#17
平成B面史
ガラケーの遺産「光るアンテナ」 身近なアイテムで光らせてみた
令和になった今、スマホでも光らせることができるのか、身近なアイテムを使って挑戦しました。
ガラケー時代を彩ってきた「光るアンテナ」(山下メロさん私物)
90年代後半から2000年代、スマホに覇権を奪われるまで、私たちの生活を支えてきた「ガラケー」。その役割は通信手段だけではなく、装飾やストラップなどで「デコる」ことで自己表現のツールでもありました。そのひとつが「光るアンテナ」です。「クレイジー」「ライジングドラゴン」など、名前も個性豊かな商品たちが発売されました。令和になった今、スマホでも光らせることができるのか、身近なアイテムを使って挑戦しました。
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先月29日、NTTドコモが「iモード」「FOMA」の2026年3月末でのサービス終了を発表しました。モバイルインターネットの一時代を築いたサービスがなくなることを、さみしく思った人も多いのではないでしょうか。
スマホネイティブ世代はきっと見たことがないと思いますが、20年ほど前、そんなガラケーが時代の最先端だった頃、デフォルトのアンテナを付け替えて使う「光るアンテナ」なるものが存在していました。
起こることは至ってシンプル。「着信するとアンテナが光る」、それだけではあるのですが、商品展開は実に多様です。4色のLEDを使ったものやパトランプのように光るものまで、あの手この手でアンテナを光らせていたあの時代。しかも、アンテナ自体には電池がいらないという「謎の科学」感。今は見る影もない「光るアンテナ」は一体なんだったのか……?
「新世紀PIKAシリーズ」という何らかのアニメの影響を受けているシリーズ名のアンテナ「クレイジー」。4色のLEDが光る。
今回取材に協力してくだったのは、バブル~平成初期の文化を「平成レトロ」として研究する山下メロさんです。当時の「空気」を色濃く残す光るアンテナを集め、現在50種類ほど保有しています。
待ち合わせのファミレスで、山下さんが「これとか、面白いですよね」と言って見せてくれたのは、パッケージに「段々くん」と書かれたアンテナです。「輝輝棒頭」と書いて「てるてるぼうず」と読むパンチの効いたシリーズで、「N206S専用」という思い切りの良さも愚直でいい。
「段々くん」の名前の由来はなんでしょうか……。「光るだけじゃなく、ラジオのロッドアンテナ……いや、今で言うと自撮り棒みたいに、棒の部分が段階的に伸ばせるからでしょうか」と山下さん。「自撮り棒」と言い直してもらったのは、「光るアンテナ」を知らない世代はきっとラジオのアンテナもわからないと思ったから。もう、何が共通言語かわからない。
いじらしいのは、パッケージに訴求ポイントである「超光る 3段式」という売り文句と同じくらいのフォントサイズで、「(しかもちゃんとしまえる)」というフォローも入れているところ。「もしかして、しまえないのかも?」という心配事を思いつく前につぶしておいてくれる安心設計だ。
他にも、LEDがまさかの12個もついた「ライジングドラゴン」や、絶対にオフィシャルじゃないであろう、Cが効いたレモンの某缶ジュースをモチーフにしたアンテナまで……。ツッコみ始めたらキリがありませんが、人との違いや個性をケータイの「デコ」で表現していた、文化の結晶と言っても過言ではないでしょう。
パッケージの台紙の方は「C.O」になっているのに……。
しかし、当時のアンテナを、着信する現代のスマホに近づけても光りません。光るアンテナは、電池を使わずにどうして光っていたのでしょうか。
半年ほど前、私たちはこの光るアンテナを光らせようと、電波に詳しい中央大学理工学部電気電子情報通信工学科の白井宏教授を尋ねていました。詳しくはwithnewsの記事
『携帯の「光るアンテナ」もう一度光らせたい スマホで実験、結果は…』をご参照いただきたいですが、光るアンテナが光っていた仕組みを簡単にご紹介します。
まず基本情報として、携帯電話で通話するとき、相手の携帯と直接通信しているのではなく、各地に設置された「基地局」を経由して通信しています。この基地局との通信状態の良し悪しが、携帯の画面上に表示された「アンテナアイコン」で表現されています。
基地局からの電波を見つけると、通話ができる状態になる。(画像はいらすとや)
「光るアンテナ」はこの基地局とやりとりする携帯の電波のエネルギーを電気に変換することで、電池がなくても光っています。しかしここで、衝撃の事実が判明します。
当時の大人たちが、競い合うように個性的なアンテナを光らせていたのは一体なんだったのか……。「光るアンテナ」は、まるで命を削りながら光るホタルのような存在だったのかもしれない。
白井先生によると、今、スマホの電波で「光るアンテナ」が光らないのは、ガラケー時代に比べて電波が弱くなっているから。加えて、携帯の消費電力を抑えるために、通信環境が良い場所では電波を弱めるなど効率化もすすんでおり、アンテナが光るほどの電波が発生していないというのです。
要するに、通信環境がよくなればなるほど、光るアンテナが光らなくなる。時代の隙間に「光るアンテナ」が置き去りにされた理由が少しわかった気がしました。
さて、当時の光るアンテナを現代のスマホの電波でどうやって光らせるのでしょうか。それは先ほどの説明にヒントがあります。
通信環境が良好な場合は、スマホは弱い電波しか出しません。一方、電波の入りが悪い場所では、スマホはなんとか基地局と通信をしようと強い電波を出します。また、着信だけではなく、通話状態の方が強い電波が出るそうです。この強くなった電波を利用して、光るアンテナを光らせようという作戦です。
※今回の記事では白井先生監修のもと実験をすすめておりますが、みなさんは手元に光るアンテナがあっても安易に挑戦しないようにお願いします。あなたのスマホによくないことが起こるかもしれません。
半年前、私たちは中央大学の実験設備を使わせていただき、限りなく圏外に近い状態で通話することで、無事「光るアンテナ」を光らせることができました。
奥にあるのが「電波暗室」。電波を遮蔽することができる部屋 出典:携帯の「光るアンテナ」もう一度光らせたい スマホで実験、結果は…
しかし、考えてみてください。携帯電話の良さは携帯できることです。そんな携帯を引き立てる「光るアンテナ」も、そうであってほしい。もっと身近なものを使って、「光るアンテナ」をどこでもを光らせることはできないか……。
手始めに、某ホームセンターへ材料を調達に向かいました。ただ、どんなもので「通信環境が悪い状態」を再現できるかわからなかった私。ひとまず店員さんに、「電波を遮断する用の素材とかありますか」と聞くと、「??? ないです」と言われました。いるかどうかわからないけど、「反電波組織の人」だと思われたかも知れない。
やはり、一人ではどうにもならないので、再び白井先生に助けを求めました。
アルミホイルには電波を遮断する能力があるらしい。まさか段ボールとアルミホイルでできるとは……。先生のアドバイスを元に、自宅の隅で工作が始まりました。
親の顔より見たかもしれないAmazonの段ボール。そこにスマホが入る程度の隙間をつくり、家にあったアルミホイルをガムテープで貼っていきます。
段ボールにアルミホイルを巻くことが今までなかったので、見栄えはあまりきれいではありません。しかし、光るアンテナが通話の電波を削って光っていたように、オシャレと電波はトレードオフです。
スマホを2台用意し、1台を鳴らして通話状態にして、光るアンテナとともに段ボールに入れます。
ワクワクしながら進めていたものの…………アンテナはまったく光りません。しかも、段ボールに作った隙間は小さすぎて、中で何が起こっているのかイマイチわかりません。
そもそもアルミホイルで効果があるのかと思い、スマホを丸ごとアルミホイルで巻いてみました。すると、途端に圏外になり電話がつながりません。これはやりすぎです、疑ってすみません。
もしかしたらアルミホイルの厚みが足りないのでしょうか。試しに段ボールに二重、三重に巻いてみましたが、光るアンテナはちっとも光りません。1時間くらいかけて、ギンギラギンの大きめのゴミができたところで、一旦考えるのをやめました。
その後、帰宅した夫に「あれ、捨てていいやつ?」と聞かれましたが、私は言い返す言葉が思いつかず、「思い出があるから」と答えていました。
またもや打つ手がなくなってしまったので、さらに白井先生にアドバイスをもらいました。
そりゃそうでした。観察できないと何が起こっているかわかりません。箱の中の猫が生きているか死んでるか考える学問もあるけど、今回は違うやつです。
他にも、スマホをアルミホイルで巻くのも効果的だそうです。ただ全面巻いてしまうと、先ほどのように圏外になってしまうので、アンテナが入っている側面を覆うのがいいのではないかとのこと。場所にこだわらなければ、ビルの地下や奥の方の部屋など、もともと電波が入りにくい場所で実験した方が光る可能性は高まるそうです。
本質的かつ切れ味の高い疑問を持ちつつも、協力してくださる白井先生はめちゃくちゃ優しい先生です。
白井先生によると、段ボールに巻くアルミホイルはあまりしわを作らない方がいいとのことで、せっかくなので仕切り直すことにしました。
夢中で巻いたアルミホイルを全部はがして、見慣れたAmazonの段ボールに再会。一面を切り取って、再び周りにアルミホイルを丁寧に貼っていきます。テープもアルミ製のものを使い、開いた一面を覆うためにアルミ製の網で作ったフタも用意すると、前回とは見違えるようなきれいな箱ができました。「オシャレと電波はトレードオフ」とか言い切っていた頃の自分を殴りたい。
念には念を入れて、白井先生のアドバイス通り、スマホの側面もアルミホイルで覆うことにしました。箱の中のスマホに近づけるのは、山下メロさんから借りたアンテナ、その名も「クレイジー」です。
「クレイジー」は4色のLEDを使用した、かなり完成度の高いアンテナです。赤、黄、緑、青の各色が順番に光るのですが、その入れ替わりのスピードが徐々に速くなっていくというところがミソ。ぼんやりと光り始めるのに、瞬く間に変貌する様子が「おとなしかった女の子がグレていく様子と重なる」(山下さん談)という、物語性のある逸品です。
クレイジーをスマホに近づけると、緑色のライトがふわっと光ったような気がしました。でも、それ以降は全く光りません。「幻?」と思い、スマホの向きを変えてみると、ついにその時が訪れました……。
光りました。
常時光っている訳ではありませんが、箱の向きやアンテナとの距離を調整すれば、長くて10秒ほど光り続けます。家の隅でカラフルなLEDがチカチカと光るのを見て、思わず空を仰ぎました。この小さな希望の光を抱きしめて、今の気持ちを忘れずに生きていきたい。
無事実験が成功したことを記念して、少し前までゴミだった箱を「光るアンテナ光らすボックス(略して光箱)」と名付けました。
早速、「光るアンテナ」の持ち主である山下メロさんに連絡しました。この光箱があれば、クレイジー以外のコレクションも、どこでも光らせることができるようになったのです。
弊社の会議室で光箱を見た山下さん、「こういう感じなんすね……」。やや複雑な表情を浮かべつつも、コレクションの品々を光箱に入れていきます。スマホとアンテナの向きや位置を調整し、アルミの網でフタをした光箱をのぞき込みながら、「おおっ光った!」。
「段々くん」や「ライジングドラゴン」、「フェアリーステップ」なさまざまな商品を試してみてわかったことは、実験に使っていた「クレイジー」はかなり光りやすいということ。一瞬光るものの持続しなかったり、そもそも光らなかったり、「クレイジー」以外はあまりうまくいきませんでした。
山下さんは「『クレイジー』は持っているアンテナの中では比較的新しい商品だから、より弱い電波でも光りやすいのかも」と推理します。軒並みほぼ20年物の商品なので、きっともう壊れているものもあるでしょう。
そんな中、箱の中でスマホやアンテナを調整しながら、山下さんがふと、「僕、こないだホタルの写真を撮ってる人のドキュメンタリーみたいなのを見たんですよ」とつぶやきます。
私たち人間が携帯電話の電波を生み出したのに、それから簡単に逃れることができなくなっていました。山下さんの言葉を聞いて、人間の力に畏怖の念を抱きましたが、しばらくすると山下さんは光らせるコツをつかんでいたので、それはそれで人間の怖いところだなと感じました。
【動画】「光るアンテナ」を身近なアイテムで光らせてみた(野口みな子撮影)
「身近なもので光るアンテナを光らせる」という、ひとつの山場を越えたところで、私がやってみたかったことがあります。「大手携帯会社3社、それぞれの本社の前だったら、どこが一番光るアンテナが光るか」ということです。
めちゃくちゃフットワーク軽い山下さんは、記者の思いつきにも快く付き合ってくれます。
汐留のソフトバンク本社前の路上で、地べたに這って光箱の中身を眺めて撮影していると、通りすがったお年を召したご夫婦に「お花を撮られているんですか?」と聞かれました。ふと目をやると、目の前の花壇にはキレイなお花が咲いています。我々2人は銀色の光箱の中身に夢中で、言われるまで気付きませんでした。
「いえ、電波のアレを調べていまして……」と答えましたが、自分でも何を言ってるかわかりません。するとご夫婦は「あー、いろいろあるんですねえ」と言って去っていかれました。「いろいろある」で通用するので、日本語はありがたい。もしかしたら、いるかどうかわからないけど、「電波組織の人」だと思われたかも知れない。
NTTドコモ本社前で光箱をのぞき込む山下さん(左)とKDDI本社前で光箱をのぞき込む山下さん
しかしソフトバンクも、赤坂のNTTドコモも、水道橋のKDDIでも、光るアンテナは光らない。スマホに表示されたアンテナアイコンはずっと4Gの「バリ4」です。屋内ではあんなに光ってたのに……。
「家では向こうから甘えてくるのに、外に出ると急によそよそしくなる彼女っていますよね」と山下さん。まさにそんな感じです。寒空の下で、まさかのアンテナにツンデレをされ肩を落とす私に、山下さんは「でもまあ、いいことですよね、電波良好なんですから」。
私たちは電波からは逃げられない。でも、電波のおかげで通信に不自由のない生活を過ごせています。嬉しいときも、寂しいときも、いつだって大切な誰かの声や思いを届けてくれていました。私たちが小さな光を灯そうという実験の何千倍、いや何万倍もの努力で、安定した通信環境は保たれているのです。
どうにか光らせられないか私が試行錯誤していたら、山下さんは落ち葉に興味がいってしまった
白井先生によると、建物を透過する際に電波が減衰するため、屋内では「通信環境が悪い状況」が再現しやすいそう。今回は準備が間に合いませんでしたが、光箱のアルミホイルの部分をコンセントのアース端子や、地面から出ている金属の水道管などと導線で結ぶと、アルミホイルに生じる電波や電荷が大地に流れ、より遮蔽効果が見込めるそうです。
そして「携帯会社の前だからといって、電波の強弱には影響しないと思いますよ」と優しく教えてくれました。とても勉強になりました。
これから、今より何十倍も高速の通信規格「5G」も普及していきます。「5G」環境では、使用する電波の周波数も変わるので、今回のような「光箱」ではアンテナを光らせることができない可能性が高いそうです。
20年前に起こった小さなブームを、更に未来に語り継げるか。光るアンテナの受難は、まだまだ続くようです。
何度も申し上げますが、アンテナが光ると「ちょっとおしゃれ」なだけで、あとは強い電波を出してスマホの電力を削るばかり。それ以外はあまりいいことは起こりません(何なら私のスマホの電池の減りが早くなりました)。だけど、今ある「当たり前」を改めてありがたく感じることができ、いつか見れなくなるかもしれない光を、忘れまいと心の中に灯しました。
withnewsが立ち上げから5周年を迎えることを記念して、11月28日(木)夜、
トークイベントを開催します(申込は終了しました)。
そこで、今回制作した「光るアンテナ光らすボックス(略して光箱)」と、山下メロさん私物の光るアンテナを展示します。うまくいけば、実際に光るアンテナが光っているところが見られるかもしれません。イベントにお越しの方は、ぜひご覧になっていってください。