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連載

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#1 凸凹夫婦のハッタツ日記

「10日で仕事を辞める」ADHD夫 自分らしい仕事と出会うまで

とにかく何度も、妻と話し合った。

ADHDの西出光さん=西出夫妻提供
ADHDの西出光さん=西出夫妻提供

目次

物忘れが激しいADHD(注意欠如・多動症)の夫。こだわりが強いASD(自閉スペクトラム症)の妻。西出光(ひかる)さん(25)・弥加(さやか)さん(32)夫妻は共に発達障害です。職を転々としてきた光さんは、弥加さんと出会ったことで特性を理解し、自分に合う仕事を見つけることができました。まるで「妻が先生、夫が生徒」のような関係です。「10日で仕事を辞める夫」について、夫の視点でつづります。

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給与も福利厚生も恵まれていた

僕は25歳にして15近くの職場で働いてきたが、すべて辞めてしまった。

大学卒業後に入社した会社は3ヶ月で休職し、そのまま退社した。その後は事務職、コールセンター、カフェ、ゲームセンターなど様々な業種に挑戦してきた。どれも平均10日ほどしか続かなかった。クビになったことは一度もない。

人が仕事を辞める理由は大きく「仕事内容」「金銭面」「人間関係」に分かれ、具体的には「やりがい・達成感を感じない」「給与が低かった」「企業の将来性に疑問を感じた」「人間関係が悪かった」が上位であるという(2019エンジャパン「1万人が回答!「退職のきっかけ」実態調査―『エン転職』ユーザーアンケート―」)。

しかし、僕はこれらが原因ではなかった。新卒で入った会社は、周囲に助けられ成績が良く、達成感も感じていて給料に不満はない。福利厚生や環境も充実していて人間関係は良好、「ちゃん」付けで呼ばれていた。勤めていたほかの会社も、いい環境だと感じた。

こんなに恵まれているのに、僕はどの会社も耐えられなくなって辞めてしまった。

ADHDの光さん=西出夫妻提供
ADHDの光さん=西出夫妻提供

教育担当が代わってうつ病に

新卒で入社した会社で営業の部署に配属された。教育担当の先輩は「質問した場合だけ答えてくれる」というスタンスだった。そして6月には新入社員の中でトップの営業成績を残し、順調なスタートを切ることができた。

それから2週間後に業務内容が事務職に変更になり、教育担当も代わった。その3日後、僕は休職してそのまま退職してしまった。

このとき僕には、自分が休んでしまう原因が分からなかったが、病院で診察を受けたら、不安障害とうつ病という診断。教育担当の2人は非常に熱心な方だったが、一方は基本的に見守るスタイルで、一方はたくさん話しかけて自分の方法を細かに教えるタイプだった。当時の僕は後者の方法が合わず、耐えられなくなったのだと思う。

会社を退職した後、次々と転職をしたが、どれも長くは続かなかった。夜勤にしてみたり職種を変えてみたり、たくさん挑戦した。それでも10日ほどすると不安障害のようになった。布団から出られず、体も動かない。そのまま辞めてしまうことが続いた。今思えば発達障害からくる二次障害だったのかもしれない。

薬を飲んでも変わらず、解決にはつながらなかった。順調に勤務しているのに、10日後にパタリとできなくなる自分は何なのだろう? 結婚後は奥さんに迷惑をかける日々が続いた。

光さん(右)と妻の弥加さん=西出夫妻提供
光さん(右)と妻の弥加さん=西出夫妻提供

奥さんにのしかかった負担

仕事が続かない僕に、奥さんは「主夫になるのはどうか」と提案してくれた。奥さんは、フリーランスのグラフィックデザイナーだ。僕が家事をすることで、奥さんは自分の仕事に専念できる。僕は主夫になることを決めた。

しかし、家のことを何一つまともにできなかった。不注意や抜けがあまりに多く、スーパーで買い忘れがあったり、洗濯が終わったのに気づかず放置したり、封筒をポストに出し忘れたりすることが毎日何十回と続いた。

その結果、奥さんは何倍もの家事をすることになり、疲弊して倒れた。僕は主夫になるのは断念した。

次に奥さんの手伝いをすることにした。奥さんは、営業や書類作成など全て1人でしている。僕が手伝えれば奥さんがもっと楽になる。

しかし、僕はメールや簡単な書類作成すらできなかった。誤字脱字が多く、メールを送ること自体忘れてしまう。僕が書類を作って、奥さんが何度も訂正。お客様にも訂正させてしまい、奥さんが謝っていた。奥さんが「メール送った?」などリマインドをし続けて僕のマネージャーと化し、結局負担が増えてしまった。

結婚したころ、妻・弥加さんから光さんに贈ったイラスト=西出夫妻提供
結婚したころ、妻・弥加さんから光さんに贈ったイラスト=西出夫妻提供

自然体で働ける環境とは

僕は普通に勤務することも難しいし、主夫やフリーランスのような働き方も難しかった。

とにかく何度も奥さんと話し合った。その過程で、過去に2年ほど続いた仕事があったのを思い出した。学生時代に働いていたリラクゼーションサロンである。

他の仕事との最大の違いは「一対一で人と関われて、周りに第三者がいないこと」であった。レジや受付、施術に至るまで自分1人で行っており、この環境なら自然体で仕事をすることができていた。

マッサージは未経験だが、指名された数は一番多かった。つまりマッサージがうまいからというより、一対一の接客がうまかったのだと思う。それから僕らは、このリラクゼーションサロンに似た環境で働ける場所を探し続けた。

特性を隠さず話す

何回も仕事を辞めている僕を見かね、奥さんはある決断をした。暮らしていた東京から300キロ離れた名古屋で、奥さんの伯母と僕を同居させ、一緒に働かせるという作戦だった。その叔母は、昔は何回も仕事を辞めていて、僕と似たところがあるという。

おばさんはヘルパーをしている。相手の肩書きも年齢も全く気にしない人で、フランクに接してくれた。僕は奥さんの伯母と働くことを決意し、学校に通ってヘルパーの資格を取った。奥さんはいったん一緒に暮らしていたが、今は東京に戻り別々の生活をしている。

ヘルパーの資格を取るための勉強=西出夫妻提供
ヘルパーの資格を取るための勉強=西出夫妻提供

今、僕は訪問介護の事業所にいる。ヘルパーは利用者さんと一対一になることが多い仕事なので、僕の性質にかなり合っている。人と会話をすることは苦ではなく、自然体で取り組むことができている。

「1人で業務を行える環境」を維持できるように配慮してもらうため、職場には自身の特性を隠さず話すことにしている。以前は意見を言わず合わせることばかりに必死だったが、我慢し続けていきなり退職してしまうより、こちらの要望も話し、続ける方が余程お互いにとっていいかもしれない。

10日で仕事を辞めてきた僕が、今は7ヶ月続けられている。

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西出 光(にしで・ひかる)

1995年生まれ。発達障害の一つ「注意欠如・多動症(ADHD)」の不注意優勢型と診断される。2019年に「自閉スペクトラム症(ASD)」のグラフィックデザイナー・弥加(さやか)と結婚。当初は家事が極端にできず、仕事も立て続けに辞めていたが、妻の協力の末、現在はホームヘルパーとして勤務。名古屋と東京で遠距離夫婦生活を続けている。当事者の視点から、結婚生活においての苦悩や工夫、成功について伝えていきたい。
Twitter:https://twitter.com/Thera_kun

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