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「ドラマなら助かるのに」倒れた男性に救命処置…心的ストレスのケア
人が倒れた現場などに居合わせたり、助けたりした人を「バイスタンダー」と呼びます

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人が倒れた現場などに居合わせたり、助けたりした人を「バイスタンダー」と呼びます
人が倒れた現場などに居合わせたり、助けたりした人を「バイスタンダー」と呼びます。誰もがバイスタンダーになる可能性がありますが、救命処置に携わったあとで精神的なストレスや不安を抱えてしまうことも。救命処置に関わった一般の人をきちんとサポートするよう、バイスタンダーへのケアが広がってきています。関係者は、救命の輪を広げるためにも救命時の負担やサポートをセットで伝えることが大切だと話します。(朝日新聞withnews編集部・河原夏季、水野梓)
「眠ろうと思っても眠れず、そのときの景色が離れませんでした」
東京都に住む長野庄貴さん(44)は、バイスタンダーとして救命処置に携わったあとのことをそう振り返ります。
「なぜ助からなかったのか。AED(自動体外式除細動器)を早く持ってこなかったからか、胸骨圧迫(心臓マッサージ)を早く始めていなかったからか……。現実的にはできなかったことでも、やれていれば違ったんじゃないかと考えてしまいました」
2022年8月下旬、公園で5、6人とマラソン練習をしていたところ、仲間のひとりの50代男性が急に地面にしゃがみ込みました。
「熱中症かな?」。その日は日差しが強く、走る前から熱中症を心配していました。仲間の誰もがそう思って救急車を呼び、男性をその場に寝かせて冷たい飲み物で体を冷やしていたそうです。
まもなく、仲間の一人がぐったりしている男性に気づき、「息をしていないのでは?」と口にしました。
しかし、口元に手を当てても、腕や首で脈を取ろうとしても分かりません。そうしている間にも男性の血の気は引いていったといいます。
長野さんは救命講習で「意識も呼吸もないときはAED」と聞いたことを思い出し、「AED持ってきてください」と公園を巡回中の係員に叫びました。
しかし、設置場所が分からないのか、すぐに届く気配はありません。結局、マラソン仲間の女性が「体育館にはあるはず」と100mほど離れた体育館へ走り、AEDを取ってきたそうです。
本来であれば、この時点ですぐに胸骨圧迫を始めなければいけませんが、突然のことで気が動転し、頭から消えていたといいます。
AEDが届くと、すぐに男性の胸にAEDのパッドを貼りました。AEDは機械が自動で心電図を解析し、電気ショックが必要かどうか判断してくれます。
男性に電気ショックが流れて「ドラマのように体がびくんとなった」あと、AEDの「胸骨圧迫を始めてください」というガイダンスと同時に、長野さんと女性は交代で胸骨圧迫を続けました。
AEDは一度電気ショックが流れたあとも2分おきに心電図を解析し、再びショックが必要か判断します。
電気ショックが流れて一度は安心した長野さんでしたが、男性は2回目以降の解析で「電気ショックは不要」と判断されました。
しかし、救急隊が到着するまで、引き続き胸骨圧迫は続けなければいけません。炎天下では1分続けるだけでも激しく体力が消耗します。「頭の中はほぼ真っ白でしたが、とにかく胸を押さなきゃいけない。胸骨圧迫を続ければなんとかなる」と信じていました。
途中、通りがかりの1、2人が心肺蘇生を手伝ってくれ、救急車が到着するまでの間、10分ほど胸骨圧迫を続けたそうです。「もう体力が持たないくらいで、20~30分続けている感覚でした」
男性は病院に搬送されましたが、その後、亡くなったといいます。
「ドラマなら100%助かるのに」。数時間前まで一緒に走っていた人の突然の死は、すぐには受け止められない厳しい現実でした。
帰宅後、妻にこの日の出来事を伝えました。妻には、普段感情の起伏が少ない長野さんが「興奮しているように見えた」そうです。
疲れを感じていた長野さんは、早く寝ようと午後9時ごろ横になりましたが、救命時の状況が頭を離れません。
「僕のような人はほかにもいるのではないか」。スマートフォンで検索しましたが、出てくる情報は救命された例ばかりでした。
「この人も助かっている、この人も、この人も……。助かっていない人はいないのか。そう思うと、自分の行動はよかったのだろうかと繰り返し考えてしまいました」
のちに、医療関係者からは「助かるほうが珍しいから表彰される」と聞いたそうです。
実際、総務省消防庁によると、2023年に心肺停止で一般の人に目撃された2万8354人のうち、市民が救命処置をしたのは1万6927人でした。1カ月後の生存者は14.8%、社会復帰できたのは10%でした。
一方、一般の人が心肺蘇生をした1万6927人のうち、AEDで電気ショックを施した例は1407人で、54.2%が生存し、44.9%が社会復帰できました。心停止から1分ごとに救命率は10%ほど落ちるとされていて、すぐにAEDを使う重要性が分かります。
長野さんは救命講習を受けたことがありましたが、現実との差も感じました。「講習は大切で多くの人に受けてほしいのですが、シチュエーションが整いすぎている気がします」
講習では、周りの人に助けを求めると協力者が集まります。しかし、現実では「積極的に関わってくれる方が少ないように思いました。AEDもすぐには届きませんし、救急車が来るのにも時間がかかります」。
講習で胸骨圧迫をするのは2分程度ですが、実際は救急車が来るまでの時間、10分以上続ける場合もあります。「ひとりでやり続けるのは相当大変です。僕は翌日も体に痛みが残りました」
講習では倒れた人が助かることが前提ですが、「助からないこともあると伝えてほしいと思いました」と振り返ります。
救命活動に携わった翌日以降、街中ですれ違う人が亡くなった男性に見え、「生きてるじゃん」と錯覚することもあったという長野さん。
自身が精神的にまいっていると感じ、消防署の相談窓口に電話をしました。救命活動時に救急隊から名刺サイズのカードを受け取っていて、そこに連絡先が記されていたといいます。
カードは、「感謝カード」「バイスタンダーサポートカード」などと呼ばれ、救急隊が到着する前に応急処置をした市民に対して、一部の消防で配布されています。
長野さんが受け取ったカードには、感染症やけがへの対応は書かれていましたが、メンタルの不調については触れられていませんでした。
メンタル面はどこに相談したらいいのか長野さんが尋ねると、後日、消防隊員から折り返しがあったそうです。「消防隊員でもストレスを抱えることがあり、隊員同士で気持ちを打ち明け合う場を設けている。長野さんも一緒にいた人たちと話す機会を持っては」とアドバイスを受けたといいます。
1週間後、長野さんは、当時一緒だったマラソン仲間と語り合う場を設けました。
「みんな不安や無力感を抱えていました。あれをすればよかった、という後悔もありましたが、考えられることはやったし、そう整理するしかない。みんなでこの場を設けてよかったねと少し気持ちが軽くなりました」
日本では、一般市民によってAEDの電気ショックが使われる割合はおよそ5%。普及が課題になっています。
そのような状況でバイスタンダーの心的ストレスを発信することは、「救命活動を普及する妨げになる」と考える関係者もいるそうです。
しかし、千葉PUSHの理事長で救急医の本間洋輔さんは、「救命活動にあたったことでつらくなるケースがあり、そんなときは支えてくれる人がいると伝えることは私たちの責任です」と重要性を指摘します。
「救命処置を迫られたとき、『サポートがあるから勇気を持って救命しよう』と考える人はいないでしょう。その後、もしつらくなったときにサポートのことを思い出してもらえるようにしたいと思っています。サポートの存在を知らずにつらい思いをしてほしくはありません」
長野さんは、「救命の輪を広げるためには、みんなが講習を受けて知識を学ぶことも大切ですし、救命活動にあたった人にもサポートがあると知ってもらうことが大切。今も一部の自治体にはありますが、消防署に相談窓口が広がっていくといいなと思います」と話しています。
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