連載
#4 凸凹夫婦のハッタツ日記
「掃除をしたことがない」夫を変えた、「片付け好き」ASD妻の工夫
「昨日の自分よりもできるようにする」ための努力に無駄なんてない。
こだわりが強いASD(自閉スペクトラム症)で視覚優位の妻。抜けもれが激しいADHD(注意欠如・多動症)で聴覚優位の夫。西出弥加(さやか)さん(31)・光(ひかる)さん(25)夫妻は共に発達障害です。まるで「妻が先生、夫が生徒」のような関係で、凸凹を補っているという2人。今は離れて暮らしていますが、同居していたとき大きくズレていたことの一つは”掃除”でした。妻・弥加さんの視点でつづります。
私は掃除が好きだ。このきれい好きな特徴は、視覚優位な点が作用している。
私は似た境遇の人とつながるため、そして自分の性質を公表するために28歳で発達の検査を受けた。それまでは関わる人たちと価値観が合わず、心の底から笑ったり泣いたりできることがすごく少なかった。それは例えるなら24時間舞台の上から降りられず、演技し続けているような感覚。似た人とつながることができたら無理せず自然体でいられるし、楽しいだろうと思っていた。それに互いにライフハックを共有できたら生きやすくなるだろうとも考えた。
検査の結果、ASDであることが判明し、視覚優位であることもわかった。色や形の変化を少しも見逃さない特徴があるらしい。心理士に「あなたは同じリンゴを見ているのに、今日見るのと明日見るのとでは、全く違うリンゴを見ていると捉える」と言われた。
確かに、水回りなどは少しの汚れでも気づくし、せっけん置きが何ミリかズレただけでも気になってしまう。
そんな私が「部屋の掃除をしたことがない」人と結婚をした。旦那が一人暮らしをしていたときは、家にキノコが生えていたそうだ。
片付けが好きな理由はもう一つある。部屋が片付いていないと、物が壊れたり朽ちてしまったりするからだ。例えば書類や服の下敷きになっている物を踏んでしまって壊したとか、なくなったと思って買い足してしまい無駄にしたりとか。それがすごく嫌だった。
私は物を極端に愛している。しゃべれなかった幼少期の私を救ってくれたのは「物」だったから。「なぜこの子しゃべらないの?」と大人たちは言った。でも「物」は何も言わず、私がしゃべるまでずっと待っていてくれた。「物」は次第に私の心のよりどころとなっていった。
そんな自分が旦那と暮らして、「クッ....!コイツ…ww物を大事にしないな?!?!ww」と思った。しかし、それは違ったらしい。大事にしないのではなく、何かが「できない」らしいことに気づいた。
物が雑に扱われていることが、最初はストレスだった。私の極端な物への愛着のせいで寝込んでしまった日もある。子どもに壊されるのは理解できる。成人男性に壊されるのがどうも理解できず苦しかった。
旦那は掃除をしたことがないらしい。物は大事にしないが、私のことは大事にしてくれていて、一緒になってからは掃除をする努力をし始めてくれた。旦那が「掃除しておいたよ」とよく言ってくれるようになった。
だが、そう言ったあとでもゴミが大量に落ちていたり、シンクにも洗い残しがあったりした。旦那は努力して善意で掃除をしてくれているので、最初は何も言えなかった。「めんどくせえな、お前が洗え!」とでも言ってくれたら、「あんたこそ洗え!」と怒れるけど、笑顔で終わったよと報告されたら、やっぱり自分が片付けるしかない。
本気でこの洗い残しに気づいてないのだろうか…? もろシンクに鍋と箸があるではないか...。
聞いてみたところ、本気で気づいていないらしい。
私は、発達障害を疑い、旦那に病院の受診を勧めた。診断の結果はADHD。視覚的なことが優れていなくて聴覚優位だった。
聴覚が優れているので、人の話を1聞いたら100わかる部分があるし、何をどう言えばいいのかわかるから、人を怒らせることもない。ものすごい才能の持ち主なのだが、目を使うようなこと、例えば「掃除」は極端にできない。
私はとりあえず、掃除に関するメモを簡潔に書き、壁に貼った。そして旦那にもたくさん書いてもらった。例えば「食器洗っておいて」ではなく「シンクの中、何もない状態にしてね」というメモを残したりした。聴覚優位だといわれても、毎回毎回、私が口に出して言っていたら、しつこいお小言になってしまうし、それは嫌だった。
メモを一度書いたから忘れないというわけではなく、何度も何度も書くことで少しずつ変わった。
結婚するまで、旦那は私にサポートされるばかりで、まるで親子の関係だった。私にとってはそれでもよかったが、旦那と比べたら自分の方が気がついて先回りしてやってしまう状態だから、これは一緒にいると旦那をダメにするかもしれないと思った。
よく周囲からは「妻が親代わりをするなら離婚しろ」と言われたが、私は離婚したくなかった。旦那に精神面で助けてもらうことが多かったからだ。私はプライベートで関係を構築することが苦手で、できるなら1人にしてほしいと思うタイプだ。そんな私を認めてくれたのは旦那だった。疑いもしないし否定もしなかった。君のありのままでいいとも言わず、何も言及せずに自然に受け入れてくれた。旦那には感謝しているので、私は旦那を直接的に育てることをやめた。
家事や掃除のメモもたくさん書いたが、まずここから旦那にしてもらったことは、放置したら滞納通知がくるであろう「光熱費の支払い伝票」をドアに貼ることだ。「期限付き」のものをドアに貼ったり、メモをしたりして、何としてでも忘れないようにした。
今、旦那が住んでいる部屋には窓が一つしかない。私と別々に暮らす際に、あえてそのような部屋を選んだ。できるだけやるべきことをそぐためだ。一つしかないので、外出するときに施錠確認も少なくて済む。
そして、別々に住んでからは、今まで2人で頑張ってきたことを軸にして本人が掃除していくようになった。最終的には玄関先や共用廊下の掃除までするようになり、うれしいことに、旦那がいつも掃除している姿を見て、同じマンションの住民も一緒に掃除してくれるようになった。
徐々に旦那のできることが増えている。無理をしているわけでもなく、自分が変わっていくのも楽しく、過ごしやすいようで、その姿を見ると私もすごくうれしい。
西出弥加(にしで・さやか)
1988年生まれ。「自閉スペクトラム症(ASD)」の当事者。2019年に「注意欠如・多動症(ADHD)」不注意優勢型の光と結婚。会社組織に所属するのは苦手で、フリーランスのグラフィックデザイナー・画家として文具などを作成している。描く絵は動物が多い。寝る時間が定まらないのが悩み。
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