連載
#6 ことばマガジン
「費用ゼロ」のホームドア 「歩きスマホ」やめたらできたこと
埼玉県のJR蕨駅のホームで1月14日、盲導犬を連れて歩いていた男性が線路に落ち、列車と接触して亡くなりました。同様の事故は相次いでいて、昨年も東京メトロや大阪府の近鉄の駅で、視覚障害者が亡くなっています。いずれの駅も、ホームと線路を遮るホームドアはなく、あれば防げたのではとの思いもよぎります。とはいえ、多くの駅に設置されるまでには時間がかかりそうです。それまでにできる防止策は――。 (朝日新聞校閲センター・梶田育代/ことばマガジン)
視覚障害者がホームから転落したり列車と接触したりする事故は、国土交通省によると、2010~15年度に計481件起きています。
全国でホームドアが設置されているのは、国交省の資料によると昨年3月末時点で665駅。1日に10万人以上が利用する駅(251駅)で約3割、3千人以上(約3500駅)だと2割弱にとどまります。
国交省は、1日の利用者が10万人以上と多い駅や、視覚障害者団体の要望が多い駅からホームドアを造る目標を掲げ、鉄道各社に求めています。
さらに昨年末には国交省と鉄道会社で、ホームドアがない駅で駅員が視覚障害者を見かけたら誘導してサポートするなどの対策もまとめました。今回の事故を受け、18日には国交省が改めて、声掛けの誘導が要るかの確認を徹底するよう鉄道各社に求めました。
ホームドアは即座には広がりません。多額の費用の問題のほか、ホームの大がかりな補強や改修が必要で、営業しながらの工事が難しいこともあります。
また、複数の鉄道会社による相互乗り入れの影響で、同じ路線を走る列車でも1両の長さや扉の場所が異なることも普及が進みにくい理由の一つです。
鉄道各社も工夫しています。JR東日本はフレーム構造にしたホームドアの試験導入を始めました。従来型よりも軽く、工費が抑えられるうえに工期も短くなります。
JR西日本はステンレス製ロープが上下するタイプを導入しました。線路とホームを完全には遮断できませんが、比較的簡単に設置でき、扉の位置が違う車両にもある程度柔軟に対応できます。
こうして対応が急がれているとはいえ、ホームドアが多くの駅に置かれるには時間がかかります。それまでにまずできる事故防止策、それは周囲の人たちの注意や声かけです。
新聞の投書欄に載った一文が昨年、ネット上で話題になりました。点字ブロックを白杖(はくじょう)でたたきながら歩いていた視覚障害者の女性が、年配の男性から「うるさい」と怒鳴られたという内容です。
この投書を撮影した写真がツイッターにアップされると、「健常者の方の理解が広がることを願っています」といった声が次々にあがり、多くの人がリツイートしました。
視覚障害者が白杖を使って音を出すのは、歩く先の様子を知ることや安全を確かめることのほか、周りに自分の存在を知ってもらうためでもあります。また、音の反響で周囲の状況を確認する目的もあります。
東京メトロは「あなたのひと声が、誰かを支えるピースになります」と、駅の利用者が周りを意識する大切さを訴えるポスターを作っています。東京や大阪など各地の鉄道会社も共同で、昨年から今年にかけて「声かけ・サポート運動」を掲げ、ポスターを作りました。
視覚障害者はホームを、落下の危険が常にある「欄干のない橋」にたとえます。利用する駅に駅員がいるとは限りません。だからこそ、その場に居合わせた人が他の人に目を配ることが大事になります。
最近では手元のスマートフォンなどに目を奪われがちですが、ホームで一人ひとりが前を向いて時折周りを見渡すことは、ホームドアの設置を待つまでもなく、今すぐできる「助け合いのホームドア」といえるでしょう。
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