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「けもフレ」が人生変えた 1万枚の動物園写真に込める「命の尊さ」
大事なものを教えてくれたのは、アニメでした
2017年に放映され、大ヒットを記録したテレビアニメ「けものフレンズ」(けもフレ)ファンの中には、「視聴してから、動物園へと足を運ぶようになった」という人が少なくありません。作品には、どんな影響力があったのか? 全国の動物園を巡り年間1万枚もの写真を撮影するなど、熱烈なファンの言葉から、アニメ放送の「その後」について考えます。(withnews編集部・神戸郁人)
けもフレのアニメは、第一作が17年1月~3月にオンエアされています。女の子の姿になった動物「アニマルガール」たちが、大冒険を繰り広げるストーリーです。「原作」となった動物の生態を、キャラクターづくりに反映するなど、細かな自然描写も人気を集めました。
若い男性たちが、各地の施設に押し寄せるきっかけをつくるなど、社会現象を巻き起こした本作。一体、見る人の心をどう変えたのだろう。そんな問いを深めたくて、コンテンツに愛情を注いできたという、二人の男性ファンに話を聞くことにしました。
「ほぼ毎週末、全国の動物園を訪ね歩いています」。そう語るのは、一橋大2年の村井智亮(ともあき)さん(20)。アニメに出演していた声優のトークショーに顔を出すなど、けもフレに魅せられた一人です。
北は北海道から南は熊本県まで、これまで赴いた園の数は40近く。飼育舎が新設されたタイミングなどに再訪することもあり、実際に足を運んだ回数は、更に多いといいます。
作品と出会ったのは、高校2年の冬。友人から、たまたま薦められたのがきっかけです。
「最初はキャラクターにひかれていたんです。でも公式ガイドブックを読むうち、実在の動物の生き方を参考にしている、とわかってきて。世界観を理解するほど、『単なるキャラ好きで終わりたくない』と考えるようになりました」
とはいえ「元々『動物は気持ち悪い』という先入観が強かった」と苦笑する村井さん。考えを覆したのが、受験期を経て訪れた、みさき公園(大阪府岬町)での体験です。夜の園内を歩くイベント「ナイトズー」に初めて参加し、飼育員から動物について教わりました。
たとえば、「アフリカタテガミヤマアラシ」。背面の針で外敵から身を守ることは、よく知られています。
村井さんは「針の中には、菌類が住み着いている場合があり、襲ってきた相手に致命傷を負わせる原因になる」という解説を受けたそうです。
このように、個性豊かな生態を知るたび、全身に血液が巡るような喜びを得たといいます。
以来、けもフレとのコラボイベントを開いている施設を中心に、動物園・水族館巡りを継続。ツイッター上で同行者を募ることが多く、すっかり顔なじみとなった「動物園仲間」が少なくありません。
過去には、待ち合わせ先に中学時代の同級生が現れたこともあったそう。「過ごしてきた時間や地域に関係なく、人間関係を温めるきっかけになっている」と笑います。
村井さんには、動物園を歩くとき、意識していることがあるそうです。
「時間の限り、色々な動物を見るようにしています。『この種には、こういう習性がある』。そうやって、生態に関する情報を整理したり、種を超えた共通項を発見したりするのが面白いんです」
「園ごとの飼育法の把握も欠かせません。スタッフの皆さんの考え方によって、全く違いますから。訪れた施設の中には、アニメのワンシーンを参考に、動物用の遊び道具を考え出した、というところがありました。けもフレとのつながりに思いをはせるのも楽しいですね」
動物園を、内側から知りたい。そんな気持ちが高まり、後にある園で警備員のアルバイトに就くほど、魅了されてしまったといいます。
村井さんにとって、動物とはどんな存在なのでしょうか? 尋ねてみると、こう答えてくれました。
「精神的な支えである、と感じています。彼らはいつも、生きることそのものに全力。その様子を眺めているうち、『人間には決して、行動を制限できない生き物がいる』と思い至ります。すると『命そのものの尊さ』を自覚する瞬間があるんです」
「“推している”個体を、心を空っぽにしながら見るのも好きですね。元気そうにしていると、自分も幸せな気分になれますから。たとえつらいことがあっても、『あの子の行く末を見守っていきたい』と思えば、頑張れる。そんな感じでしょうか」
一方、園内の様子を記録することに目覚めたファンもいます。会社員の、けものべんばーさん(22・ツイッター:@kemonovember)です。
3年ほど前、やはりけもフレがきっかけで、動物園や水族館を訪ねるように。現地ではミラーレスカメラを携え、飼育動物を撮影してきました。写真の数は、年間約1万枚にも及ぶそうです。
「キャラクターの“原作”となった動物を眺めるのが、幸せで、幸せで。でも、動物はヒトと比べて寿命が短い。次の訪問時に会える保証はありません。だから、一匹一匹が生きた証を残している、という感覚ですね」
特に印象深いのが、東武動物公園(埼玉県宮代町)の看板動物だった、オスのフンボルトペンギン「グレープ君」との出会いです。飼育舎内に設置された、けもフレのキャラクター「フルル」のパネルに寄り添う様子は、テレビや新聞にも取り上げらました。
独特のハスキーな鳴き声、パネルのそばを離れようとしないかたくなさ。メディアで伝えられた通りの姿に感動し、同園へ行くたび、夢中でカメラを向けました。
しかし2017年10月、21歳で天寿を全うしたと知ると、言い知れぬ悲しみを覚えたといいます。
「個体を『一人』として捉えていた。そう自覚する初めての体験でした。『彼はあんな子だったな』と懐かしむ思いが募ったんです」
「多くの人々に愛された動物も、いつか役割を終え、世代交代しなければならない。これは、アニメでも描かれていた世界観です。だからこそ、いちファンとして、縁あってつながれた動物のことを記録していこう。そんな気持ちが強まりました」
被写体は動物だけではありません。飼育舎の外観に、生態の解説パネル。ややもすると無視してしまいがちな光景も、ファインダー越しに見つめているといいます。
「たとえば、個体ごとの解説パネルは、それぞれの動物が死ぬと取り外されるのが一般的です。仕方がないと感じる一方、写真に残しておけば、後々何らかの形で生かせるかもしれない。そんな思いは持っていますね」
「僕は、仕事としては動物園に関わっていません。その分、多忙さゆえにスタッフさんたちが取りこぼしてしまう要素を、補完できる可能性もある。自分なりに、施設に貢献したいという気持ちで取り組んでいます」
けものべんばーさんには忘れられない「展示」があるといいます。
1年半ほど前、神戸市立王子動物園(神戸市)にある同園内の資料館を訪れたときのこと。施設の沿革年表に、阪神・淡路大震災(1995年)発生後、「資料館の建物に犠牲者の遺体を安置した」という趣旨の記述を見つけたのです。
「悲しい歴史も含め、事実をきちんと記録・展示する。貴重な史料を保存しよう、という姿勢に、心動かされた出来事です」
動物園に並々ならぬ思い入れを持つ、けものべんばーさん。施設巡りなどを通じ、他のファンと交流してきた経験も踏まえ、「好き」という感情の力を強調します。
「けもフレのお陰で、これまで多くの仲間と知り合ってきました。僕同様、アニメを起点に、動物や動物園に親しんできた人は少なくありません。そして、他の誰かの頑張りを生身で知り、自発的に支援しているという点が共通しています」
「僕たちを突き動かしているのは、『好き』という感情です。『あぁ、ここ好きだな』と思える場所やジャンルを見つけ、深めていく。それによって、色々な人のためになることを、きっと成せるはず。今は、そんな風に思っています」
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