでした。仕事でもプライベートでも、バイクを乗り回す姿を見て、他の社員たちもうらやましそうです。
ある日、会社の敷地内で、コーヘイが陸王を運転していたときのことでした。エンジン音を響かせる彼を、遠巻きに見守っていた同僚たちが、突然騒ぎ出します。
「えっ!?」
「おいコーヘイ!! うしろ! うしろ!」
何と車両の後部で、めらめらと炎が燃えさかっていたのです。「うわー!!」。たまらず叫ぶコ―ヘイ。同僚たちも駆け寄り、地面の砂を必死でかけ、消火しようとします。
どうやら激しく曲がった際の勢いで、燃料タンクからこぼれたガソリンに引火してしまったようです。陸王は炎上、車体が真っ黒に……。これには、みんなガッカリです。
でもコーヘイはめげません。ひそかにバイクを修理に出し、ちゃっかり乗り続けたのです。後にゴーグルや革ジャンまで買いそろえ、プロライダー気分で仕事に打ち込みました。
バイクが小型化していく中で、やがて陸王は市場から姿を消します。この名機が一番輝いていた頃に、コーヘイは、楽しい青春時代を過ごしたのでした。
コーヘイのモデルとなった男性は、中学卒業と同時に、就職のため地元・千葉から上京しました。20歳の頃、陸王に乗り始め、昭和の混乱期を駆け抜けます。
男性本人から話を聞き取った岸田さんは、当時の交通法規の緩さに、何よりも驚きました。
「例えば免許取得にあたり、教習所での講習は義務づけられていませんでした。そのため男性は、人通りの少ない道路などで、運転の練習をしていたといいます」
「漫画では、試験場にバイクを持ち込む様子を描きました。現地で車両を借りると料金がかかるためで、これも当時はよくあったようです。今では考えられないことばかりですね」
岸田さんは運転免許を持っておらず、バイクに乗る楽しさを想像しつつ、男性の話に耳を傾けたといいます。陸王の大胆な扱い方を知り、びっくりするのもしばしばだったそうです。
そして読者に対しては、次のようにコメントしました。
「まだ道路が舗装されてない場所の多い時代のお話です。そこら中で砂ぼこりをあげながら疾走するバイクを、ご想像頂ければうれしく思います」
「また蛇足ですが、非常に大雑把な当時の交通ルールに影響されませんように……!」
※配信時「運転には大型二輪の免許が必要です」とあったのを「運転には自動二輪の免許が必要です」に修正しています。(2021年6月13日)
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