話題
高額療養費制度、ひとごととは思えない…子育て世代の難病患者の思い

話題
国会で議論になり、患者たちから大きな反対の声が上がり、この夏の引き上げを見送った「高額療養費制度」。医療費の助成を受けながら、働きつつ子どもを育てている難病のシングルマザーの女性は「引き上げはひとごととは思えない」と語ります。いつ、誰がかかるか分からないのが病気です。子育て世代の難病患者2人を取材した記者が振り返ります。(朝日新聞記者・枝松佑樹)
膨らみつづける医療費が社会問題となる中、自己負担を軽くするための助成を受けている難病患者2人を取材しました。
いずれも記者(41)と同じ子育て中の現役世代でした。
きっかけは、政府が「高額療養費制度」の自己負担の上限を引き上げようとしたことでした。
結果的に見送りになりましたが、医療費助成には難病助成などいくつか種類があり、削減の波が患者らの生活にどう影響するのか知りたかったからです。
取材した2人が国の指定難病と診断されたのは、仕事や子育てに充実した日々を送るさなかでした。
9歳の娘を育てる女性(53)が「シェーグレン症候群」や「クローン病」と診断されたのも、子どもが生まれる前後でした。
日高和泰さん(43)が「重症筋無力症」を発症したのは、子どもが2人生まれ、新しい仕事が軌道に乗った40歳のとき。
その後、2人とも失業や働きづらさに直面しました。
ひとり親として娘を育てる女性は、さまざまな症状が出る二つの難病だけでなく、乳がんも発覚して右胸を全摘。「どうして私ばかり……」と思ったそうです。
病気の症状や受診のために、勤務を週4日に減らしてもらいましたが、手取りが減って生計は苦しいといいます。
娘が習いたがっているだろうダンス――。「本当は、何も我慢させたくない」と願います。
日高さんが診断された「重症筋無力症」は、筋肉がすぐに疲れて、力が入らなくなる難病です。
患者のリハビリを支える作業療法士を「一生の仕事にするつもり」でしたが、上司から「もう患者を安全に車いすに乗せられないよね」と告げられ、退職を決めたといいます。
現在は身体障害者にオンラインで就労支援をするフルリモートの仕事をしていますが、働けなかった期間は、家族に対し負い目があったそうです。
難病を根治できなくても、治療で症状を抑え、働くことはできます。しかし、通院のための柔軟な勤務制度がまだ広がっていない職場もあります。
制度があっても、難病患者は見た目で分かりづらく、同僚や上司から「さぼっている」と誤解されることもあります。
また、症状は日によって変動が大きく、障害者手帳の取得のハードルになっています。難病患者は、働きづらいのに、障害者ほど手厚い福祉は受けられないのが現状です。
2人の収入は限られていますが、本来なら高額な治療費を医療費助成によって低く抑えることができ、かろうじて生活を維持してきました。
女性は、自治体のひとり親家庭向けの医療費助成制度で、負担は数千円に抑えることができています。だからこそ、高額療養費制度の負担上限額の引き上げの議論は、ひとごとに思えなかったそうです。
助成は、文字どおり「命綱」です。2人とも、体のきつさから生活保護の申請を考える瞬間があったそうです。
女性は「娘にダンスをさせたい」、日高さんは「子どもに笑顔の父親を覚えていてほしい」という思いで、自らを奮い立たせてきました。
もし助成が削減されたら、恐らく2人は生活を維持できなくなり、緊張の糸は切れてしまうでしょう。
難病支援に詳しい新潟医療福祉大学長の西沢正豊さんに話を聞くと、「軽症の難病患者が医療費助成によって治療をつづけて働くことができれば、社会にとってコストに見合う投資になりうる」と指摘していました。何度もうなずきました。
記者も明日、なにか難病を発症してもおかしくありません。もし医療費助成が削減されれば、それは将来の自分が受け取っていた助成かもしれない――。
そのとき、自分は2人のように力強く生きられるだろうか。我が子の顔をながめながら、そんなことを考えました。