連載
#6 with音ニュース
「としまえんに育ててもらった」来場者の惜別 with音ニュース
「さみしくてどうしようもない」
8月31日に94年の歴史に幕を閉じる遊園地「としまえん」。閉園約10日前の20日、同園を訪れたのは徒歩圏内の自宅から通い詰めた人や、10年ぶりに幼なじみと訪れた20歳の二人組――。それぞれが抱く「としまえん愛」を、回転木馬「カルーセルエルドラド」や、人気のローラーコースター「サイクロン」の周辺で聞きました。
ワルツの明るい音色の中、「ギッギッ」「ギギッ」と木のきしむ音が味わい深く、「機械遺産」にも認定された回転木馬「カルーセルエルドラド」。
回転中の2分間は、馬や豚の乗り物や、天使の姿が美しい装飾をカメラで撮影する人や、はしゃぐ子どもの様子をビデオカメラで撮影する人も……。まるで映画のワンシーンに入り込んだかのような気持ちにさせられます。
そんなエルドラドの前で、写真を撮っていたのは羽矢みずきさんです。
「さみしくてどうしようもない」と話す羽矢さんの実家は、としまえんのすぐ近く。幼稚園の遠足も、中学校の写生大会も、成人式も、としまえんでした。
「小学生の頃、エルドラドがとしまえんにやってきました。『立派な乗り物が来た』と感動したことを覚えています」
としまえんでは以前、週末に花火を打ち上げていました。そのときには祖父母と夕涼みがてら園内まで来たことも。「暗闇にエルドラドの照明が浮かび、昼間とは違って不思議な世界で異空間でした」と、その時の光景がいまでも浮かびます。「異空間で遊んで、10分歩いたら家に戻る。まさに夢の国でした」
そんな羽矢さんは「としまえんに育ててもらった」と感謝すると同時に、閉園後、跡地にオープンする新施設について「これからも広い層の子どもたちに夢を与える場所であってほしい」と願っています。
自宅から歩いて10分程度で来られるという吉岡辰也さん(37)は妻と2人で訪れました。
2人は結婚前からデートでもとしまえんを訪れていましたが、乗り物には乗らず、入園チケットだけ買って園内を散歩することも多かったそう。「人が多すぎず、落ち着いているので、公園感覚で遊びに来ることができていた」といいます。「上京してからこの近くに10年近く住んでいるので、なくなるのはさみしい」
この日は「機械遺産に乗っておきたい」と来園後すぐエルドラドに並びました。閉園までにもう一度くらい訪れたいといいます。
ローラーコースター「サイクロン」は、回転こそないものの、約2分間で園内を駆け抜けます。運転中は、サイクロン乗車中の人の悲鳴はもちろん、コースター沿線でとしまえんを楽しむ人たちのにぎやかな声も聞こえてきます。
小学生の子ども2人と夫の親子4人で訪れた板橋区の金野智子さんはこの日、サイクロンの乗り場に、乗り物開始時刻の1時間前から並びました。
「毎年来ていますが、これまではプールがメイン。でも、プールの後だと疲れて乗り物には並べなかった」と話します。しかし閉園を前に、「最後に」と開園と同時にサイクロンに並びました。
「自分が子どもの頃も、家族と来ていました。その場所に今度は自分の子どもと来られてうれしい」と話します。
閉園については、「ありがとうっていうのと、やっぱり寂しいの一言ですね」
幼なじみという2人組の女性は、閉園の知らせを受けて10年ぶりにとしまえんを訪れました。幼い頃はお互いの母親と4人で訪れたとしまえんでしたが、成長した2人は親の手を離れて二人きりで再訪しました。
門眞優芽さん(20)は、「なんとなく道も覚えていたし、変わらないです」と、変わらぬ風景に懐かしさを覚えたといいます。國時千幸さん(20)は「青春が詰まっているので寂しい。悔いのないように、今日は全部乗ってやろうと思います」。
東京出身ではない私は、実は、としまえんを訪れたのは今回が初めてでした。
話を聞く人すべてが、としまえんとの思い出を語ってくれた今回の取材は「場所への愛」を感じるものでした。それは、自分の人生の中に、長く連れ添ってくれた「場」が、実家以外にある感覚なのではないかと想像しました。
園内で過ごした時間は約3時間。気取らず、肩肘張らずに身を置ける安心感のある場所だと感じつつ、そういえば私が幼い頃に通った「横浜ドリームランド」(横浜市戸塚区、2002年閉園)もこんな安心感があったなと思い出しました。
自分の幼少期の体験ともリンクした今回の取材。帰り際、エルドラド前を通り過ぎるとき、聞こえてくるメロディーに目が潤む自分がいました。
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