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キャッツ、震災が変えた「ゴミのオブジェ」 劇場に紛れるご当地ゴミ
劇団四季のミュージカル「キャッツ」の劇場に一歩足を踏み入れると、そこはもう猫たちがいる街角のゴミ捨て場。猫の世界をとことん追求した細かな装飾は、思わず「ここまでやる!?」と、うなるほど。今回は、劇場や舞台担当の裏方にスポットをあてます。(文・岡田慶子、撮影・遠藤真梨)
街中で、黄色い猫の目がドーン!とプリントされたドーム型テントを見たことはありませんか? あれが「キャッツ・シアター」です。
「キャッツ」は、こうした専用の劇場を建てるほか、既存の劇場の中に専用の舞台をつくる「シアター・イン・シアター方式」を採り入れている点でもユニークな演目。
年単位のロングラン公演ができるのも、劇場全体でゴミ捨て場を表現できちゃうのも、こうしたキャッツ仕様の劇場があるお陰なのです。
その劇場内は…というと、人間の方が猫たちの根城に迷い込んだような雰囲気。
客席両側の壁には、ゴミのオブジェがぎっしりと並び、冷蔵庫や車、時計、携帯電話、懐かしの「たまごっち」……と、その量11トントラックで51台分。汚れや傷も克明に再現され、猫の目線を味わえるようにサイズも実物の3~5倍になっています。
開演前や幕あいに探してほしいのが、公演地にちなんだ「ご当地ゴミ」。大阪公演では、たこ焼き器や阪神タイガースの応援バットなど、28個が紛れています。
「キャッツ」は初演から、土屋茂昭さんが舞台美術を手がけています。「土屋さんのゴミのオブジェへの思いは、東日本大震災を経て変わりました」。そう教えてくれたのは、大阪公演の舞台監督、福永泰晴さん(34)です。
あの年、劇団四季は「ユタと不思議な仲間たち」というミュージカルをもって、被災地をまわりました。公演の下見で現地を訪れた土屋さんはがれきの山を目にして、「ゴミ一つひとつにも誰かの思い出がこもっているということを、すごく意識するようになった」とのこと。
以来、ゴミのオブジェを単なるセットではなく、「思い出のかたまり」として捉えるようになったそうです。
「キャッツ」の主人公は、人間に媚びず、自らの生を謳歌する24匹の猫たち。野性味にあふれ、爪を立てるかのように指を伸ばしたかと思えば、毛を逆立てる威嚇のポーズも。舞台上も、四つんばいで滑って移動します。
そんな猫たちを見やすくする工夫が、ステージの傾き。客席に向かって2度傾いていて、さらに客席へは4本のスロープが伸びています。猫たちはここを滑り、ステージと客席を自在に行き来するのです。
また通常の舞台では、役者は上手や下手の「袖」から、出たりはけたりするもの。ところが「キャッツ」は、劇場内にいくつもの出入りルートが。あちこちのゴミの隙間から姿を現す猫たちは、まさに神出鬼没。…まあ、考えてみたら、野性の猫なのにきちんと袖にはけていったら、やっぱり変ですもんねえ。
「床が滑りやすくなるよう、2週に1回は電動やすりで削って、その上にワックスを塗っています」と話すのは、舞台監督の福永さんです。
福永さんは音響や照明、舞台装置の12人のスタッフを束ね、セットや装置に不具合がないか、毎日500項目以上を点検します。ヒューマンエラーがないように2人がかりで、それもほんの1時間で。ちゃっちゃっと点検を進めていく手際の良さは、俳優たちのチームワークにも劣りません。
一方で「舞台は生もの」とも言われるように、どれほど入念に準備をしても、予期せぬトラブルの可能性は常につきまとうもの。
「キャッツ」でも、初演の年(1983年)にラストシーンで停電が起き、猫たちがアカペラで最後まで歌い続けたという逸話が残っています。また、台風のため公演の振り替えを決めたものの、それを知らずに250人が来場し、急きょ幕を開けたこともあったのだとか。
福永さんは上演中も、不測のトラブルに備え、舞台袖に待機しています。何かあれば、できるだけお客さんにわからないよう、こっそり対処するのも仕事のうち。
「『キャッツ』は一生素直に見られないでしょうね。裏で何をしているかわかってしまうから。他の舞台を見ても、裏方や仕組みが気になっちゃうんですよね。もう職業病です(苦笑)」
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