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劇団四季、団員が味わう「キャッツ筋」の苦しみ 本番直前の儀式
劇団四季のミュージカル「キャッツ」は、ほぼ猫しか出てこない(ほかはネズミとゴキブリ)という異色のミュージカル。俳優たちは猫らしく見えるように舞台上を四つんばいで滑ったり、手足をしならせて歩いたり。こうして鍛えられた筋肉は「キャッツ筋」と呼ばれています。華やかな舞台の裏側には、決して表に出ることのない俳優たちの努力がありました。(文・岡田慶子、撮影・遠藤真梨)
「キャッツ」が上演されている大阪・梅田の四季劇場にお邪魔しました。人気(ひとけ)のないロビーに発声練習の声が聞こえてきたり、照明の落ちた劇場の片隅にストレッチをする人影があったり。俳優たちは朝一にもかかわらず、すでにウォーミングアップを始めていました。
開演3時間ほど前になると、ジャージ姿の俳優たちが鏡張りのリハーサル室に集まってきます。
ここからは、全員そろってのストレッチとバレエ。〝日直〟のかけ声やピアノの音に合わせて、入念に体をほぐしていきます。
その後は腹式呼吸のトレーニングと、「母音法」と呼ばれる発声練習。母音がしっかり響けば、セリフや歌詞の一言一句が聞こえやすくなる。そんなアイデアから生まれた四季ならではの発声練習です。
およそ40~50分のウォーミングアップの締めは、「キャッツ」の代名詞ともいえる「メモリー」。この感涙必至のナンバーを全員で、しかも母音だけで歌うのがお決まりです。
楽屋へと続く廊下には、こんな貼り紙があります。「一音落とす者は、去れ!」。不注意や怠慢を戒める、劇団四季の有名な格言です。
この言葉通り、私語もなくひたすら自分と向き合う24人の俳優たち。公演ごとに何時間もかけて丁寧に心身を整えていく様子は、緻密な職人仕事を思わせました。
「キャッツ」が描くのは、24匹の猫たちの舞踏会。彼らはたった一匹の「選ばれし猫」を夢見て、競い合うように、互いの生を祝うように、歌い踊ります。
プレーボーイ、マジシャン、グルメな金持ち、元娼婦…と、どの猫も人間と同じように個性豊か。そのうちメスの子猫「シラバブ」を演じるのは、五所真理子さんです。五所さんは2009年から、「キャッツ」の舞台に立ち続けています。
――猫を演じる上で、工夫していることは?
私の役は基本四つ足なので、単なるハイハイにならないように気をつけています。指を曲げて、手首の関節、ひじの関節、肩の関節、肩甲骨という風に、一個一個滑らかにしならせるんですけど、それが一直線になるとハイハイになっちゃうんです。
歩幅が大きすぎても子猫に見えないし、物に飛び乗るときも足が伸びると大人っぽくなっちゃうので、膝をおなかにつけてジャンプするようにしています。ちょっとしたことなんですけどね。
――「キャッツ」で使う筋肉は、ほかの舞台とは全く違うとか。「キャッツ筋」なんて言葉もあるそうですね。
クラシックバレエをやっていた頃と、筋肉の付き方はガラっと変わりました。「キャッツ」は舞台が客席に向かって傾斜しているので、どうしても反り腰になっちゃうんです。下り坂を踏ん張って、さらに堂々と見せるために胸を張るので。
久しぶりに「キャッツ」に出ると、誰もが筋肉痛になります。ほかの演目で四つ足歩行をすることはそんなにないので、胸筋の上だったり、腕、肩甲骨、腰と、もうすっごい筋肉痛に見舞われます。
――四季の作品の中でも、「キャッツ」の幕開けは印象的です。暗転した瞬間、いくつもの猫の目が光って。スタンバイしている、あの瞬間の気持ちは?
正直ドキドキです。緊張というよりは自分との勝負という感じで、私はいつもいますね。
本番って生きてるので、最初の音が鳴った瞬間、その先は何が起きるかわからないじゃないですか。同じ出演者でも毎回状況が違うし、お客さまも含めて全てが一期一会。その日の舞台がどうこうって考えるよりは、挑みにいくという感じがします。
――もともと劇団四季の「ライオンキング」を見て入団した五所さん。実際入って感じたことは?
よく「見る天国 やる地獄」って言われますけど、舞台はすごく華やかに見えるし、私もそれに感銘を受けて全身全霊で何かを表現したいなって思ったんですけど、それは並大抵のことじゃないですよね。
私が「ライオンキング」を見たとき、一人一人がすごく輝いてて、こういう風に舞台に立ちたい、こういうところに入りたいって思ったんですけど、やっぱり追求し続けないと本物にはなれないんだと思います。
――四季の俳優として、観客に届けたいものは?
これは四季の理念なんですけど、やっぱり「人生は生きるに値する」ということですね。生きることへの感動が四季のすべての作品のメッセージなので、劇団四季にいる限りそこは絶対に外したくないなというか、それを届けられる一人でありたいなと思います。
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