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#1 金正男暗殺を追う

<金正男暗殺を追う>1年前の告白「しばらくパリを離れます」

2016年6月、パリで撮影された金正男氏の写真
2016年6月、パリで撮影された金正男氏の写真

目次

 北朝鮮の最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン)氏の兄、金正男(キム・ジョンナム)氏の暗殺事件は世界に衝撃を与えた。最高指導者の後継レースから脱落し、祖国を離れて長い彼が、なぜ命を狙われたのか。なぜマレーシアに来ていたのか。犯行グループの素性は……。謎を解く手がかりを、正男氏の足取りから探っていく。(朝日新聞国際報道部記者・乗京真知)

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カメラがとらえた白昼の暗殺劇

 2017年2月13日午前、マレーシアの国際空港の監視カメラは、白昼の暗殺劇の一部始終をとらえていた。

 実行犯の若い女が猛毒の神経剤「VX」を手にとり、出発ホールに現れた正男氏の顔に塗りつけた。すぐそばには北朝鮮の工作員の影。犯行を見届け、立ち去った。正男氏は額に汗をにじませ、口から泡を吹き、意識を失った。

マレーシアの国際空港の監視カメラがとらえた金正男氏の姿=ロイター
マレーシアの国際空港の監視カメラがとらえた金正男氏の姿=ロイター

「叔母さん調子がよくない」

 正男氏が病床の叔母のことを周囲に語るようになったのは、2016年春のことだった。暗殺事件が起きる1年前だ。

 「パリにいる叔母さんの心臓の調子がよくない。手術を受けることになるかもしれない」

 フランス語が堪能な正男氏は、それまでもたびたびパリを訪ねていたが、手術を前に滞在日数を延ばし、頻繁に病院に足を運んでいた。診断の結果や術後のリスクについて医師と相談し、その内容を朝鮮語に訳して叔母に伝える必要があった。

 同年5月末には友人に近況を知らせている。「叔母は手術をひどく怖がっている。本当に手術が必要なのか改めて検査している」。介護経験がある知人と会い、相談を持ちかけることもあったという。

「育ての親」ともいえる恩人

 叔母は、故金正日(キム・ジョンイル)総書記の妹の金敬姫(キム・ギョンヒ)元党書記。正男氏の母・成恵琳(ソン・ヘリム)さんは闘病のためモスクワに移住しており、代わって叔母が夫の張成沢(チャン・ソンテク)元国防副委員長とともに正男氏に目をかけた。

 正男氏にとって叔母夫婦は「育ての親」ともいえる恩人だった。

 張成沢氏が13年に処刑された後、叔母の動静は途絶えた。死亡したと伝えるメディアもあったが、実際には滞在に寛容なフランスに逃れていたという。欧州に移した貯蓄を切り崩しながら生活していたとみられている。

張成沢氏の処刑を伝えるニュースを映すテレビの前を通り過ぎる韓国の兵士=2013年12月、ロイター
張成沢氏の処刑を伝えるニュースを映すテレビの前を通り過ぎる韓国の兵士=2013年12月、ロイター

異国の叔母、母の面影

 2016年9月までには叔母の手術が終わった。正男氏はマカオの自宅にいったん戻ることを決め、床に伏せる叔母に「しばらくパリを離れます」と告げたという。雑談した後、病室を去ろうとする正男氏に、叔母はこう声をかけた。「明日は何時に来てくれるの?」。叔母にとって正男氏がいないパリは、さぞ心細く思えたに違いない。

 かつて正男氏を支えた叔母は、時を超えて正男氏の看病に支えられ、生きていた。そして正男氏は、異国で病と闘う叔母の姿に、モスクワの母の面影を、重ねて見ていたのかもしれない。

     ◇

【金正男氏殺害事件】マレーシアの首都クアラルンプールの国際空港で2017年2月13日、正男氏が顔に猛毒「VX」を塗られ、殺害された。マレーシア当局は実行役の女2人を殺人罪で逮捕・起訴。犯行を指示したなどとして、北朝鮮の秘密警察や大使館の男ら8人の名前を公表した。だが、このうち逮捕した1人も証拠不十分で釈放されるなど8人は全員が出国。北朝鮮に戻ったとされ、事件の全容解明が難しくなっている。

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