連載
#10 ここにも「スゴ腕」
「嵐ジェット」のデザイン、実は巨大シール 機体に貼るため熟練の技
日本航空(JAL)がハワイ・ホノルル線に人気グループ「嵐」を描いた飛行機「ARASHI HAWAII JET」を就航すると発表して話題になりましたが、マスコットや人気アイドルの顔をあしらった航空機を「特別塗装機」といいます。その多くが実は、「デカール」というシール状のフィルムを機体に貼ったものです。そう聞くと簡単そうですが、絵がゆがまないように貼るには「職人技」が必要。入社以来、500枚以上のデカールを貼り、過去には「嵐ジェット」を担当したこともあるJALエンジニアリング塗装技術課の鳥越大志郎さん(37)に、そのコツを聞いてきました。(朝日新聞記者・北見英城)
あらかじめ絵が印刷されたデカール。シールと同じように裏紙と本体、印刷面に傷がつかないようにする保護フィルムがある3層構造のフィルムです。
そのデカールを、事前に貼る位置を確認した上で、2人一組で機体に貼ります。裏紙を少しずつはがし、空気が入らないように引っ張ったり、プラスチック製の板で空気を追い出したりしながら機体に貼り付けるのは全身を使う作業です。最後に保護フィルムをはがして完成となります。
そう聞くと、スマートフォンの表面に保護フィルムを貼る作業を思い出すかもしれません。ただ、スマホでも空気が入らないように貼るのは難しいですよね。
航空機の表面は、スマホの画面と違って緩やかな曲面。しかも、段差があったり、骨組みを支えるネジ止めがあったりと凹凸だらけです。鳥越さんは「真っすぐな表面に貼るのなら誰でも貼れます。機体に貼るのは微妙な力加減が必要なんです」と話します。
実際に作業を見てみると、デカールを少しずつ引っ張ったり、段差の隙間に押し込んだりといった細かな「技」を駆使していました。ドライヤーでデカールを微妙に伸ばして調整して貼り付けることもあるそうです。
しかも、デカールの価格は1枚あたり数万円。追加発注もできないために一発勝負です。
貼る順番にも工夫があります。航空機は上空で最大毎秒160メートルの風を受けます。それでも、デカールがはがれないように「貼るのは後ろから」と決めているそうです。
前に貼り進めるにつれて、数センチずつ上から重ねていくのです。当然、航空機が風を受けるのは機体の前面からなので、風でデカールがめくれてしまうことを防げるといいます。さらに、機体に全てのデカールを貼り終えたら、そのつなぎ目を接着剤でとめます。「はがれ防止になる上に、空気の流れもスムーズになりますから」
取材に訪れた日、貼っていたのは東京五輪・パラリンピックの開催まで500日を切ったことに合わせたデザインでした。
大会マスコットの「ミライトワ」「ソメイティ」に加えて、機体一面に「TOKYO2020」の文字を描いています。全長63.7メートルのボーイング777-200型機に、幅1メートル、長さ2メートルほどのデカール約180枚を使って表現しているというのだから驚きです。
長い間使用される航空会社のロゴマークなどは機体に直接塗料で描かれるのですが、特別塗装の多くは限られた時間にイベントなどをPRするのが目的。もともとのデザインは傷つけずにはがせるデカールが重宝されるのです。
鳥越さんは鹿児島県出身。2002年、前身のJAL航空機整備東京に入社して以来、特別塗装の担当を希望していました。
当時、その技術がある社員は限られており、「職人の世界」の仕事。そんな世界に憧れ、特別塗装の現場につけてほしいと志望しました。上手な先輩と一緒に作業して「技」を教わり、余ったデカールで練習を重ねました。2年目にはカーブがきつくて難しい機体下部も任せられるようになったのだそうです。
すでに17年のキャリアを積んでいますが、今でも特別塗装ができる社員としては下から2番目。印象に残っている塗装の一つは、過去の「嵐ジェット」です。10年から続いている人気シリーズで、ファンの中には、好きなメンバーのデカールが貼られている近くの席を希望する人もいたといいます。
そうやって、塗装によって乗客に「乗ってみたい!」と思ってもらえたとき、やりがいを感じているそうです。
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