連載
#5 ここにも「スゴ腕」
光で咲く「奇蹟の大藤」30万輪、圧巻の美しさ 仕掛け人は花のプロ
「忘年会シーズンにあわせて、レストランの窓辺をすこし明るくしよう」。北関東にある植物園が約20年前の冬、そんなねらいで園内を彩った電飾が、日本を代表するイルミネーションスポットへと成長しました。その秘密は、花のプロたちのこだわり。「本物と同じく手間ひまかけて育ててきた」という仕掛け人を訪ねました。(朝日新聞経済部記者・滝沢卓)
植物園が最も華やぐのは、大小色とりどりの花が開く春だ。しかし、栃木県足利市のあしかがフラワーパークでは、例年10月下旬から2月上旬(今年は2月5日まで)も「光の花」が夜咲く。
名物となったイルミネーション「光の花の庭」の開催期間中は、年間来園者の約3分の1にあたる約60万人が訪れる。園を運営する足利フラワーリゾートのパーク管理部次長、長谷川広征さん(47)は約20年間、そのデザインや取り付け作業のリーダーを務めてきた。
なかでも人気なのは、園のシンボル、樹齢約150年の大藤2本を彩るイルミネーション「奇蹟(きせき)の大藤」だ。約1200畳分の藤棚で約30万球のLEDが演出する淡い紫の光に囲まれると、ライトアップされた本物の花の下にいるような感覚になる。
目をこらすと、植物園ならではのこだわりがわかる。一球一球に半透明の花のオブジェがついているのだ。
大藤のオブジェを採用したのは2017~18年シーズンから。かつては油性ペンでわざとムラを残して白熱球を塗ることで、実際の色合いを表現しようとしていた。だが、微妙な色合いを表現できるLEDが登場し、大藤の花をかたどったオブジェをいかして本物に近い美しさを追い求めることにした。
大藤は、毎年4月末から5月上旬にかけて約16万もの花房が垂れ下がり、来場者の目を楽しませる。花の見た目が最も美しくなるのは「開ききる直前」だという。
このため、栽培担当のアドバイスももらいながら、この時期が見頃の花約200輪の大きさを測ったり見比べたりし、オブジェのサイズは「縦3センチ、横2.3センチ」が理想的という結論を得た。試作を重ね、花びらの角度や丸みもミリ単位の調整にこだわった。
結局、デザインには1年以上の時間と手間をかけた。長谷川さんは「単なる電球ではなく、一つの花として考えた。どの実物と比べても違和感がないものにしたかったから」と話す。
こだわりを見せる花とイルミネーションだが、関わるようになったのは全くの偶然だったという。
足利市出身で、20代の頃はホームセンターで働いていた。約6年半働き、多くの商品の販売や仕入れを経験。このうち約3年半担当したのが、園芸品種の販売だった。花を買いに訪れる色々な年代の人と話せることが面白くて「もっと花のことを知れば、多くの人とつながれる」と、栽培などの知識を増やした。
他の商品担当になった後も、花への思いが忘れられず、28歳だった2000年の夏、足利フラワーリゾートに転職。ちょうど園内のレストランから夜に見える景色を美しくしようとイルミネーションで園を彩り始めていた頃で、ホームセンター時代の仕入れ経験をかわれ、電飾を業者から仕入れる担当になった。当時の電球数は約1万5千球。「今のような形は想定していなかった」と振り返る。
だが、「もっと見せて」という来場者の声にも励まされ、花を光で表現するように。大藤のほか、バラ、ツツジ、スイレンなど10種類近い植物の再現に次々挑んだ。今では、オブジェの付いていない電球も含めると、園全体で約450万球の一大イベントに「育ててきた」。
その結果、長崎のハウステンボス、札幌の市街地と並び、17年に日本の3大イルミネーションの一つに選ばれた。一般社団法人夜景観光コンベンション・ビューローが認定する「夜景鑑賞士」ら約5千人が、全国に約300ある中から投票で選んだ。植物園ならではの独創性が評価されたという。
電球は一つ一つ、職員約50人がかりで取り付ける。肥料や水やり、刈り込み、花壇の改修や配置の変更といった「本職」の合間に取り組む作業だ。長谷川さんも春に黄色の花をつけるキバナフジの栽培担当だけに「春に咲く本物の花に興味を持ってもらいたい」という思いは忘れない。
「(本物を)春も見てみたいね、という言葉を聞くとうれしいですね」
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