連載
#16 平成B面史
携帯の「光るアンテナ」もう一度光らせたい スマホで実験、結果は…
その名も「クレイジー」「ディスコボール」「トリプルフラッシュアンテナ」…猛者たちを光らせる…!
90年代後半から2000年代、スマホに覇権を奪われるまで、日本の人々の生活を支えていた「ガラケー」。日本独自の発展を遂げたのは本体だけではありません。通話の電波に反応して、光っていたあのアイテム「光るアンテナ」を覚えていますか? 今ではもうほとんど目にしなくなった「光るアンテナ」を、現代の「スマホ」でもう一度光らせたい――。用意したのは、「クレイジー」「ディスコボール」「トリプルフラッシュアンテナ」……個性的な名前の商品ばかり。平成の終わりに、一筋の光は見えるのか、調査しました。(朝日新聞デジタル編集部・野口みな子=平成元年・1989年生まれ)
「いま、『光るアンテナ』を集めてるんです」
バブル~平成初期に、日本中で販売されていた懐かしのおみやげ「ファンシー絵みやげ」を集め研究する、山下メロさんにそう言われたのは、新元号の予想がそろそろ盛り上がってきた2月のある日のことでした。山下さんは「ファンシー絵みやげ」に限らず、当時の時代の変化の中で、忘れ去られていった文化の保護にも前向きです。
「これって、平成を象徴しているけど、たぶんもう忘れられかけてますよね」
山下さんに言われなければ、私もすっかり忘れていました。確かに、2000年前半、大人が持つ携帯のアンテナにはそれがついていました。デフォルトのアンテナではなく、わざわざつけかえるその代物。しかも、電池を必要としない、子どもからすると「謎の科学」感……。
着信音とともに光り始めるアンテナは、おしゃれで、かっこよくて、携帯だけでもすごくうらやましいのに、格の違いを見せつけられているようでした。
そして、3月、私は山下さんの家にいました。コレクションの「光るアンテナ」を見せてもらうためです。「ファンシー絵みやげ」が所狭しと置かれた部屋に、並べられる個性豊かな懐かしいアンテナたち。
「形状記憶合金」の文字を見つけたとき、懐かしさのあまり膝から崩れ落ちそうになりました。
共通認識が持ちやすいと思い、この記事では「光るアンテナ」という呼称を使っていますが、パッケージを見ると「輝く!!」というフレーズがよく使われています。もしかしたら「光る」でも「光る!!」でもなく、本当は「輝く!!アンテナ」かもしれない。レコード大賞ばりのまばゆさ、これはちょっと神々しすぎるので、引き続き「光るアンテナ」と呼ばせていただきたい。
「光るアンテナが流行っていたときって、『人との違い』を携帯電話でアピールできたんですよね」と山下さん。
ガラケーの時代はシールやプリクラを貼ったり、ストラップにもこだわったりして、「自分だけの」携帯にするために「デコる」のが当たり前のように行われていました。今ではスマホケースにこだわるくらいで、装飾の自由度も以前ほどなく、デコレーション文化も落ち着いているように思います。本命の相手のプリクラは、今どこに貼っているのだろうか。
「実はこのアンテナって結構高かったんですよ」と、あるアンテナのパッケージの裏面を見せていただき、驚きました。
山下さんがぼそりと言ったこの言葉で、我々のミッションが決まりました。
試しに、私用のスマホから社用のスマホに電話をかけて、光るアンテナを近付けてみました。あまり期待はしていませんでしたが、アンテナが光る気配がありません。そして、私の中にある何かのスイッチが入りました。
「光らせましょう! 絶対光らせましょう!!!」
コレクションのひとつをお借りし、鼻息荒めに山下さんの家を後にしました。あの頃のあこがれに、もう一度光を灯そう。平成が終わる前に、やり遂げなければならないと思いました。
でも、素人がちんたら悩んでいたら、平成が終わってしまう。ここは切り替えて、電波に詳しい専門家に協力を仰ぐことにしました。
早速「携帯 電波 教授」という必死感がエグいGoogle検索を行い、結果の上位にいた先生にお願いすることにしました。それが、中央大学理工学部電気電子情報通信工学科の白井宏教授です。検索の上位に君臨するくらいだから、きっとものすごい権威にちがいない。
すぐに大学に取材の申込を送り、返答を待ちました。受けていただけるかそわそわしながら待っていたところ、「光るケータイの件」という件名のメールを受信。ちょっと違うけど、快諾のメールに歓喜しました。
白井先生は、まずは実験可能かどうかを調べたいが、手元に「光るアンテナ」がない、ということで、山下さんからお借りしたアンテナを、入念に緩衝材で包んで郵送したのでした。
そして数日後、突然鳴った私の携帯。その相手は、待望の白井先生。緊張の、一瞬です。
桜が咲き誇る4月の初め、中央大学の後楽園キャンパスに伺いました。もちろん、「光るアンテナ」を収集している山下メロさんも一緒です。
本当に光るのか半信半疑の山下さん。コンセントから電力を供給するタイプの、店頭で陳列する用の光るアンテナを持参しています。「いわゆる、保険です」。山下さん、ぬかりない。
そして約束の時間、白井先生が我々をあたたかく出迎えてくださいました。
山下さん
白井先生
どうして「光るアンテナ」は光るのでしょうか。それを説明する前に白井先生はまず、携帯電話が通話できる仕組みを教えてくださいました。
白井先生
まず携帯電話の電源を入れると、近くの基地局から出ている電波を探します。基地局からの電波が見つかると、「圏外」から通話できる状態になります。基地局が近くにあれば強い電波を受けられ、遠くにあれば電波は弱くなります。
白井先生
最近では、ひとつの基地局で半径10kmほどの範囲をカバーできるそうです。携帯キャリアのCMで、「基地局数ナンバー1」などの触れ込みを聞くことがありますが、この基地局の数や場所が、電波のつながりやすさに影響しているのですね。
では、基地局はどんな役割を果たしているのでしょうか。
たとえば、Aさんの携帯電話の電源が入り、近くの基地局の電波を見つけることができると、その基地局にAさんの携帯の電話番号が登録されます。通信を管理する電話局は、どの基地局がどの携帯と通信のやりとりができるか、という情報を記録します。
Aさん宛ての着信があった場合、電話局はAさんの電話番号を登録している基地局に、通話をつなぐように信号を送るのです。
白井先生
携帯電話は通話をしていなくても、定期的に基地局との距離を確認しています。もしもAさんが移動しても、さらに近い基地局を見つけられれば、その基地局と通信のやりとりを始めることができます。
ただし、ひとつの基地局がやりとりできる端末の数は限られているそうです。
白井先生
山下さん
携帯電話が通話する仕組みがわかったところで、では、「光るアンテナ」はどうやって光っているのでしょうか?
通常、光るアンテナは電池を使って光っている訳ではありません。通話している携帯から発される電波を、アンテナ内のコイルが拾い、電力に変えてLEDを発光させています。
山下さん
白井先生
そう言って白井先生が取り出したのは、電流計とハンディタイプのアマチュア無線機です。
アマチュア無線機を携帯電話に見立てて、電流計には、電波を受けるためにアンテナとダイオード、コンデンサをつけています。無線機から出た電波を電流に変え、その強さによって電池がなくても電流計の針がふれる仕組みだそうです。
白井先生
白井先生が無線機の電源を入れると……。
山下さん
電流計の針が大きくふれました。無線機を遠ざけると、その針が示す電流の大きさも小さくなります。このように電波を電気に変える仕組みを使って、アンテナを光らせることができたといいます。
白井先生
山下さん
白井先生
山下さん
衝撃の事実です。おしゃれで使っていた「光るアンテナ」は、通話する携帯の足を引っ張っていたのです。
「おしゃれは我慢」という言葉がありますが、冬場にミニスカートを着たり、足が痛くなってもハイヒールを履いたりとかじゃなく、まさか知らず知らずのうちに電力まですり減らしていたとは……「おしゃれ」のトレードオフ、おそるべし……。
ストレートタイプの携帯は形を変え、2つ折りになり、そしてスマートフォンが普及していきました。通話する度に伸ばしていたアンテナは、端末に内蔵されています。ただ、これまでの話だと、電波さえ受信できれば、「光るアンテナ」を光らせることができそうです。
でも、どうして現在では「光るアンテナ」を光らせることができないのでしょうか。
白井先生
では、どうやって、白井先生は「ちょっと光らせた」のでしょうか。
白井先生
そんなまさか……。それは私も試してみましたが、光りませんでした。どういうことなのでしょうか。
白井先生
ご自身のスマホで、研究室に電話をかけた白井先生。ブラインドを下げ部屋の電気を消し、山下さん私物のアンテナをスマホに近づけます。部屋の中に、緊張した空気が流れます。
白井先生
山下さんと私の頭には「?」マークが並びました。ここまできて白井先生が嘘をついているとも思えないし……でも、一向に光る気配のないアンテナ。山下さんにもあきらめの表情が出かかってきたときです。
白井先生
そう言うと、白井先生は隣の部屋に案内してくれました。
えっ電波の悪そうなところ……? 先生の発言の意味はこの後、明らかになります。
白井先生
初めて聞く言葉「電波暗室」。その部屋をのぞくと壁一面に黒いトゲが出ています。中に入ると圏外になってしまいますが、その周辺は電波が弱くなっています。携帯を確認すると、アンテナのアイコンは1本だけになっていました。
白井先生
響く着信音、通話を開始した携帯に白井先生がアンテナを近づけると……。
山下さん
白井先生
赤色、黄色、緑色、青色の4色のLEDが回転するように光り輝いています。
山下さん
白井先生
白井先生
なるほど。必要なときに必要な分だけの電波を出すように、効率的になっているスマホの性質を逆手にとって、電波を強く出さざるを得ない状況にしているのですね。また、通話している状態の方が、強い電波が出るそうです。
白井先生
野口
野口
山下さん
白井先生
せっかくなので、山下さんのコレクションをどんどん光らせていきましょう。どうせなら、山下さんのオススメから。
山下さん
白井先生
山下さん
一体どういうことでしょうか。早速、通話状態のスマホに近づけてみると、ぼぉっとアンテナに光が灯ります。
山下さん
野口
すると、その数秒後にあわただしくスマホが点滅し始めました。
山下さん
確かに、回転がどんどんスピードアップしていきます。
山下さん
山下さん
白井先生
山下さん
白井先生
山下さん
白井先生
山下さん
その後も、「ミルキーピンク」や「エメラルドグリーン」なども試しましたが、なかには不良品もあり光らないものも。一通り、山下さんのコレクションを光らせては、感慨に浸りました。
さて、山下さんの一番のお気に入りはなんだったのでしょうか?
山下さん
興奮冷めやらぬ電波暗室。この興奮を日常生活でも感じることはできるのでしょうか。
白井先生
野口
白井先生
野口
白井先生
野口
白井先生
白井先生
平成の時代、さまざまな技術の発展とともに、通信方式も進化してきました。2G、3GやLTE、4Gと続いてきたなかで、5Gへの取り組みも進んでいます。白井先生によると、5Gに対応した端末だと、今日光ったアンテナも、光らせることが難しくなるかもしれないといいます。
山下さん
山下さん
白井先生
山下さん
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