話題
タトゥー禁止?〈3〉 刺青の歴史脈々 吉本ばなな「臨機応変に」
タトゥーの彫り師らに対する取り締まりが広がっています。自らもタトゥーを彫っているという作家の吉本ばななさんは「臨機応変な判断を」と話しています。
話題
タトゥーの彫り師らに対する取り締まりが広がっています。自らもタトゥーを彫っているという作家の吉本ばななさんは「臨機応変な判断を」と話しています。
タトゥーの彫り師らに対する、医師法違反を理由にした取り締まりが広がっています。連載第3回となる今回は、摘発強化の背景にある「刺青と規制」の歴史、そこから見える将来への課題について考えます。東京五輪では、様々な文化を持った外国人が訪れます。自らもタトゥーを彫っているという作家の吉本ばななさんは「臨機応変の判断を」と呼びかけています。
刺青の風習は、一体いつから始まったのでしょうか。山本芳美著『イレズミの世界』などの文献によると、少なくとも5千年前の時点で人類が刺青を入れていたことが確認されており、中国の史書『魏志倭人伝』には、弥生時代の日本の男性が刺青を入れていたと記録されています。
江戸時代になると、愛を誓い合った遊女と客が互いの指に刺青を入れる「入れぼくろ」が流行します。また、火消しや鳶、飛脚、船頭、俠客らもこぞって彫り物をするようになりました。描かれるモチーフも、文字やシンプルな図案から次第に絵画的で複雑なものへと進化。刺青文化が盛んになるなかで、職業としての彫り師が誕生したと言われています。
他方、刑罰としての「入れ墨」も日本書紀の時代から存在しました。その後千年以上、入れ墨の刑は絶たれていましたが、江戸時代に復活。8代将軍の徳川吉宗が鼻そぎや耳そぎに代わる刑罰として入れ墨を採用、明治時代に廃止されるまで続くことになりました。恐怖感や嫌悪感など、いまなお残る刺青に対する負のイメージの源泉は、こうした歴史に求めることができるでしょう。
前掲書によれば、刺青は風俗を乱すとして江戸時代に2度禁止されました。ただ、4、5年も経つと規制が緩むなど、さほどの強制力はなかったようです。明治時代に入ると、文明国としての体面を気にした政府は刺青の禁止に踏み切ります。
刺青に対する直接の法規制は戦後1948年に終了しますが、同年施行の医師法で、医師以外による医業の禁止が明文化されました。
規制の一方で、日本の刺青技術は世界から高く評価されていました。明治期には法律で禁じられていたにもかかわらず、英国のジョージ王子(のちのジョージ5世)やロシアのニコライ皇太子(のちの皇帝ニコライ2世)ら、海外の名だたる上流階級の人々が日本で刺青を入れています。
そうした経緯をまとめた『日本の刺青と英国王室』で、著者の小山騰は《ここには誠に興味深い逆説がある。「文明開化」に邁進する日本は、明治5(1872)年に、刺青を「野蛮」の名の下に禁止するが、その日本の刺青を「文明国」の王室関係者や貴族が競って求めたという逆説、「文明」と「野蛮」をめぐる奇妙なパラドクスである》とつづっています。同書によると、ヤルタ会談を開いたルーズベルト、チャーチル、スターリンの米英ソ3首脳は、いずれも刺青を入れていたそうです。
刺青という題材は、文学者をも引き付けました。谷崎潤一郎はそのものズバリ『刺青(しせい)』という短編小説を残しています。イレズミを示す「刺青」という言葉が広がったのは、谷崎の影響が大きいとされています。また、山田一廣著『刺青師一代 大和田光明とその世界』には、三島由紀夫が自決の10日ほど前に「刺青を彫りたい」と電話をしてきた、という彫り師の証言が記録されています。
しかし、刺青を嫌悪する風潮は、依然として根深く存在しています。関東弁護士会連合会が2014年6月、20~60代の男女1千人を対象に実施した意識調査では、「イレズミを入れた人を実際に見た時に、どのように感じましたか?」(複数選択可)という質問に対して、以下のような結果が出ました。
「不快」…51.1%
「怖い」…36.6%
「何も感じない」…14.2%
「個性的」(格好良い・お洒落)…11.2%
「強そう」…6.2%
「見たことはない」…8.3%
「『イレズミ』や『タトゥー』と聞いて、何を連想しますか?」(複数選択可)という質問にも、否定的な回答が多くを占めました。
「アウトロー」…55.7%
「犯罪」…47.5%
「芸術・祭・ファッション」…24.7%
「スポーツ」…5.5%
「その他」…9.6%
アンケート結果からは、「刺青=反社会的勢力」というイメージが広く浸透していることが伺えます。実際、温浴施設などでは、刺青・タトゥーと暴力団関係者をセットで「お断り」と表示しているケースが多く見受けられます。
「若手の組員は、仕事がしづらくなることを嫌って刺青を入れなくなってきている。刺青が一般人に広がったことで、『価値が下がった』と考える組織の人間も多いようだ」と証言するタトゥー関係者もいますが、いまでも反社会的勢力を排除する名目で「刺青禁止」がうたわれているのが実情です。
「イレズミを入れることを法律で規制すべきだと思いますか?」(1つ選択)という設問では、賛否を二分する結果が出ています。
「強く規制すべきである」…11.1%
「規制はあってもよい」…22.8%
「どちらとも言えない」…38.0%
「規制すべきではない」…20.2%
「規制は不当である」…7.9%
なお、20代に限ると、「個性的」(格好良い・お洒落)が19.5%、「芸術・祭・ファッション」を連想する人が38.0%まで上昇し、「規制すべきではない」と考える人も25.0%まで増えるなど、若年層ほどタトゥーに寛容な傾向が浮かびあがってきます。
若者の間でタトゥー文化が浸透しつつあるとはいえ、国の姿勢はいささかも揺らぎません。厚生労働省は医師法を根拠に、「タトゥーや刺青を入れることは医療行為にあたり、医師資格を持っていないといけない。皮膚を傷つける行為には感染症発生のリスクもある」としています。実際にタトゥーによる健康被害が出ているのかも問い合わせましたが、「警察や消費生活センターでまとめているかもしれないが、厚労省としては把握しておらず、統計もない」とのことでした。
関弁連によると、米国では多くの州がタトゥーのライセンス制を採用し、英国は登録制を採っています。日本でも、はり師やきゅう師は「医業類似行為」として扱われ、医師とは別の国家資格があります。しかし、タトゥーに関してこうした別資格を設けることは「検討していない」(厚労省)ということです。
皮膚科医で『いれずみの文化誌』の著書もある小野友道さんは、多くの患者を診察してきた経験から「子どもが生まれた後に『一緒にお風呂に入れない』と後悔したり、就職後に除去を望んだりするケースもあります。タトゥーを入れられる側、入れる側ともに用心しないといけません」と警告します。
一方、医師法の厳格解釈による摘発に対しては、懐疑的な立場です。
「刺青はボディー・オーナメント(身体装飾)として世界各地に残っています。医師法違反というのは筋としては正しいですが、文化・民俗・風俗の観点からもう少し広い視野で考えるべきではないか。医師で刺青を入れられる人はいません。感染症予防のために彫り師向けの講習会を開く、彫り師を登録制にするなど、現実的な解決に向けて議論していく必要があると思います」と提案しています。
1/17枚