連載
「まぶしい」とからかわれた薄毛 前向きに受け入れた社長の思考とは
他の人と異なる外見をさげすむ「見た目問題」。顔や体形を思い浮かべがちですが、薄毛を巡る偏見にも根深いものがあります。周囲から安易に笑いの対象とされ、傷つく当事者は少なくありません。否定的に語られやすい薄毛を、どうしたら前向きに受け入れられるのでしょうか?自身も薄毛に悩み抜き、コンプレックスと向き合う事業を立ち上げた、男性社長の話から考えます。(withnews編集部・神戸郁人)
取材に応じてくれたのは、「カルヴォ」(大阪市北区)の松本圭司社長(45)です。薄毛の人向けに、服装の提案や、プロカメラマンによる撮影体験といったサービスを提供しています。
20代後半で抜け毛が増え始めた松本さん。当時勤めていたメーカーでは、オフィスに入った途端、同僚から「まぶしいな」「これなら電気をつけなくても良い」などと言われたそうです。
以来、薄毛への恐怖心がふくれあがりました。飲み屋で隣り合ったグループから「ハゲ」と聞こえ、「自分のことでは」とおびえたことも。風圧で髪形が崩れないよう、駅では電車に近づかないなど、いつも頭に神経を集中していたといいます。
「薄毛をからかうのは、肥満の人を『デブ』と侮辱することと同じ。でも周囲は、『そんなに傷つかないだろう』と勝手に考え、当事者に価値観を押しつけてしまうんです」
「一方で、からかわれた方が過剰に反応すると、『大人げない』『男らしくない』と思われます。本来なら定量化できない髪の量が、優劣の判断に使われている感じでした」
その後も、高額な発毛剤を試したり、育毛サロンに通ったり。しかし「車1台分」ものお金をつぎ込んでも、髪の毛が再び豊かになることはありませんでした。
転機は約6年前、経営修学士(MBA)の資格を取るため、神戸大学の社会人大学院に通ったことです。
「もう、隠すのにも増やすのにも疲れた」。同じ授業をとる仲間との飲み会で、薄毛の悩みを打ち明けた松本さん。「それ、面白いね」「もしかしたら、ビジネスになるんじゃない?」。周囲から、そんな声が次々と上がりました。
「俺、何で薄毛が嫌なんだろう?」。仲間と議論して得た答えは、「薄毛に対する恥ずかしさ」と「周囲の偏見」でした。
そこでチームをつくり、恥に関する新たなビジネスの手法を研究。その結果、薄毛の人にファッション情報などの需要があると知ったそうです。
研究の過程で、薄毛こそが「売り」になると気付いた松本さん。その強みを生かす方が、偏見を変えるより早いと考え、2016年8月にカルヴォを起業しました。
松本さんによると、薄毛のマイナスイメージは、小物をうまく使うだけで大幅に改善できるといいます。
たとえば、眼鏡。フレームが細かったり、肌に近い淡色だったりすると、薄毛が強調されてしまいます。逆に、黒縁などで骨組みが太いものであれば、視線がそちらに向くため、頭の印象が薄れるのだそうです。
「色みの強いネクタイやストールを併用するのも効果的です。重要なのは、とにかく相手に目線を下げてもらうこと。私はこれを、『顔重心』などと呼んでいます」
髪形を整え、清潔感を保つことも大切といいます。薄毛の人の髪は、横方向に伸びるスピードが速く、縦横のバランスが崩れがち。松本さんは、サービスの利用者に「2週間に一度の散髪」を提案しています。
「でもね」と松本さん。「外見以上に重要なのは、誇れる自分になることだと思うんです」
社名のカルヴォは、スペイン語で「薄毛」という意味です。過去に訪れた南欧で、薄毛でもおしゃれをして、さっそうと歩く人々に憧れた経験から、名付けました。
コンプレックスと思っていたものが、人生を豊かにしてくれることもある。経験に基づく、そんなメッセージも込めているそうです。
このことは、若くして薄毛に悩む人たちにも通じると、松本さんは考えています。
「多感な思春期に、見た目が周囲と少し違うと、苦しい経験をするかもしれない。でも、『薄毛って本当にバカにされるべきものか?』とも考えてほしいんです。人の価値を髪の量で決める人とは、付き合わなくていい」
「むしろ、自分の魅力を見つけ、伸ばすのに時間を使ってもらいたい。主体的に変わることは、必ずできます」
「そして『苦しんだ経験は、世の中を居心地良くするための力になるよ』とも伝えたいですね」
1/9枚