#16
山下メロの「ファンシー絵みやげ」紀行
父親向けの茶碗に「めざせ係長」「お土産」が映すバブル時代の家族像
「ファンシー絵みやげ」の「優良顧客」といえるのが、修学旅行生。お土産から見えたのは、当時の「家族観」でした。
バブル時代~平成初期に観光地で販売されていた(左)父親に向けたご飯茶碗と(右)母親に向けたミニタオル
「ファンシー絵みやげ」をご存じでしょうか。今はもうほとんど見ることがなくなりましたが、バブルから平成初期に全国の観光地で売られていた子ども向けの雑貨みやげです。このお土産の「優良顧客」といえるのが、修学旅行生でした。彼ら彼女を標的にしたからこそ生まれた商品たちは、当時の「家族観」を色濃くうつしていました。全国のファンシー絵みやげを調査し、保護している山下メロさんのコラムです。
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「ファンシー絵みやげ」とは、1980年代から1990年代かけて日本中の観光地で売られていた子ども向け雑貨みやげの総称です。ローマ字日本語、二頭身デフォルメのイラストが特徴です。写真を見れば、実家や親戚の家にあったこのお土産にピンと来る人も多いのではないでしょうか。
バブル~平成初期に全国の土産店で販売されていた「ファンシー絵みやげ」たち
バブル時代をピークに、バブル崩壊とともに段々と姿を消し、今では探してもなかなか見つからない絶滅危惧種となっています。
私は、その生存個体を保護するための「保護活動」を全国で行っているのです。
ファンシー絵みやげの主なターゲット層は子どもです。中でも「優良顧客」といえるのが、修学旅行生です。なぜなら彼らは大人数で観光地にやって来て、自由時間に1万円ほどのお小遣いを握りしめて土産店や宿泊ホテルの売店などでお土産をたくさん買ってくれます。
修学旅行生と土産店(奈良市・猿沢商店街)。画像の一部を加工しています。 出典:修学旅行の定番、奈良公園の土産店事情 「本気」だから知った優しさ
高額なお小遣いを持っていながらも、適切な金銭感覚や判断力は持っていないこともしばしば。つい少し高額な木刀を意味もなく買って帰ってしまうわけです。このビジネスチャンスを逃す手はありません。ファンシー絵みやげは「修学旅行生に買ってもらうために進化した」とも言えるほどです。
今回は、その一例をご紹介しましょう。まず、ファンシー絵みやげには「出資者への返礼品」というべき商品群が2種類存在します。
一つは、子どもが使わない喫煙具や酒器です。これはお小遣いをくれた親など、喫煙や飲酒の習慣のある家族のために買うのですが、その家族の好みとは関係なく「子どもの好みで買ってしまうようなイラスト」が、大人向けのアイテムにプリントされているのです。
1980年代には、サントリーの缶ビールのCMの、ペンギンのキャラクターが人気が出ました。「大人が飲むお酒にかわいいペンギン?」と思うかもしれません。それもそのはず、その後の社会は「子どもが喜ぶキャラクターを大人向けの商品の広告やパッケージに使うのは止めよう」という流れになっていくのですが、同時代に売られていたファンシー絵みやげは逆でした。ファンシーなイラストのプリントされた灰皿や徳利がどんどん作られたのです。
もっと珍しいケースでは、父親向けと思われるゴルフ用品のファンシー絵みやげや、母親向けと思われる鍋つかみやまな板といったものも観光地で売られていたのです。それらにもファンシーなイラストがプリントされていました。
「お父さん」「お母さん」贈る相手が決められているもの
二つ目が家族モノです。茶碗や湯呑などに、ファンシーな家族のイラストとともに「お父さん」「お母さん」「おじいちゃん」「おばあちゃん」と、子どもから見た家族の立場が書かれています。
お小遣いを出資してくれた人へのお礼で買うという用途に非常に適しており、お土産選びで迷う必要がないため分かりやすい定番商品です。食卓という、家族が揃う場所で使う商品が中心なのもポイントですね。
「おとうさん」の汁椀や湯飲み。お父さんのイラストもさまざま
さらに「ぼく」「わたし」といった自分用に買う商品もあり、ここには自分から家族への「決意」が。例えば、手元にある湯呑には「ぼくいつも外でも家でもがんばるよ!」と描かれています。
お土産をもらう側の家族にとっては「こんな子どもっぽいイラストのついた〇〇使えない。でも無下に捨てられない」となるため、未使用のままで保管されるケースがよくあります。もしくは孫が買ってきてくれたものだからと「おばあちゃん長生きしてね」と書かれたファンシーな湯呑みを、愛用してくれることもあるでしょう。
かくいう私も修学旅行で、家族みんなに対してはお菓子のお土産を購入し、お小遣いをくれたおばあちゃんには個別に「おばあちゃん いつもニコニコ元気でね」と書かれた湯呑みを買ったことを覚えています。自分で考えた言葉ではなく商品にあらかじめ書かれた言葉なのですが、おばあちゃんがその湯呑みを使ってくれていたので、しっかり文言をおぼえているのです。
この世代だった人が実家に帰った時、修学旅行で買って帰ったお土産が今も使われていて、つい泣きそうになった経験ありますよね?
例えるなら、中学生になってグレて、母親の財布からお金を抜き取ろうとしたら、そこに幼稚園児のころ母の日にあげた手作りの肩たたき券が今も大事に入っているのを見て、泣きながらお金を抜き取る。そんな感覚なのです。金はとるんかい。
前述の通り、家族が指名された商品には「いつもゆかいな」「たくましい」などというポジティブな言葉が並んでいます。しかしこれは「子どもが考えたメッセージ」ではなく「業者が考えたメッセージ」という、微妙な立ち位置。子どもがメッセージを選んだようでも、実際は1パターンしかなく、選ぶ余地はありません。
そんなメッセージを持っている家族シリーズですが、バブル時代の好景気のおかげで、「多少、商品に瑕疵があっても出せば何でも売れた」という話を聞きます。なので、「本当にコレでいいの!?」と言いたくなるメッセージをはらんだものも多数存在します。
最後に、そういった絶対に気まずくなる「プレッシャー系」の商品を見ていきましょう。
まず、理想のおばあさん像がこれでもかと羅列されている「理想系湯のみ」。
「趣味をたのしむおばあさん」
「笑顔のたえない明るいおばあさん」
「よい知恵を子、孫に伝えるおばあさん」
「心を若く夢をもつおばあさん」
お小遣いをあげた孫が、返礼品としてこれを買って帰ってくる残酷さ。まるでダメ出しされているような気分になります。他にも「理想のおじいさん」「理想の夫」「理想の妻」などさまざまバリエーションが存在します。
「いつもきれいなおかあさん」と書かれてしまっているミニタオルもあります。これを人前で使うのは勇気が必要です。
父親の向けのご飯茶碗には、「えらくなるゾ!」の文字が躍ります。子どもから「えらくなるゾ!」と書かれた茶碗をもらった父親の気持ちはどうなのでしょうか。イラストも、スーツを着て、パイプを片手にしており、「父親のイメージ」というのにも時代を感じます。
そして茶碗の裏側には「めざせ係長 がんばるゾ!」と書かれています。まず子どもは、父親が役職のない平社員だと理解しているものでしょうか……。毎朝、出勤前の朝食でこの茶碗を手に「よしがんばるゾ!」と気合いを入れ、そして職場で叱られて、疲れ果てて帰宅し、夕食でこの茶碗を前に「いや、まだまだ!がんばるゾ!」なんていう風に奮い立たせられるものでしょうか。むしろプレッシャーでつぶされるんじゃないかと心配になります。
このように、試行錯誤を繰り返しながら独自に進化を遂げていたのがファンシー絵みやげです。細かく見ていくと、色々なアイディアや工夫が試されていることがよく分かります。時代によって家族の形や在り方、家族同士の関係性は変化していきますが、その歴史がこれらの商品には刻み込まれているのです。
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山下メロさんが「ファンシー絵みやげ」を保護する旅はまだまだ続きます。withnewsでは原則週1回、山下さんのルポを紹介していきます。