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女装バー経営者が続ける人生相談 屋上から飛び降りた朝…奇跡の生還
「3度目の人生を生きています」。東京・新宿で女装バーを経営するモカさん(31)の言葉です。性別適合手術を受け男性から女性になるまでが最初の人生。2度目はマンション屋上からの飛び降りを経て、鬱病(うつびょう)を克服するまで。そして3度目の今は、ウェブでの人生相談や、発達障害者の就労の支援を続けています。活動の原点を聴きました。(朝日新聞記者・高野真吾)
モカさん(亀井有希、31歳)が当時住んでいた都心のマンション屋上から飛び降りたのは、2015年10月だった。
2017年12月12日、現場をモカさんと一緒に再訪した。12階にあたる屋上を下から見上げると、その高さは想像以上だった。
飛び降りた時、モカさんは20代半ばから悪化した鬱病がさらにひどくなり、生きる希望を持てなくなっていた。
「時間は、午前8時ごろです。数日前に決意を固め、親や親しい人に電話をかけたり、あいさつのメールを送ったりしました。当然、心配で自宅に集まってきた。『そんなこと考えるな』『もっと生きよう』などと、説得されました。でも、普通の精神状態じゃない私の耳には全く入らなかったですね」
「その人たちを夜中に返した後、一人で屋上に向かいました。精神安定剤を大量に飲んでいたためフワフワした感覚でしたが、意識はありました」
「最後の一歩を踏み出す瞬間の気持ちですか? 寂しかった、ですね。これで私は世の中から消えてしまうという感情は、すごくありました。一歩を踏み出した後の記憶はありません」
モカさんが落ちた先は、マンション敷地内の駐車場で偶然にも車が止めてあった。ボンネットに尻餅をつく形で落下した。大きな音を聞いた管理人や、1階にあったコンビニ店員がすぐに駆けつけた。後から聞くと、モカさんは「痛い、痛い」とうめいていたという。
「すぐに救急車で病院に運ばれたそうです。左腕と背骨を複雑骨折し、肺に穴が空き、首とあばら骨も折れていました。重症でしたが、奇跡的に助かりました」
「応急処置をされた段階で、病院で目が覚めました。夢の中のできごとだと最初は思いましたよ。足は全く動かせなかったけど、手と指は動いた。だから理由は分からないけど、まだ生きているということは認識しました。うれしいとか、悲しいという気持ちは両方とも湧かなかったです。ただ、まだ生きているんだな、と思っただけでした」
モカさんは、それから1カ月半、入院生活を送ることになる。最初の2週間は、背骨を中心に全身が痛んだ。鎮痛剤を飲んでベッドに横たわっていても鈍い痛みがあり、寝返りを打とうとすると激痛が走った。
この痛みと向き合った経験が、モカさんを大きく変えていく。
「起きている間、ずっと体が痛いのです。そのため、一生懸命に自分の意識を痛みから遠ざけようとしました。好きな音楽やマンガのことを考えたり、以前に行った旅行やおいしかった食べ物を思い出したりしました」
「すると徐々に気づきました。この痛くないことを考える、楽しいことを考えることは、生きるヒントになるんじゃないかと」
子どものころから多感で、世の中の「弱肉強食」な側面ばかりが目についていたというモカさん。
「ずるい大人がお金もうけをしているのも気にくわなかった。社会の『痛い』面ばかり意識し、勝手に世の中に絶望し、人生を投げだそうとしたのです」
「その思考回路をやめようと思えた。すーっと軽くなりました。じゃあ、何が自分にとって『楽しいこと』なのか。考えを進めると、人を幸せにしてこそ自分も幸せになれ、楽しくなれるのではと思い至りました。人の役に立つ『貢献』という生き方のキーワードに出会ったのです」
モカさんは相談者が「孤独にならないよう」気にかける。
「カードには『あなたの気持ちが少しでも分かるかもしれません。お話したいです』と書きました。1度、飛び降りまで追い込まれた私だからこそ、相手の気持ちに寄り添えるかもしれないと考えています。自分の経験を振り返ってみても、1人でいる、孤独になるのが一番いけません」
「誰かに話せれば、ぐっと気持ちは楽になる。ですが家族や親戚という近い人だと、『迷惑をかける』と言いにくいかもしれない。友人や知人だと、プライドが邪魔をするかもしれません。私のような相手だからこそ、話せる場合があるのです」
活動はボランティアだ。
「幸い私は、人と違った経験を積んできました。高校にはほとんど行ってなく、勉強は得意じゃないけど、経営者のため金銭管理はできます。デザイン性の高いウェブサイトもつくれる。他の人に役立つスキルを持っています」
「貢献の活動は無償だからこそ、信頼してもらえる。自分の時間とエネルギーの許す範囲内で、やっていきます」
2017年12月上旬、モカさんは自宅マンションで派遣アルバイトの男性(55)と向き合っていた。経営する店舗の客として1年半ほど前に知り合ったが、昨秋、初めて悩みを打ち明けられた。生活が苦しく、重ねた借金が約100万円にのぼる。
男性は仕事先でも一緒になった人から厳しくあたられ、他の人が嫌がる作業を担当させられることが多い。朝起きた時、「生きるのがつらい」と感じる日々だという。
モカさんはこの日、男性のひと月の出費がどうなっているのかチェックした。食事はコンビニでの購入から自炊をすすめ、ガスコンロやまな板、包丁の購入を促した。
男性「全部丸投げしちゃって…」
モカさん「それでいい。変に考えなくていいから」
そんなやり取りが続き、その場で一緒に区役所に相談に行く日取りも決めた。
これまで、誰にも打ち明けることができなかった悩み。それを、家族でもないモカさんには言える。最後に男性が言い残した言葉が心に残った。
「モカさんを信じながら、生活を建て直したい」
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