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「救命を教える側の責任」〝バイスタンダー〟の不安へ広がるサポート
10年以上つらい気持ちを抱える人もいます

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10年以上つらい気持ちを抱える人もいます
人が倒れた現場などに居合わせたり、救命処置をしたりする人を「バイスタンダー」と呼びます。心的ストレスや不安を抱えてしまうことがありますが、一部の消防に相談窓口が設置されるなどサポートが進んでいます。実際に救命に携わったあとに不安を感じた男性は、「バイスタンダーが最初に連絡する消防署に相談窓口が広がっていけば」と期待を寄せます。
2023年に市民の目の前で心肺停止で倒れた人は約2万8000人。そのうち、市民によって胸骨圧迫(心臓マッサージ)やAED(自動体外式除細動器)を施されたのは約1万7000人でした(総務省消防庁)。
バイスタンダーのなかには、突然ショックな出来事を体験したことで夜眠れなくなったり、不安や自責の念にかられたりする人もいます。
東京都に住む長野庄貴さん(44)は2022年、一緒にマラソン練習をしていた男性が倒れ、AEDを使って救命に携わりました。しかし男性は助からず、精神的なストレスを抱えていました。どこに相談したらいいのか分からなかったといいます。
長野さんは、救命活動時に救急隊から名刺サイズのカードを受け取っていました。このカードは、「感謝カード」「バイスタンダーサポートカード」などと呼ばれ、救急隊が到着する前に応急処置をした市民に対して、一部の消防で配布されています。
デザインや文言は地域によって異なりますが、書かれているのは救命処置への感謝の言葉と消防の連絡先です。
消防と病院が連携してサポートするケースもあります。2011年に全国で初めて配布した岡山市消防局は、バイスタンダーの心的ストレスの相談を救急課で受け付けてアドバイスし、必要がある場合は岡山赤十字病院へつないでいます。
総務省消防庁の2021年の調査では、全国724消防本部のうち、267消防本部(36.9%)がバイスタンダーの心的サポートをしていると回答。内容は、「カードを配布している」(88.8%)がもっとも多く、「相談窓口を設置している」(65.5%)が続きました。
2016年からカードの配布を始めた千葉市消防局でも、バイスタンダーの不安が強い場合は、こころの健康センターや各区保健福祉センターへ紹介しているそうです。
2024年には市立海浜病院救急科に「バイスタンダーサポート外来」が設置され、病院との連携も始まりました。
海浜病院の救急医で、NPO法人ちば救命・AED普及研究会(千葉PUSH)理事長を務める本間洋輔さんは、「バイスタンダーのストレスやサポートの重要性は、これまで気づかれにくかったのでは」と推測します。
「救命に携わってつらい思いをした方がいても、つらいと声を上げにくかったのかもしれません」
救命講習会では救命処置のやり方を学ぶことはあっても、救命に携わったことで心的ストレスが残る場合があると説明されることはほとんどなかったといいます。
今年3月からは、佐倉市八街市酒々井(しすい)町消防組合(千葉県)でもバイスタンダーサポートが始まりました。
中心となって計画を進めた酒々井消防署長の矢島茂樹さんは、数年前に長野さんたちバイスタンダー経験者から話を聞いたことがあり、サポートの必要性を感じていたといいます。
「私たちは救命講習などで一般の方に『勇気を持って救命処置をしてください』と伝えている立場ですが、そのあとにメンタルが落ち込んでも何もできないのは無責任ではないかという気持ちが強くありました」
消防組合ではバイスタンダーへ「感謝カード」を渡すとともに、海浜病院と連携して必要に応じて病院へつないだり、NPO法人が運営するオンライン相談窓口「バイスタンダーサポート」を紹介したりするそうです。
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