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電通過労死「週休3日 無理に決まってる」元役員 実名で”最後の独白”
新入社員だった高橋まつりさん(当時24)が過労自殺し、労災認定されたことに端を発した電通の違法残業事件。電通元常務執行役員の藤原治氏は、電通にIT企業のような「週休3日制」を導入するのは「無理に決まっている」と言います。「電通がネット時代にふさわしい労務管理をきちんと構築できれば、多くの日本企業のモデルとなる」。かつて経営の中枢にいた電通元役員。“最後の独白”が訴えることとは?(朝日新聞記者・高野真吾)
―電通は、7月下旬に開いた「労働環境改革基本計画」の説明で、「『週休3日制』移行の検討」を盛り込んでいます。これはネット時代を見すえた改革にはなりませんか。
「ネット時代を見すえた改革は必要ですが、電通では『週休3日制』は実現できません。クライアント相手の会社なのですから。クライアントから平日に電話がかかってきて、不在だから対応できないと言えますか? 無理に決まっています」
―希望する全社員を対象にした「週休3日」の導入検討をしている会社には、IT大手のヤフーがあります。
「時間を飛び越えるネットが社会のど真ん中にある時代に、時間管理を基本とする労働基準法がいかにマッチしていないか。宮坂学社長の言葉を拾うと、見えてきます。今年の『文藝春秋』1月号の記事『ヤフー49歳社長の週休三日宣言』を、少し長くなりますが引用します」
―ヤフーの取り組みは、これまでの大企業のスタンスと比べると、かなり、大胆な発想です。
「現行の労働法に縛られているから、『週休三日』など思いもつかないのです。ですが、独創的な発想を求め、なおかつ優秀な人材確保も必要とするIT企業だと、こうした考え方に必然的にたどりつきます。もう、時間管理を小手先で変えるにすぎない『フレックスタイム制』がはやる時代ではないのです」
―一方で、ヤフーの取り組みを持ち出すまでもなく、電通の長時間労働はあるべき姿とはかけ離れているのも事実です。
「おっしゃる通りです。臆面もなく言わせてもらえれば、電通の事件を契機に、日本人全体の働き方がもっと前向きに変わって欲しい。それがこのインタビューを受けている理由の一つでもありますし、わざわざ労働法の限界など小難しい話を持ってきた理由でもあります」
「その点からすると、現実に進もうとしている政策の中で、納得できないものがあります。政府が労基法改正案で『残業時間の罰則付き上限規制』を『繁忙期の上限は月100時間未満』としていることです」
―どこが納得できないのでしょうか
「その100時間は、労働者の健康を確保できる合理的な数字なのでしょうか。元経営側の率直な意見として、経営者はとかく従業員を働かせたがります。経団連より、専門の医師や弁護士などに聞くべきです。労働者の健康確保を第一に、合理的根拠を持った数字に決定する必要があります」
「また、違反した会社には罰金を科すのでなく、『増員』を義務づけることを提案します。何百億円も利益を生み出す企業にとって、幾ばくかの罰金は法を順守しようとするインセンティブにはなりません。人手不足で人材確保が難しい今だからこそ、より企業に負担になる増員が効果的です」
―政府、経団連、連合の議論は、とかく「100時間」「80時間」などの上限時間に終始していました。
「繰り返しになりますが、労働時間で仕事の成果をはかることは難しくなってきています。製造業を中心とした大がかりな製造装置を抱える『モノ会社』なら、まだ可能です。ベルトコンベヤー式の工場労働は、労働時間が仕事の成果にほぼ直結していますから」
「ところが電通などの広告会社やIT企業のようなモノがほとんど関係しない『ヒト会社』は様相が違います。3日後のコンペで他社に勝てるアイデアは、いつ出るか予測できますか? 5分後に出るかもしれないし、2日かけても出ないこともある。単純に時間をかければ成果が上がる働き方よりも、シビアな面があります。こうした会社は『時間管理』より、『成果管理』の方が合っています。現行の労基法から離れた、新しい考え方が必要になります」
―藤原さんのいう「モノ会社」と「ヒト会社」では、例えば労使交渉や組合のあり方もかわってくるのでしょうか。
「『モノ会社』は従来と同じ『団体労働者』を相手とするから、労使交渉は労働組合が担います。『ヒト会社』は『個』を重視するから、通常の労使交渉は『個人』がやることになります。労組は不要です」
「賃金交渉は、個人が各人の成果の予測に基づき、課長の成果予測に対する評価を織り交ぜて決めます。成果予測には、従来の残業代相当も含めます。残業時間を決める36(サブロク)協定による、時間の総量規制が外れますが、過重労働にならないように、自分で管理します。機能を上げ、過重労働部分は通常労働に変換させる以外にありません」
―人工知能(AI)の進展を考えると、これからは確かに「ヒト会社」的な働き方をする労働者が増えそうです。
「モノと関わらない仕事、時間で成果がはかれない仕事を会社としてどう正当に評価し、どう従業員の働き方をコントロールしていくのか。『ヒト会社』の代表的な企業である広告会社の電通に投げかけられた最大の課題は、この解決です」
「電通が自社の業務にマッチした経営管理やネット時代にふさわしい労務管理をきちんと構築する。独特の企業体質の改善と合わせ、一時的な利益を損なってもやり遂げる。その成果は広告業界だけでなく、多くの日本企業のモデルとなり、広く社会に貢献できます」
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藤原治(ふじわら・おさむ)1946年、京都府生まれ。東大法学部卒、慶大大学院経営管理研究科(MBA)修了。72年に電通入社し、新聞雑誌局地方部に勤務。88年、世界平和研究所に出向。その後、電通・経営計画室長などを経て、2004年、電通総研社長兼電通・執行役員(05年、常務執行役員)に就任。06年退社。著書に「ネット時代10年後、新聞とテレビはこうなる」(朝日新聞社)、「広告会社は変われるか」(ダイヤモンド社)など
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