『暗闇フィットネス』のパイオニアであるFEELCYCLE。一般的なジムでは来店率が3割ほどに留まる中、同サービスでは8割以上が月に1〜2回は利用するそう。コアなファンは課金してまで毎日、何本ものレッスンを受講しています。
運営元を取材すると、一見「ムダ」に思える採算が合わない事業や大規模イベントなどが「引っかかり」となり、ファンを作っていることがわかります。後編は、サービスが人を夢中にさせる仕組みを追いました。(朝日新聞・朽木誠一郎)
【前編】運動させようとしない「気づけば減量」、暗闇フィットネスの魔術 くじけた時、背中を押すノーベル賞理論
「トキ消費」を2010年代前半に先取り
レッスン自体の強度は高いものの、それを音楽とインストラクターの魅力やサポートにより習慣化しているFEELCYCLEは、ノーベル賞の理論でもある「ナッジ」的で、人が「自然と健康になる」サービスだと言えます。
同時に、ビジネスモデルとしてもユニークです。初心者層を取り込めるということは、それだけ市場が大きくなるということ。アクティブな会員には他店利用チケットやレッスンの受講枠が増えるマンスリーチケット、アパレルなど別のキャッシュポイントも用意されています。一歩、引いてFEELCYCLEのシステムを眺めると、非常によくできていると感心してしまいます。
さらに、インストラクターを中心としたファンダム(熱狂的なファンによる世界や文化)も同サービスの特徴です。InstagramなどのSNSにはしばしば「推し」のインストラクターへの熱い想いが書き込まれ、リピート率を高めているだけでなく、推しとおそろいのアパレルを購入したり、推しに会いに他店舗まで「遠征」したりと、利用者の原動力にもなっています。
マーケティング業界において「モノ(消費)からコト(消費)へ」という言葉は、もはや聞き飽きるほどに繰り返されています。近年はさらに発展して「トキ消費」という概念も登場。その時・その場でしか味わえない時間を共有する消費行動のことですが、FEELCYCLEはまさにこの「トキ消費」と呼べる体験を2012年から提供しているのです。
「ファン目線」に時代がついてきた

橋本さんによれば、「狙ってできたことでは決してない」のだそうです。橋本さんがFEELCYCLEを立ち上げたのは、アメリカで暗闇バイクフィットネスに出会ったことがきっかけでした。
「もともとは自分が35歳の頃、アメリカで利用者として体験し『これはおもしろい』とハマったんです。『人生を賭けて世の中に広めたいものに出会えた』という衝撃を、今も覚えています。それ以来、『自分が利用者だったらどんなサービスがうれしいか』を軸にサービスを作ってきました」
「ある意味では徹底して自分がファン、顧客目線だったと言えるかも知れません」と橋本さん。ただしそれも「優秀なスタッフたちに助けられて、ようやく形になっている」「少なくとも近年のマーケティングの流れは、あくまで結果的に、後からついてきたもの」だそうです。
豪華なイベントやコラボ、採算は…
収益の柱は「月会費」。各スタジオや梅田茶屋町にあるセレクトショップ「DIFFERENTLY」で展開されるアパレル事業や、青山一丁目で経営するオーガニックデリ「FEEL&FOODS」など飲食事業にも取り組んでいますが「品質にこだわり、原価率が高いため、収益のための事業ではない」(橋本さん)。テイラー・スウィフトやロックバンドのGREEN DAYなど、有名海外アーティストとの豪華なコラボ、毎年夏に開催される1万人規模のバイクフェス『LUSTER』なども同サービスの特徴であるものの、「いずれも収益目的ではない」と橋本さんは言います。
「儲かる儲からないを考えずに、先走ってやってしまうところがあって(苦笑)。正直なところ、純粋に『お客様が喜んでくれることをする』という、それだけなんです。僕たちは『 LET YOUR LIFE BE MORE BRILLIANT.』という理念を掲げています。サービスを通してお客様の人生がより輝くことが目標です。スタジオに自分の体型や感性と合うアパレルが売っていたらうれしいし、よい音楽と出会えたらうれしい。大規模なイベントがあったら楽しい。そうやってさまざまな提案をさせていただいています」
もちろん、「ビジネスである以上、健全な利益を適正な範囲で生み出さないといけない」(橋本さん)。ベンチャーバンクグループという母体があるからこそ「利益追求ではない」と言い切れる側面はあるものの、事業者によっては「ムダ」と切り捨てられてしまうこのような要素がブランドを形成し、顧客体験を向上させるというのも近年、よく言われるようになったことです。橋本さんは自由なファン目線を保つことで、ファンの心を揺さぶり続けているとも言えます。
「人ありき」のビジネスの課題は?
一方で、高強度かつクリエイティブなレッスンは利用者だけでなく、インストラクターにとっても大きな負担であるはずです。人気インストラクターが突然の退職をするケースも見られます。
「個性が豊かで、パフォーマー・アーティスト気質のインストラクターも多いので、もちろん運営の方針に不満がある人もいるでしょう。家庭の事情で辞めていくインストラクターもいます。でも、労働環境が過酷とされるフィットネス業界の中にあっては、働く人の待遇をできるだけよくしてきたと思っています。自分自身が大ファンである、同じFEELCYCLEというサービスに共鳴して入ってきてくれた社員ですから、本当に家族みたいなものなんですよ」
インストラクターがアイドル化する構造にあって、例えば利用者から出身地や年齢などの個人情報を尋ねられても答えられないなど、細かな「規則」もあります。これもストーカー被害などから社員を守るための重要な施策です。多くの利用者もそれを理解した上で、暗黙の了解の上で会話を楽しむなど、独特の文化ができています。
単なる「インストラクター」ではなく、パフォーマーとしてスポットライトを浴びられる場所であることは、インストラクターにとってもFEELCYCLEで働く理由になっています。一方、このように「人ありき」のビジネスモデルであることは、サービスを運営する上で予測のつかない変数を抱えることでもあります。
待遇に納得感はあるか。体力の限界を迎えたときに選択肢は用意されているか。パフォーマーでありスタッフであることで必然的に増える仕事量をいかに適正化するか。このようなサービスにおいては、現場との間に生まれかねない距離をいかに埋めるかが課題となりそうです。
「フィットネス人口そのものを増やす」思想
一方で、会員数やスタジオの出店数については「目標は特にない」と橋本さん。もともと、立ち上げ期は「暗闇バイクエクササイズ」という概念が伝わりにくく、苦戦もあったそうです。そこからテレビや雑誌など、映像や写真で露出が始まると、1年ほどで好調に転じ、2019年度はややゆるやかになりつつも、右肩上がりでの成長が続いていたと言います。
ターゲットは運動経験や習慣がなく、ジムに通うことにハードルを感じているような人。つまり、フィットネス人口そのものを増やすこと自体がサービスの狙いです。そのため「明確な目標は想像しにくい」とし、「無理に増やそうとは思っていないのですが、どの都道府県にもスタジオがあるようにはしたいので、100店舗くらいなのかな、とは感じています」(橋本さん)。
「儲けたいだけだったら、正直、やりようはいくらでもあるんですよ。でも、それをしたいわけではない。考えているのは、ビジネスとの折り合いをつけながら、このサービス、僕たちの思想を広め、好きになってくれる人を増やし続けたい、ということだけですね」
そんな中、フィットネス業界に激震が走ったのが新型コロナウイルスの感染拡大でした。営業は約1カ月半休止になり、休止期間中の会費は払い戻しに。「当然、ビジネス的には大きな打撃です」と明かしますが、休会・退会も一定数あったものの「驚くほど多くのお客様が、営業を休止しても、変わらず残ってくれた」とのこと。
今後は、専用バイク・専用タブレットを使用したオンラインレッスンをおこなう新サービス「FEEL ANYWHERE」を提供予定です。「リアルのつながり」を大きな強みとしてきた同サービスは、コロナ禍でその在り方を問われました。今後、構築していくという「リアルとオンラインの融合」をいかに実現できるか、フィットネス業界にとっても試金石となるでしょう。
「営業再開後に復会してくださったお客様も多く、あらためてお客様に支えられていることを実感しました。このことをしっかり胸に刻み、よりお客様に今後も楽しんでいただける体験を提供できるよう日々、現場感を忘れずに業務に邁進していきます」
「夢中」を生み出す仕組みと「ムダ」
FEELCYCLEにおいて特筆すべきは、結果的に健康になれるサービスを提供し、そこにファンダムを形成し、「夢中」を生み出しているところです。そしてこの「夢中」という視点で見ると、アパレルや飲食といった橋本さん自身も認めるアンバランスな事業にも意味がついてきます。
採算度外視の事業による経営上の「ムダ」。しかし、大規模なイベントや豪華な海外アーティストコラボは利用者に対して「引っかかり」を作ります。完成されていないからこその「推しがい」があると考えてみると、ファンはインストラクターだけでなく、FEELCYCLEというサービス自体を推していると言えるかもしれません。
このような空気感が醸成されれば、同社のサービス運営への不満すら、ファンを結束させる要素にもなり得るでしょう。
よくできた仕組みも、ところどころアンバランスなポイントも、由来しているのは橋本さんの「自由なファン目線」。長きに渡りサービスが成長していることも踏まえると、この「自由なファン目線」により利用者の心を揺さぶり続けることが、熱狂を生み出すポイントであると言えそうです。