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電通過労死「落とし所、用意されていた」元役員、実名で”最後の独白”
新入社員だった高橋まつりさん(当時24)が過労自殺し、労災認定されたことに端を発した電通の違法残業事件。9月22日に開かれた初公判で電通の社長は「ご本人、ご遺族の方々に改めておわび申し上げます」と謝罪をしました。電通元常務執行役員の藤原治氏は「初めから落とし所が用意されていたとも思う」と言います。「電通の恭順の仕方は、過剰とも思えるほど」。かつて経営の中枢にいた電通元役員。”最後の独白”が訴えることとは?(朝日新聞記者・高野真吾)
―9月22日に違法残業事件の刑事裁判が開かれ、出廷した電通の山本敏博社長は「企業のあるべき責任を果たせなかった」と話しました。社長自らが出廷する刑事裁判を古巣の電通が引き起こしたことを、どのように捉えますか。
「ヒト1人の命を奪う事件を起こした訳ですから、電通はこれまでの姿勢を改め、今後は遵法(じゅんぽう)精神でいくのでしょう。ただ、7月下旬に発表された『労働環境改革基本計画』を見ましたが、完璧すぎ、実行すればするほど、クライアントから文句が出ないかと恐れます」
「さらに付け加えると、この初公判も含め一連の事件に対するマスコミ報道の扱い方は、異常だったとはっきり申し上げたい。昔の広告会社は、職業として三流扱いされていました。それが、経済のソフト化の流れに乗って広告会社は成長を遂げ、そのトップ企業である電通は誰もがうらやむ会社になりました。給料の高さや、一部社員の派手な振る舞いという要因もあるでしょう。良い意味でも悪い意味でも電通は目立つ、マスコミ受けする会社だということなのでしょう」
―将来のある新入社員が過労自殺した事実は、その背景を含め広く世間に伝える必要があると思いますが?
「社会正義の意識で報道してきた社もあるかもしれませんが、多くのマスコミが新入社員の特性に飛びついたという側面は見逃せません。最高学府の東大卒であり、目立つ容姿の女性だったことです。また、安倍政権は『働き方改革』を目玉政策にしています。長時間労働を減らそうと議論している中、電通の行いはそれに逆行していた。電通をスケープゴート扱いにした感すらあります」
「かたや電通の恭順の仕方は、過剰とも思えるほどでした。社員が過労自殺した他社の例からすると、今回の事件で社長の辞任などあり得ません。略式起訴され、せいぜい現場責任者の首が飛び、さほど多くない罰金で終結するケースのはずです。ですが、電通では正式な刑事裁判が開かれ、今年1月に社長が石井直さんから山本敏博さんに交代しました」
―私が取材した複数の現役社員からも、藤原さんと同じようにマスコミはどうしてここまで報じるのか分からないという声を聞きます。
「電通の仕事は、黒子です。広告を通して、クライアントを有名にしますが、自分たちにはスポットライトはあたらない。だから、騒がれることに慣れていない面があります。その上、クライアント命の客商売の会社です。電通が社長交代に乗り出したオーバーリアクションは、広告会社ならではとの感想を抱いています」
「一方、広告業界に精通した私からすると、初めから落とし所が用意されていたとも思うのです。2020年に東京オリンピックがあるからです。東京五輪は、電通抜きにはできません。電通を追い詰めすぎ、公(おおやけ)の仕事ができなくなると、東京五輪も空中分解しかねません。厚生労働省や東京地検は、振り上げ拳での追及の手を緩めないでしょう。ですが、色々な力学のもと、『そこそこ』での手じまいがある時点で『ビルトイン』されていたはずです」
―東京五輪絡みの話の真偽は私には分かりませんが、電通は自社の「働き方改革」に取り組んでいます。7月下旬には、先ほど藤原さんが話に出した「労働環境改革基本計画」を説明しました。
「ペーパーを拝見しましたが、一読するに管理部門の『社内官僚』が、机上の理想論をまとめたに過ぎないと感じました。最初の方に、『法令遵守(じゅんしゅ)・コンプライアンスを徹底』と出てきますが、仕事の中身を変えない限りは、現場は今までのやり方を続けざるを得ない。電通の社員は優秀です。仮に管理部門が締め付けを厳しくすると、面従腹背で表面上は従うけど、こっそり抜け道を探すでしょう。そうしたことにならないか心配です」
―今年2月には外部識者3人を呼び「労働環境改革に関する独立監督委員会」を設け、「助言および監督、ならびに施策遂行を通じた改善実態の検証を行う」としています。
「有名な人を呼んで格好をつけるという、広告会社らしいやり方です。自分たちでできる自信がないからでしょう。外部識者たちが、きちんと広告会社の現場の仕事を分かって助言、監督、検証をしているといいのですが…」
―先ほどからお話の中に、「現場」という単語が頻出します。
「私は1972年に電通に入社し、34年勤めた後、2006年に退社しました。最後の肩書は、本社の常務執行役員と電通総研の社長の兼務でした。入社時に新聞雑誌局で地方紙を担当し、15年ほど現場で経験を積みました。電通は現場が力を持っている独特の企業体質です。指導者は、その現場の働き方や思いが分かってないと、電通という会社を動かせません」
―藤原さんは電通を辞めた翌年の2007年に「広告会社は変われるか」(ダイヤモンド社)を出版しています。
「本の中で、広告会社は2010年代に経営管理の抜本的な見直しを迫られると予測しました。従来型の経営管理では、ネット広告のビジネスに対応できないからです」
「その2010年代半ばに、東大の後輩でもある若い女性が、まさにそのネット広告の部門で長時間労働を苦に自殺してしまった。近年の私は、電通OBの集まりにも一切出席せず、娑婆(しゃば)から離れ、静かに哲学書や美術書を読みふける日々を過ごしていました。しかし、今回の事件はとても他人事として放置することはできません。顔出しでインタビューを受けることは、もう最後になるでしょう。元電通幹部として、自責の念を抱えながら、私が知る電通の全てを洗いざらい『遺言』として語ります」
藤原治(ふじわら・おさむ)1946年、京都府生まれ。東大法学部卒、慶大大学院経営管理研究科(MBA)修了。72年に電通入社し、新聞雑誌局地方部に勤務。88年、世界平和研究所に出向。その後、電通・経営計画室長などを経て、2004年、電通総研社長兼電通・執行役員(05年、常務執行役員)に就任。06年退社。著書に「ネット時代10年後、新聞とテレビはこうなる」(朝日新聞社)、「広告会社は変われるか」(ダイヤモンド社)など。
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