ベンチャー企業で激務を経験し、2015年には体重が115kgまで増加してしまった記者。転職などで環境が変化した5年後の2019年、合計40kgのダイエットに成功しました。カギとなったのは「忙しくてジムに行けない日」の乗り切り方を見つけたことでした。
自宅でできる筋トレとその方法。また、忙しい時期でも自分の予定にダイエットを組み込むテクニック。医学的な取材をもとに自分の経験を振り返ります。(朝日新聞デジタル編集部・朽木誠一郎)
ダイエット中、頭が痛かったのが、「ジムの営業終了時間に間に合わない」という問題でした。仕事が終わって急いで家に帰っても、例えば「20分しか運動できない」といった事態に陥りがちです。20分しかできないならもういいか……と、諦めることが増えていました。そんな記者が試行錯誤の末、辿り着いたのが、冒頭の結論です。
忙しくてもどうにか運動を継続する方法はないか――。一方、世間は筋トレブーム。そして、このブームを牽引するのがNHK『みんなで筋肉体操』です。考えてみれば、筋肉体操で紹介するのはジムに行かなくてもできる自重トレーニング。ということで、同番組で監修・指導をする近畿大学生物理工学部准教授・谷本道哉先生を取材しました。
谷本先生は見事な肉体でありながら、トレーニング時間はなんと1回20分とのこと。その分、週4〜5回はトレーニングをしているそうですが、それでも一般的なトレーニングよりも短い印象。「筋トレは時間効率も上げることができます」と言う谷本先生は、「ただし、めちゃくちゃ追い込みます」と続けます。
「20分のトレーニングが終わった後は、ベンチに座ってうつむいて、『あしたのジョー』の最終回、真っ白な灰になった矢吹丈くらいまで燃え尽きていますね。筋トレで筋肉を大きくしたいのであれば、オールアウト(これ以上の動作ができない状態)までやってみてください。オールアウトしたときに、筋肉への刺激が最大化されます」
「『みんなで筋肉体操』のように、回数やスピードを工夫することで、このオールアウトの状態になることができます」と谷本先生。軽い負荷なら回数を多くしたり、スピードを速めたりして、オールアウトまで挑戦してみましょう。
しかし、自重のみのトレーニングで効果は十分なのでしょうか。そういぶかしがる記者には「筋肉に適切な刺激を入れることが目的であれば、ジムに行かなくても達成できます」とキッパリ。
「ジムでバーベルを使う筋トレの方法は確かに優れています。でも、自重でもやり方次第で、十分に強い刺激を加えられ、負荷の調整もできます。腕立て伏せなら、狭めの手幅で体を真っ直ぐにして胸が床につくまで下ろす。これを反動を使わずに丁寧におこなえば、10〜20回でも相当にきついです」
腕立て伏せは、深く下ろしたときほど筋肉にかかる力が強くなるもの。また、深く下ろして筋肉が伸ばされるほど筋損傷が強く起こり、上下動が大きく力学的仕事量も増えます。刺激が強くなれば、筋肉がより強く大きくなる、というメカニズムです。
「胸がつかない腕立て伏せは『腕立て伏せかけ』。浅いスクワットは『浅はかなスクワット』。みんな回数を多くしたくて、ごまかしたラクなやり方をしてしまう。やっているつもりで全然できていないということが起きます。質の低い100回よりも質の高い10回の方がずっと効率よく筋肉をつけられるんですよ」
ということで、帰宅が遅くなったときは自宅で短時間、自重トレーニングをすることに。ただし、筋トレのダイエット効果は筋肉量の増加により基礎代謝量を増加させるという長期的なもの。並行してダイエットの第一歩である食事の改善、余力があれば1回の消費エネルギーの多いジョギングなどの有酸素運動もおこないます。
ちなみに「平均すると3カ月程度の筋トレで100kcalほどの基礎代謝量の増加になることが複数の研究からわかっている」と谷本先生。実はこれ、95kg時点の記者が通常の速度(70m/分)でウォーキングした場合の、20分の消費エネルギーとほぼ同じです。
1日「ただ生きている」だけで1駅分のウォーキングと同じエネルギーを消費できるというのは非常に魅力的ですよね。このように、筋トレにより筋肉量が増えると、「やせやすく」「太りにくく」なるのです。一方で、注意点もあります。「最初は張り切りすぎないようにしてください」(谷本先生)。
筋トレに慣れていない人がいきなり強度を上げると、激しい筋肉痛に悩まされてしまうためです。逆に「徐々に慣らしていけば筋肉痛はさほど起こらなくなります」とのこと。初めの1週間はフォームを覚えるくらいで、翌週からはしっかりオールアウト、というのが望ましいそうです。
では、具体的にはどんな筋トレをすればいいのでしょうか。谷本先生は「あえて順位をつけるなら、生活機能に直結する体重を支える下半身の筋肉が一番」「見た目を重視するなら上半身」とします。
「下半身の主なターゲットは大腿四頭筋や大殿筋。上半身は大胸筋や腹直筋、広背筋です。やろうと思ったらその場ですぐにできる自重トレーニングでは、下半身ならスクワット、上半身なら腕立て伏せや腹筋・背筋をすることで、これらの筋肉を鍛えることができます」
医療者が治療の際に参照する『肥満症診療ガイドライン 2016』およびその解説をする医学雑誌にも、主要な筋肉から鍛えることの重要性が示されています。「何から始めたらいいのかわからない」という方は、まずは筋肉体操を参考に、スクワット、腕立て伏せ、腹筋・背筋をしてみましょう。
ガイドライン上は筋トレを、週2〜3回、1セット8〜12回、1日2〜4セットおこなうことが推奨されます。なお、バーベルなどを使った場合の重さは1-RM(1回しか上げられない最大の重さ)の60〜70%で、徐々に増やしていくという条件です。自重の場合は自分の調子を見ながら、谷本先生にならい、オールアウトを目標に負荷を調節してみてください。
しかし、これは「忙しくてジムに行けない」ことの根本的な解決にはなりません。根本的な解決とは、すなわち「忙しい生活の中でダイエットの優先順位を上げる」ことです。
社会人であれば、どうしても仕事、あるいは人によってはプライベートの予定が優先され、なかなか「ダイエット」を最上位に持ってくることはできないでしょう。その結果、他のやるべきことが差し込みで入ってきてしまい、ダイエットに手を付けられなくなる、ということが起きてしまいます。
ダイエットが失敗するときには、こうした優先順位の問題が発生していることが多いのではないでしょうか。そこで記者が実践していたのが、ダイエットをタスク化し、優先順位を仕事と同等か、それが無理でも仕事に準じたところにすること。「体調管理も仕事のうち」と言われることがありますが、まさにその状態を自ら作る、ということです。
具体的には、仕事の日程を管理しているツール(Googleカレンダー)に、「取材」や「会議」と同等のタスクとして、「運動」を記入、他の予定をブロックしました。例えばある日は11〜12時が取材で、14〜17時が執筆、18〜19時で会議、21時〜会食の予定だとします。その場合は9〜10時に運動をタスクとして、予定表に入れてしまいます。
こうすると、それまでは「他のことをするより寝ていたいから9時に起きればいいや」と思っていたものが、「9時〜の予定があるから8時に起きようとなります。あるいは、21時〜の予定が何も入っていないとき、なんだかんだ仕事が増えたり、終わらなかったりで、21時になってもダラダラと仕事をしてしまったりすることがあるのではないでしょうか。
しかし、21時〜の運動をタスク化し、優先順位を仕事と同等にしておけば、運動を後回しにする理由はなりませんよね。むしろ、仕事を後回しにするか、あるいは、そうならないように「仕事の効率を上げよう」という発想になるはず。まさにこれは、カレンダーとタスク化による進行管理、プロジェクトマネジメントの一環です。
プロジェクトマネジメントでまさによく言われることですが、プロジェクトは往々にして、予定どおりには進行しません。そのためには、タスク化することで全体を見える化し、週単位・月単位で変更をクッションできる余地を生み出しておくことが必要です。
実際、差し込みで避けられない予定が入ることはありましたが、その日に無理に運動をしようとせず、他の日の空いているところに運動を増やす、という方針にすることで、中期的に均すと必要な運動量を確保することができました。ハプニングがあっても軌道修正ができるようになることこそが、ダイエットをやりきるために必要な能力と言えます。