ベンチャー企業で激務を経験し、2015年には体重が115kgまで増加してしまった記者。転職などで環境が変化した5年後の2019年、合計40kgのダイエットに成功しました。様々なハードルがあった中でも、苦しかったのは肥満症治療の基本である「食事制限」、特にカロリー制限です。
理論としては正しいとわかっているのに……どうしても「飽きる」。肥満症治療におけるスタンダードな食事制限の考え方と課題、それをどうやって乗り越えたのか――。医学的な取材をもとに自分の経験を振り返ります。(朝日新聞デジタル編集部・朽木誠一郎)
最初に申し上げると、身長と体重、仕事などの生活スタイル、目標とする体重などの条件がはっきりしていれば、「食事制限」の理想は自然と導き出せます。体重が100kgを超えていた記者の場合、ダイエットを始めたある日のランチタイムのメニューが冒頭の3つでした。
これは自己流のダイエットではなく、管理栄養士さんと相談の上、決めたメニューです。医療者が肥満症治療のときに参照する『肥満症診療ガイドライン2016』で定められた基準に拠っています。
身長175cm・体重100kgちょっとだった記者の場合、摂取していいエネルギーは1675kcal。ところがダイエット前に摂取していたのは1日におよそ4000〜5000kcalで、大きな差があります。ちなみに、現在34歳、身体活動レベルが高い男性である記者に必要な摂取エネルギーは、1日に約3000kcalです。
つまり、4000〜5000kcalを摂取する生活をしていれば、1日に1000〜2000kcalずつ太っていく。逆に、1675kcalの決められたメニューを続ければ、1日に約1000kcal分ずつやせる、つまり蓄積した脂肪が消費される計算になるのです。
ここで気をつけたいのは、ただエネルギー量を減らせばいいというわけではないことです。摂取エネルギーの内訳、すなわち栄養素の配分についても、『肥満症診療ガイドライン2016』に記載されています。まず、そもそも太っていない人については、以下の目安があります。
“摂取エネルギーに占める糖質・たんぱく質・脂質の栄養素の配分は、日本人においては一般的に糖質50〜60%、たんぱく質15〜20%、脂質20〜25%が推奨されている。”
加えて、ダイエット時にはたんぱく質を豊富に摂ることが求められます。目安は1g×標準体重/日のたんぱく質摂取。記者の場合は約60〜70gということになります。逆に、脂質は控えなければなりません。日本では減量のために脂質量を摂取エネルギーの25%以下にすることが推奨されます。1675kcalであれば400kcalちょっと。44g以内/日です。
以上のような条件から、食事を変えていこうとすると……。冒頭の「サラダ・ゆで卵・おにぎり」のようなメニューになるわけです。
摂取エネルギーは毎日1675kcal以内をキープ。しかし、しばらくして記者は早速ピンチを迎えます。「もう、このメニュー、飽きた……」――そう、同じようなものばかりを食べていると、飽きるのです。
管理栄養士さんに相談しながら、いくらサラダやおにぎりでバリエーションをつけても、そもそもセオリーどおりの組み合わせである「おにぎり、ゆで卵、サラダ」ばかりの食生活に嫌気がさしてきた、という事情でした。
定番メニューがつらくなると思い浮かぶのが、ダイエット前には本能のおもくまま食べていた大好物の食事です。例えば、有名牛丼チェーンのカルビ焼肉W定食ご飯特盛。これを食べてしまうと、それだけで1日分の1675kcalを摂取してしまいます。
他にも例えばホットドックは糖質が約30g、たんぱく質が約10g、脂質が約20gあるので、1個で1食あたりの脂質がオーバー。ホットドック1個で1食が終了というのは味気ないし、そもそも他の栄養素が足りていません。摂取エネルギーをベースにした食事制限中は常にこのような組み合わせに頭を悩まされることになります。
同時に、この悩みは自ら生み出したものでもありました。「おにぎり、ゆで卵、サラダ」に行き着いたのは、忙しいために自炊や、コンビニ食でも毎回メニューをじっくり考えるのが現実的ではなく、ある意味「何も考えず」ダイエットができる環境を作ろうと思った結果。
いちいち選ぶ時間をかけなくていいというのは精神的なコストが低くてよかったのですが、実際に食べ続けるとげんなりしてしまうことに、あらためて気づかされたのです。
なお、同ガイドラインでは、海外の報告を元に「現状の摂取エネルギーからマイナス500〜750kcal/日」などの減量ペースが紹介されているので、当時の記者がいきなりセオリーどおりにするのはやや、厳しい条件です。耐えきれなければ制限を緩くするとして、理想はこう、と言えます。
さて、飽きてしまった以上は他の組み合わせを考えるしかありません。ここからは食事制限のセオリーを理解した上で、疲れない範囲で他のメニューで代替してみることにします。
最初のうちは、「いよいよダイエットに本格的に向き合っている」という高揚感でなんとかごまかせていた記者。日に日につらくなる状況に、なんとか抵抗を試みます。まず、危険な誘惑に駆られたときは、成分表を見ること。
「もうラーメンとか食べちゃおうかな」と思ってメニューの脇にある細かい数字を見ると、例えばあるラーメンでは1人前の炭水化物が90g、たんぱく質が30g、脂質が25gの700kcal。「カロリーの王様じゃん……」と、思いとどまることができました。
食事制限の数字を理解できていると、代わりの食材への応用も利きます。例えば、スーパーなどでは季節を問わずに販売されている「おでん」はカロリー制限上はとても優秀です。
「大根」は炭水化物2.6g、たんぱく質0.6g、脂質0g。いくら食べても脂質は0gということは、炭水化物の上限まで30個も食べられるのですから(それはそれでバランスが悪いですが)。
他にも、「ちくわ」は炭水化物4.8g、たんぱく質3.2g、脂質0.7g。「たまご」は炭水化物0.4g、たんぱく質7.5g、脂質5.4g。このあたりでお腹を満たしつつ、サラダで調整。これで目標値前後に落ち着くので、適度なバリエーションを生み出せます。
他にも、ゆで卵の代わりにダイエットの味方・サラダチキンにしてみる。最近では「サラダフィッシュ」なるものやサバの水煮缶を売っているコンビニもあるので、肉に偏りがちなたんぱく源を魚に求めることもできるようになっています。
また注意したいのが、同じものしか食べないとどうしても摂取できない栄養素が生じること。それは都度、管理栄養士さんの指導のもと、例えばきのこや海藻などをサラダで、あるいは副菜などを活用して摂取していきます。
管理栄養士さんはいつも身近にいるわけではないので(記者も取材前は自力で計算をしていました)、『カロリーママ』や『あすけん』などの食事管理アプリを使用するのもいいでしょう。
この記事を読んでいる人の中には、非肥満者も含まれるかもしれません。その人たちはおそらく「おにぎり、ゆで卵、サラダは食べられるなら十分に満腹になるのでは?」と感じていることでしょう。
というのも、肥満者の摂取エネルギーの目安の計算では、標準体重から遠い人ほど必要なカロリー制限量は大きくなり、標準体重に近い人ほど少なくなります。つまり、太っている人ほどやせるための食事とこれまでの食事の落差が激しい。一方で、太っていない人はこのくらいの食事でもそもそも平気である、ということが言えるのです。
食事の改善がキツイと感じるのは、それだけ、太らないための食生活と乖離しているから。「食事が足りない」というのはある意味で、肥満者の認知の歪みであるとも言えそうです。
記者にとって、食事制限への「飽き」が生まれる原因は、望むゴールに到達するまでの時間が果てしなく遠いからでした。記者にとってのゴールとは「やせる」こと自体というよりは、「自分の望む体型になる」こと。
このような生活を50日間、続けたことで、記者はひとまず16kgほど減量に成功しました。しかし、体重計の数字はともかく、体型、つまり突き出た腹はまだ変わっていません。いつになったら、自分の理想に近づけるのだろうか――挫折はしなくても、ちょっとこのままだとマズイぞ、という気分になってしまいます。
そんなとき、自分で考えたはずの「理想の食事」がつらくなり、かつての暴飲暴食の記憶がよみがえってしまうことで、ネガティブな感情が生まれてしまうのでした。
今、振り返ると、記者はダイエットを急ぎすぎていた、と思います。食生活は徐々に変化させていけばいいのです。みなさんは「セオリーどおりだとこう」と認識しながら、できる範囲で取り入れてみてください。