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ファンって思われるの…そんなに恥ずかしい?“一発屋”髭男爵の疑心
芸能人にとって人気のバロメーターになるのがサインです。ところが、サインを求められて傷ついている人がいます。「サイン下さい!」の後につく「いや、子供がファンで……」の台詞。「親が好きで……」「親戚の子が……」「孫が……」。透けて見える「一応もらっておく」心理。“一発屋”芸人、髭男爵・山田ルイ53世さんに、サインで萎える気持ちをつづってもらいました。
昨年。
とあるネット配信番組のイベントに出席したときのこと。
『十代の若い男女がデートを繰り返し、本気の恋に落ちるまでを追いかけた、恋愛ドキュメンタリー番組』……昨今流行りのリアリティーショ―、その第二期の試写会である。
当日、僕はイベント会場となる建物の前で立ち尽くしていた。
言い渡された入り時間より、随分早く到着してしまったせいか、マネジャーや相方はおろか、知った顔が辺りに見当たらない。
(えーっと……どこから入れば……)
途方に暮れていると、エントランスから女性が一人姿を現し、
「おはようございまーす!楽屋まで御案内します!」
と此方へやって来る。
来訪するイベント関係者の誘導を任されたスタッフだろう。
「ありがとうございます!じゃあ、お願いしますー!」
ホッと胸を撫で下ろしたところに、タイミング良く、同じく出演者の芸人・永野が到着。
先程のスタッフを先頭に、三人仲良く楽屋へと向かう。
暫く進むと、一枚の扉の前で立ち止まる彼女。
ドアノブに手を掛け、
「こちらになりま……あっ!」
一旦、僕達に部屋の中へと入るよう促すも、何かに気付いたのか、
「すいません!間違えました!!」
ドアを閉め、踵を返し、再び歩き始めた。
数分後、無事楽屋に到着したものの、僕の心にはシコリが残ったままである。
シコリの正体は、さっき、スタッフが一旦開けすぐさま閉めた扉。
そこに大きく書かれた文字……『ゴミ置き場』である。
初対面、しかも、二十歳近く年の離れた若い彼女。
まさか、僕達を“イジッた”わけでもあるまい。
只の偶然、ハプニングだろう。
しかし、
「誰が……ゴミやねん……」
楽屋のドアに貼られた、“スギちゃん・髭男爵・永野”の名前を眺めつつ、先刻のスタッフの失態に一人ツッコんでみた僕の声は、自然とか細くなった。
迎えた本番。
客席を埋め尽くすのは、番組側に招待された女子高生100人。
駆け付けた取材陣の数からも、注目度の高さが窺え、自ずと気合が入る。
メインゲスト、『Dream Ami(当時)』の登壇で始まったイベントも中盤に差し掛かり、
「さあ、イケメン軍団に登場して貰いましょう!この方々です……どうぞ―!」
司会のアナウンサーの台詞に、
「キャ――――――!!」
会場はJKの歓声に包まれた。
しかし、次の瞬間、
「え―――――――……」
落胆、溜息、失笑……一気にトーンダウン。
当然である。
すわ、彼女達のお目当ての男性キャスト達の登場かと思いきや、
「どーも――――!!」
舞台に上がって来たのは、先述の芸人三組。
そりゃあ、萎える。
しかし、僕達には関係ない。
元々、この肩すかしの1ボケのためのオファー。
ガッカリ要員とでも言おうか……“一発屋”にはむしろお馴染みの仕事である。
「ちょっとちょっとー!なにこの雰囲気!?」
「コッチも呼ばれたから来てんだよ!」
悪態を吐き笑いに変え、場を盛り上げるのみである。
その後、イケメン君達も無事登場し、イベントは大盛況のうちに幕を閉じた。
正直、お茶の間の知名度という観点からすると、彼らを“スター”と呼べるのか僕には分からない。
しかし、客席の女子高生達の態度や表情は間違いなく、“ファン”のそれだった。
彼女達から逆算すれば、やはり彼らは“スター”と言えるのだろう。
『ファンです!』という言葉の形骸化が著しい昨今、羨ましい限りである。
ショッピングモールや企業パーティーなどの営業のステージ終わり、
「サイン良いですか?」
お客様や関係者の方々から声を掛けられる機会は少なくない。
いや、一度、地方営業に訪れると、書くサインの数は、大体、二十枚から三十枚。
それだけでも、一年間で軽く二千枚を超える計算なので、むしろ多いと言える。
僕如き“一発屋”にも、一応“ファン”と呼べる人々はいる……らしい。
“らしい”と弱気になるのには理由がある。
と言うのも、ここ数年来、僕は“自分のファン”を目視する機会が殆ど無いからだ。
『沢山サインは書くが、“ファン”の姿は見掛けない!これなーんだ?』……悲しい“なぞなぞ”、その答えは、“一発屋”である。
説明せねばなるまい。
僕の経験上、“一発屋”にサインを求める人達は、“言い訳”、あるいは、“責任転嫁”といった言葉を連想させる一言を付け足しがちである。
例えば、三十代半ば以上の方の場合、『サイン下さい!』の後には必ずと言っていいほど、「いや、子供がファンで……」という台詞が続く。これが、中高生、大学生辺りになると、「あのー、親が好きで……」といった具合。
「“一応”、“折角だから”、サインは貰っときたいけど、“一発屋”に『ファンです!』と宣言するのはちょっと恥かしいし、プライドが許さないな―……ってこと?」などと勘繰ると、
「いや、別に普通でしょ?」「考え過ぎ!!」呆れる向きもあろうが、これはまだ序の口。
老若男女問わず、そのバリエーションは豊富で、
「彼女が……」「親戚の子が……」「孫が……」「上司が……」
しまいには、
「バイト先の友達の知り合いが……」
(いや、もうええわ!!!)
待てど暮らせど、僕の前に“ファン御本人”が姿を現すことはない。
今や、年間何千枚と書くサインの大半が、『○○がファンで……』、裏を返せば、『僕自身はファンじゃない!』というエクスキューズ付きのものと化した。
彼らの言葉を真に受けるなら、潜在的な“僕のファン”は相当数に上るはずだが、御本人様に直接書いた記憶は、昨年など数えるほど。
ざっと計算しても、1%を遥かに下回る。
もはや、奇跡の範疇。
気付けば、いつも、僕のファンではない人達にサインを書いている。
甲斐がない。
因みに、この傾向……年々強まる一方。
疑心暗鬼になるのもお許し頂きたい。
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