連載
#5 現場から考える安保
ミサイル防衛、「見える化」転換の防衛省 公開訓練で不安解消?
放物線を描いて飛んでくる弾道ミサイルを撃ち落とすミサイル防衛。北朝鮮が発射し続ける中、「国民の安心感の醸成に寄与する」(稲田朋美防衛相)という狙いで、防衛省が対応策の「見える化」を進めています。その一環として4年ぶりに公開訓練をしたので、早速取材に行ってきました。
東京都心から約20キロ、埼玉県にまたがる陸上自衛隊朝霞駐屯地。夏至の6月21日午前6時すぎ、川越街道に面した門の前に報道陣のカメラが並ぶ中、灰緑の大型車両が続々と到着しました。航空自衛隊でミサイル防衛を担う部隊が、地対空誘導弾PAC3やレーダーなどを搬入したのです。
音速を軽く超えて落ちてくる弾道ミサイルの軌道を捉えて迎撃できるよう、素早く装備を配置し、起動する訓練が、小雨のなか始まりました。
PAC3を積んだ車両は速度を上げて駐屯地のグラウンドへ滑り込み、取材スペースの前で停止。隊員4人が操作や確認に動き回ります。荷台から4本の足が地面に伸びて固定され、「ランチャー上昇!」という女性隊員の声が響き、発射機が40度ほど上を向きました。
もちろん訓練ではミサイルを撃ちませんでした。実際に弾道ミサイルを迎撃するときは、遠隔操作で発射されます。通信機器を背負った隊員が準備完了を連絡すると、4人は走って退避しました。
そこから300メートルほどの駐車場に、レーダーや射撃管制など他の車両が集結しました。PAC3に近いと危険ですが通信も必要なので、適度に離れています。電源車からや互いの通信のためのケーブル接続、装備の起動――。「確認」「クリア」などと隊員10数人が声をかけ合います。
レーダーが警戒音を鳴らしながら一回転して準備が整うと、隊員らはやはり退避。「戦場なので当然の行動です」と、報道陣に付き添った空自関係者が説明しました。
きびきびした訓練でしたが、実はこの朝霞駐屯地は、車両で運んできた装備がある最寄りの空自入間基地(埼玉県)から15キロあります。早朝の実施は通勤時間帯などの渋滞を避けるためでもありました。
北朝鮮が予告したうえで弾道ミサイルを撃つケースはまれです。迎撃の装備を離れた所から運んでいて、間に合うのか、という疑問がわきます。「本丸」の防衛省(東京都新宿区)の敷地内には、昨年8月に空自習志野分屯基地(千葉県)から運ばれたPAC3がずっと置かれています。
今回の公開訓練について、防衛省の担当者は「自衛隊の即応能力を見せて国民に安心してもらうためです。いわばミサイル防衛の『見える化』です」と説明します。
PAC3は北海道から沖縄まで空自の17部隊が2基ずつ持ち、2007年の配備以来、即応能力を保つため訓練を重ねています。ただ、これまでは「手の内はさらせない」として、実施したかどうかすら、個別にはほとんど明かしてきませんでした。今回のような報道陣への全面公開は10年の新宿御苑、12年の葛西臨海公園(いずれも東京都)、13年の万博記念公園(大阪府)の3例だけです。
ところが、昨年以来の北朝鮮による立て続けの発射で国民の不安が増しました。特に今年4月15日前後は故金日成国家主席の生誕105年にあわせて撃たれるのではと動揺が広がり、政府の関連部門のサイトへのアクセスや、「落ちたらどうすればいのか」といった電話の問い合わせが急増しました。
そこで、政府は国民向けのメッセージとして「見える化」にかじを切ったのです。稲田朋美防衛相は今月13日の記者会見で「順次全国で訓練を行う」と表明。「国民の安心感の醸成にも寄与する」として積極的に予定を明かし、一部を報道陣に公開する方針です。
防衛省は、今月は朝霞駐屯地のほか愛知、福岡、熊本各県で実施すると発表し、26日の北熊本駐屯地の訓練も報道陣に公開します。
こうした訓練は、先月の日米首脳会談で合意した「北朝鮮の脅威を抑止する具体的行動」の一環でもあります。15年に再改定した日米防衛協力のためのガイドラインでは「戦略的な情報発信を調整する」としており、両政府は自衛隊と在日米軍の共同訓練を初公開することも検討しています。
国内でPAC3を展開する日米共同訓練は実施自体がほとんどありません。米空軍嘉手納基地(沖縄県)のPAC3と連動するのか、米軍基地を守る形にするのか。北朝鮮が在日米軍基地を標的だと明言して地元自治体が不安を抱えているだけに、訓練内容が注目されます。
また、訓練の公開が国民の不安軽減につながるとしても、北朝鮮への牽制になるのかどうかはわかりません。自衛隊には「空気を読んでくれるような相手ではないし……」と、公開で手の内をさらしすぎることへの不安も根強くあります。
今回の公開では、「弱点」も見えました。PAC3がその場にあっても間に合うのか、という「そもそも論」です。PAC3やレーダーの配備にかかった時間は10数分。北朝鮮が発射した弾道ミサイルを日本海で海上自衛隊のイージス艦が撃ち漏らした場合、PAC3が置かれた本土への飛来は発射から約10分後とみられ、ぎりぎりです。
訓練を終え、指揮した空自第1高射群第4高射隊の花田哲典(あきのり)隊長(50)が報道陣の取材に応じました。迎撃が間に合いますかと問われると、「航空自衛隊は情報を速やかに収集するよう努めております。(海上で)撃ち漏らした場合、必ず迎撃する気持ちで訓練に邁進しています」と強調しました。
訓練の最中、PAC3の発射機やレーダーは、起動した後で正面から30度ほど左に回転し、ぴたっと止まりました。北朝鮮の方を向いたのかと思っていら、花田隊長の答えはこうでした。「皆様のカメラアングルに合わせて向けさせていただきました」
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