連載
#20 帰れない村
我が子のように育てた牛が…原発事故で殺処分になった乳牛、紙芝居に
昨年10月、福島市で避難生活を送る石井絹江さん(68)の「石井農園」で小さな収穫祭が開かれた。
ボランティアら約30人が集まり、栽培したエゴマを収穫した後、参加者には石井さんの故郷・旧津島村の郷土料理が振る舞われた。栗おこわにキノコ汁。エゴマを使った、食べれば十年長生きするといわれる「じゅうねんぼた餅」……。
会場では、紙芝居も披露された。
タイトルは「浪江ちち牛物語」。原発事故後に放置された乳牛が、酪農家によって安楽死させられていく物語だ。擬人化された牛たちが、原発事故や人間たちへの思いを語る。飼い主を信じ、慕い、やがて殺されていく牛たち。石井さんがかつて飼育していた牛がモデルになっている。
震災前は町職員だった。原発事故後、仮設住宅暮らしで酪農家の夫が体調を崩したため、体を動かして仕事ができるよう、2015年に避難先でエゴマ栽培を始めた。
その際、農業委員会の活動を通じて知ったのが、「浪江まち物語つたえ隊」の紙芝居だった。自らの経験を話し、紙芝居の作品に仕上げてもらった。
乳牛の出産時、牛の胎児は人間が胎内から引っ張り出さなければいけない。何時間も掛けて必死に取り上げ、夫が我が子のようにして育てた牛たちは、原発事故で多くが殺処分になった。
震災後、夫が話してくれた。「殺処分のトラックに乗せられる時、牛がとても悲しそうな目をするんだよ。わかるんだろうな、牛たちもきっと」
そんな記憶と重なったのか、紙芝居の殺処分のシーンでは、声が潤んだ。
「悲しくて、切なくて、耐えがたい思いでした。でも、紙芝居を読むことで、当時の気持ちを多くの人に知っていただければと思っています」
三浦英之 2000年、朝日新聞に入社。南三陸駐在、アフリカ特派員などを経て、現在、南相馬支局員。『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞、『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(布施祐仁氏との共著)で第18回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で第25回小学館ノンフィクション大賞を受賞。最新刊に新聞配達をしながら福島の帰還困難区域の現状を追った『白い土地 福島「帰還困難区域」とその周辺』。
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