MENU CLOSE

話題

電通過労死「ネット広告 法令違反は必然」元役員 実名で”最後の独白”

電通元常務執行役員の藤原治さん。高橋まつりさんの労災認定は朝日新聞の1面で報じられた
電通元常務執行役員の藤原治さん。高橋まつりさんの労災認定は朝日新聞の1面で報じられた 出典: 朝日新聞

目次

 新入社員だった高橋まつりさん(当時24)が過労自殺し、労災認定されたことに端を発した電通の違法残業事件。電通元常務執行役員の藤原治氏は「ネット広告の部署で、法令違反が顕著となったのは必然」と言います。「労基法で救えない分野が現れ、根本原則も修正せざるを得なくなる」。かつて経営の中枢にいた電通元役員。”最後の独白”が訴えることとは?(朝日新聞記者・高野真吾)

【PR】手話ってすごい!小学生のころの原体験から大学生で手話通訳士に合格
【電通元役員"最後の独白"】
・「落としどころ用意されていた」恭順の仕方「異常」
・「問題は、鬼十則じゃない」二つの特殊な体質
・「ネット広告、法違反は必然」切れ目なく続く仕事

「役員になるのは難しいが、務めるのは簡単」

 ―過労死を引き起こした電通の企業体質とは?

 「管理部門の方針が徹底されない『現場優先体質』に加えて、『経営管理の不在』もあります。常務執行役員になった私が言うのは非常にはばかられますが、電通では『役員になるのは難しいが、役員を務めるのは簡単』と言われてきました。『簡単』の背景には、経営層や管理部門は余計な口出しをせず、現場に任せておけばいいとの考えが見て取れます」

電通元常務執行役員の藤原治さん。電通では「役員になるのは難しいが、役員を務めるのは簡単」と言われてきたという
電通元常務執行役員の藤原治さん。電通では「役員になるのは難しいが、役員を務めるのは簡単」と言われてきたという

多くの経営陣「現場監督」のまま

 ―藤原さんは、MBA(経営学修士)を持っていますよね。

 「私は新聞雑誌局で地方紙を担当し、15年ほど現場にいる中で、広告会社のマネジメントに興味を持つようになりました。国内留学制度を利用し、慶応大のビジネススクールに2年間通って、MBAを取りました。その後、経理局、経営計画室長を経て、役員入りしたのです。経営が分かる役員だったと自負しますが、そういう役員は少数でした。ずっと現場で成績を積み上げ、経営陣にそのまま入ってきた『現場監督』が多数派だったのです」


 ―「現場監督」だと何が問題なのでしょうか。

 「経営陣には、現場よりも一段高い視点が求められます。現場だけでなく、管理部門や国内外子会社を含め、中長期に電通グループ全体の利益、繁栄を考えないといけません。『現場監督』のままでは、その仕事はできません」

藤原さんが通った慶応大のビジネススクールHP
藤原さんが通った慶応大のビジネススクールHP

色濃い「体育会系風土」

 ―電通の企業体質では「体育会系」ということが指摘されてきました。

 「先輩の命令は絶対という『体育会系風土』が色濃いのは事実です。実際、有名大学の体育会で活躍した人材を多く採用し、現場に入れてもいます。もともと電通には残業規制を含めた会社からの細かい管理を現場が嫌う『ユルユル体質』。黒子役が求められるあまり外部からのチェックが働きにくい『履き違えた自由体質』。二つの特殊性がありました。これらに『現場優先体質』『経営管理の不在』『体育会系風土』を加えうると、事件の背景が透けて見えてきます。それぞれの組織の結束は強固なものになりますが、各職場はタコツボ化し、いじめが生じやすくなるのです」


 ―そうした環境に慣れていない、新人の扱いはどうだったのでしょうか。

 「独特の強いプレッシャーを受けていました。新人が朝早く出社して上司や先輩のデスクを拭く。今はないと聞きますが、ある時期までは多くの部署で行っていました。また、私が新人時代にいた部署では、宴会の余興は新人の裸踊りと決まっていました。私は、反発して一切やりませんでしたよ。さすがにこの宴会芸の強要はなくなったと在職中に聞きましたが……。もともと体育会系の気質に慣れていないと、きついと感じる風土はあると思います」

電通本社ビル。会社は「体育会系風土」が色濃いという
電通本社ビル。会社は「体育会系風土」が色濃いという

ネット広告「仕事が切れ目なく続く」

 ―その新人だった故・高橋まつりさんはインターネット広告を担当する部門に配属されていました。
 
 「電通は1990年代まで、新聞、雑誌、テレビ、ラジオの四媒体を中心に広告業を展開してきました。そこに新分野としてスポーツなどのイベントを手がけるSP(セールスプロモーション)事業が加わりました」

 「この四媒体は物理的に掲載できる範囲が限定されています。仕事としては、決まった枠を埋めればいい。さらに一方方向のメディアのため、受け手の反応はネットほどには分かりません。いったん制作した広告は、しばらく変更なしで繰り返し使えました」

 「それに対し、ネットは物理的な範囲がなく、広告スペースも際限なく増やせます。広告のクリック回数も瞬時に正確に把握できます。結果、広告デザインの変更を頻繁に求められることになり、仕事が切れ目なく続いてしまう」

高橋まつりさんが過労死認定されたことを伝える昨年10月の朝日新聞の記事。1面に掲載された。
高橋まつりさんが過労死認定されたことを伝える昨年10月の朝日新聞の記事。1面に掲載された。 出典: 朝日新聞

「法令違反が顕著になったのは必然」

 ―ネット広告の労務管理は、四媒体の仕事よりも、難しいのですね。

 「『ユルユル体質』『履き違えた自由体質』で、四媒体の部署でも法令違反はしょっちゅうでした。ネット広告の部署で、それがより顕著となったのは必然です」

 「ネット広告専業の会社ならば、最初からネットの特性に合わせた労務管理を準備できます。ところが、長い歴史と実績のある電通だと、過去の成功体験に引きずられ適応が難しくなる。高橋さんが苦しめられた長時間労働は、電通の特異な企業体質とネット広告の特性が重なって起きた経営管理上のゆがみが生んだのです」


 ―電通では、社員の側に立つべき労組が会社に訴えていくことはなかったのでしょうか。

 「私は電通にあっては、なるべく自由人たらんとしていたので、労組のことは余り知りません。しかし、労組は元々、工場労働者に代表される『集団的労働者』を相手にします。電通みたいな会社では、その位置づけは大きくないと思います」

電通労組が昨秋、社員に向けて配布したビラ。朝日新聞記者が関係者から入手した
電通労組が昨秋、社員に向けて配布したビラ。朝日新聞記者が関係者から入手した

現行の労基法「全ての業務カバーできるのか」

 ―捜査の過程では、残業時間について労使が結ぶ「36(サブロク)協定」が労組の加入率の低下で、一時無効になっていたことが判明しました。

 「確かにこうした、ずさんな労務管理は問題で、速やかに改善すべきです」

 「ですが、私はそもそも現行の労働基準法が、全ての業務をカバーできるのかという問題意識を抱いています。現在、労働は驚くほど、多様化と質的変貌(へんぼう)を遂げています。賃金が働いた分に応じて払われるというのは世の常識ですが、問題はこの『働いた分』というのが、単純に時間だけで計算できなくなっている点にあります」

電通の36協定が一時無効になっていたことを伝える7月の朝日新聞記事
電通の36協定が一時無効になっていたことを伝える7月の朝日新聞記事 出典: 朝日新聞

「まつりさんの悲劇、構造的問題浮き彫りに」

 ―「働いた分」が時間で計算できない理由は?

 「労基法ができた戦後の経済状況は、まだ『復興』の域でした。主として復興を支えたのは重工業で、労基法が想定していた対象者は工場労働者でした。労基法に定める根本原則である『1週間40時間、1日8時間』は長年維持される基盤がありました」

 「しかし、昭和40年(1965年)代に入ると、高度成長期を迎え、第三次産業の比率も上がります。労基法で救えない分野が現れ、根本原則も修正せざるを得なくなります」

 「まず『変形労働時間制』を導入しました。『1週間40時間を守るなら、1日8時間は守らなくてもいい』というものです。月曜が10時間でも、火曜が6時間なら、つじつまがあうとします」

 「しかし、業務の多様化で、この最低限の改訂では追いつかない。じきに『1カ月単位の変形労働時間制』『1年単位の変形労働時間制』の導入に追い込まれます。『時間管理』が徐々に難しくなる中、社会はネット時代に突入し、いよいよ労基法の限界が見えてくるのです」

 「故・高橋まつりさんの悲劇は、日本社会が抱える構造的問題も浮き彫りにしたのではないでしょうか」

藤原さんの著書「広告会社は変われるか」(ダイヤモンド社)と「ネット時代10年後、新聞とテレビはこうなる」(朝日新聞社)
藤原さんの著書「広告会社は変われるか」(ダイヤモンド社)と「ネット時代10年後、新聞とテレビはこうなる」(朝日新聞社)

藤原治(ふじわら・おさむ)1946年、京都府生まれ。東大法学部卒、慶大大学院経営管理研究科(MBA)修了。72年に電通入社し、新聞雑誌局地方部に勤務。88年、世界平和研究所に出向。その後、電通・経営計画室長などを経て、2004年、電通総研社長兼電通・執行役員(05年、常務執行役員)に就任。06年退社。著書に「ネット時代10年後、新聞とテレビはこうなる」(朝日新聞社)、「広告会社は変われるか」(ダイヤモンド社)など。

関連記事

PICKUP PR

PR記事

新着記事

CLOSE

Q 取材リクエストする

取材にご協力頂ける場合はメールアドレスをご記入ください
編集部からご連絡させていただくことがございます