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アニメ聖地「ご神体」を託された鴨川 「呪い」と呼ばれる壮大プラン
アニメファンにとって原画は「ご神体」とも言える貴重なアイテム。アニメ「輪廻のラグランジェ」の聖地・千葉県鴨川市では、その原画を受け入れ、保管する活動が進んでいます。「信頼関係がなければ、絶対できなかった」というこの取り組み。冬のコミケが始まった今、「聖地の失敗例」とたたかれたこともある鴨川の挑戦を振り返ります。
「輪廻のラグランジェ」は2012年に放送されたロボットアニメです。放送前から「鴨川が聖地を狙っている」と報道され、「鴨川がストーリーに介入した」という誤解まで生まれました。ファンに見放されたのか……と思いきや、実際は今でも、監督とファンが交流するイベントが開かれ、地道な活動が続いています。
2015年10月、鴨川にラグランジェの原画がやってきました。聖地が製作委員会から資料を預かるという、業界でも珍しい取り組みです。
アニメの原画は、放送が終わると雑誌やWebに使われ、それも終わると制作会社で保管されるそうです。でも、保管にもお金がかかるため、多くが廃棄されるといいます。
その状況を聞いた地元の「輪廻のラグランジェ鴨川推進委員会」が製作委員会に提案し、段ボール約140箱分の原画が鴨川で保管されることになりました。
鴨川に原画がやってきた価値について、保管の発案者でもある、元アニメ雑誌編集者で聖地巡礼プロデューサーの柿崎俊道さんは、「アニメ資料は『ご本尊』『ご神体』です。地域に『本物』『一点もの』が来ることで、鴨川が本当の『聖地』になりました」と話します。
紙の資料が廃棄されている状況とはいえ、どうして預かることができたのでしょうか?
「信頼関係がなければ、絶対できませんでした」
推進委員会の岡野大和委員長は言います。
制作会社の人たちと関係をしっかり築いていったという岡野さん。会議をやるだけではなくて、一緒に飲んで、食べて、お互いを理解し合って、ビジネスを超えた関係を作ったそうです。
岡野さんは、「鴨川は聖地ビジネスではなく、カルチャーをめざしていると言ってくれる人もいますが、まさに自分たちもそういう考え方です。アニメは日本の文化。制作資料が廃棄されて残っていない状態だと、文化として残せないですよね。だから、保護する。他の地域にも広がっていってほしいです」と話します。
今年2月、鴨川で移設した原画を囲む限定イベントがありました。集まったのは、これまでもラグランジェのイベントに参加し、鴨川と濃密な関係を築いてきたコアなファンや関係者。千葉県内はもちろん、東京、福岡からの参加者もいました。
ファンに混じって鈴木利正監督の姿も。監督とファンの距離の近さに驚きましたが、鴨川では自然のことのようです。
鴨川が原画を保管することについて、鈴木監督は「制作者としてありがたいことです」と話します。
「『輪廻のラグランジェ』という作品は聖地巡礼的なところで、若干、曰く付きの作品です。だけど、ファンの方に対するイベントやサービス、おもしろいことをやってくれて嬉しいし、鴨川推進委員会の方が大好きです」
鴨川へのディープな愛を感じました。
7~9月、鴨川市郷土資料館で保管されている原画の展示がありました。1話のストーリーがわかる原画約150枚を展示し、アニメが作られる過程についての説明書きも。北海道や新潟、福岡などから、のべ1257人が訪れました。2014年に開催したラグランジェ展にものべ1541人が来場。3年経っても変わらず愛されている様子が分かります。
郷土資料館で展示を企画することについて、担当の高橋誠さんは「(ラグランジェ展をきっかけに)彫刻やいろんなものを見てもらって、次に歴史的なものやるときに、おもしろそうだねと思ってもらえれば。(ラグランジェは)郷土資料館に足を運んでもらうためのコンテンツの一つでもあります」。
市で推進委員会との窓口役になっている農水商工課の小倉信也さんは「設定は2032年ですが、実際32年になったらアニメの風景がなくなっているかもしれません。これを絵で残していただいたのは非常に貴重です」と話します。
鴨川の景色が描かれているアニメや原画が、記録写真のようになるかもしれません。
2012年のイベントでは、総監督や声優たちが集まり、タイムカプセルを埋めました。掘り起こしは、アニメの舞台である2032年です。……2020年東京五輪のはるか先。アニメ放送のときに生まれた子どもたちは、成人しています。
そんな先のイベントを予定している聖地は珍しく、ネットでは鴨川の活動を「呪い」と表現する人までいました。
輪廻のラグランジェ鴨川推進委員会の岡野さんは言います。
「32年に果たして聖地巡礼という言葉自体が残っているのか。アニメの取り組みをやっている地域がどのくらいあるのか。そのときは鴨川だけかもしれませんね」
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