連載
#16 withnews10周年
僕たちは「入り口を作るマン」でいい 1分動画でも行動変容起こせる
社会課題を伝えるための工夫をする過程で、そぎ落とされてしまったり、伝えきれなかったりする情報もあります。YouTubeで社会課題に関する発信をしている、RICE MEDIAのトムこと廣瀬智之さんと、被爆3世というルーツを持ち、核廃絶を目指す活動を続けている中村涼香さんの2人に、withnews編集部の金澤ひかりが「届け方、どうする」をテーマに話を聞きます。(構成・武田啓亮)
廣瀬智之さん
1995年生まれ。立命館大学卒業後、2019年、社会課題に関心を集めることを目的にした「Tomoshi Bito」(福岡市)を起業。21年から「RICE MEDIA」での発信を開始。YouTubeでは、使い捨てプラスチックやフードロスなどの社会課題を題材に、自らの実践も交えた動画が人気に。「トム」の愛称で親しまれている。「社会課題を誰にとっても身近に」という思いから、日本の食卓のシンボルであるライス(お米)をメディア名にした。
中村涼香さん
2000年生まれ。 上智大学総合グローバル学部卒業。 被爆者の祖母を持つ被爆3世。高校時代から被爆地長崎を拠点に、核兵器廃絶を目指す平和活動に参加。 2021年に学生団体「KNOW NUKES TOKYO」を設立。国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」のパートナーとしても活動し、核兵器禁止条約を推進している。原爆投下のキノコ雲を疑似体験できるアプリの開発に携わるなど、若年世代に核の問題を届ける方法を模索している。
金澤:近年では、8月6日、9日に何があったのか知らない人たちもいると報じられているものを目にしたことがあります。中村さんの取り組みの中で、そうした人たちにも情報を届けられたという手応えを感じる経験はありましたか?
中村:そこはまだ遠いなという感覚がありますね。私が草の根的に運動をしてきた中で、この問題に主に関わっていたのは被爆者、専門家、政治家、といった限定的な方たちでした。この問題を知っていて、関心はあるけれども何もできていない、という人たちにまずは広げていくというのが大事だと思っています。
私も被爆3世というアイデンティティがあるんですけれど、これって、この問題について語れる免罪符のようなものだと思っています。なんで核の問題に取り組んでいるんですかと聞かれた時に「被爆3世なんです」と答えると、すぐに納得してもらえる。
でも、そうでない同世代の人たちがこの問題について考える時には、ちょっと難しい議論の方に寄っていってしまう。「自分はこの問題について語っていいのかな」と思いがちというか、そんな社会の風潮になっていると思います。
でも、被爆者の方々がいなくなる時代が来ることを考えると、そうも言っていられない。どれだけ多くの人とこの問題について考えていけるか、一つずつ外側に広げていきたいと思っています
金澤:関心があるけれども何もできない層というのは、トムさんのおっしゃっていた「未認知層」とは少し違うのでしょうか?
トム:未認知層にもいろんな人がいるとは思うんですが、僕たちがもう一つ言葉として持っているのは「潜在的感心層」。そこがコアなターゲットなんですけれど、関心を持っていることを表明しているわけではないけれど、無関心かというとそうでもないという人が一定数いるんじゃないかと思っています。そこは中村さんのお話とつながる部分があるのかなと思います。
金澤:トムさんが手応えを感じた企画・届け方があれば教えて下さい。
トム:RICE MEIDIAのショート動画のフォーマットが出来たこと自体が、一番印象に残っています。
初期の立ち上がりの頃って、今と全然違うことをやっていたんです。本当に「ザ・ニュース」という感じでカッチリしたニュースコンテンツを作っていたのですが、それでは全然届かなかった。じゃあどうしたらいいんだということで、よく見ていたTikTokを参考に「これなら見てしまう」という、自分自身の欲求を満たすものを作ろうということにしました。
第一弾はレジ袋を禁止した自治体に行って、「恥ずかしいな…」と思いながらも駅前でジャンプ(トムさんの決めポーズの一つ)してみたり。動画の時間は1分で、ほぼ今の形です。
「こんなんで届くのかな」と思いながらでしたが、新たなフォーマットの1本目からTikTokで30万回くらい再生されたんです。この瞬間に「この届け方って届くんや」というのと、テーマが悪いんじゃなくて、伝え方、届け方に工夫が必要なだけなんだ、見たい、見てくれる人がいるんだということに気づきました。
金澤:1分という長さにする、ユーモラスにする過程で、そぎ落としていかなければいけないものもあると思います。そのバランスはどう工夫されていますか?
トム:難しい作業ではあるんですけれど、これは報道に関わる話だけじゃなくて、起業家のプレゼンなどにも通じる話だと思っているんです。長々と話しても誰も聞いてくれない。
限られた時間で相手を引きつけないといけない。伝えられないというのは、一見ネガティブなようにも思えますが、物事にまだ興味を持てていない人に何かを伝えようという時に「伝えたい」が勝りすぎると、受け取ってもらえないということになってしまうと思います。そこで僕たちはあくまで「入り口を作るマン」として、割り切って、自分の役割としてやっています。
金澤:「伝えたい」が勝ちすぎるというお話は、我々記者にとっても身につまされるお話でした。伝えたいという気持ちは悪いことではないんですけれど、その熱が伝えたい人や関心が強くない層に伝わる形で表現できているのかというのは、日々問い直さないといけないなと思いました。
中村:私も普段からRICE MEDIAさんのコンテンツは拝見しているんですけれど、キャッチーでシェアしたくなるんですよね。私たちが難しい安全保障の話をしようとした時も、シェアしたところで、実際どれだけ読まれているのかは分からない。情報が流れてきたときに目がとまる形式を確立されたのはすごいなと思っています。
金澤:入り口という言葉も何度も出てきましたが、トムさんの場合、短尺の動画は入り口ということで、その先にまだ何かがある?
トム:もうちょっと、受信者側のことを信じてもいいのかなという気がしています。1分じゃ伝えきれないんですけど、みんな意外と、1分の動画でも、それを見た後にめちゃくちゃ行動変容している人がいっぱいいるんですよ。
大きなところだと進学する大学を変えましたとか、就職先を変えましたという、人生ごと変わっちゃったという人もいれば、僕たちの動画で紹介した活動に参加する人もいます。1分の動画でも興味を持って、自分で調べてくれたり、もっと深い動画を見てくれたり、行動を起こしてくれたりということは起こりえるなと思っています。
金澤:RICE MEDIAのイベントにお邪魔したときに、参加者の方にすごく熱がありました。入り口は1分の動画でも、その後の興味関心の「加速」については、視聴者・読者に任せてもいけるんじゃないかという感覚がありました。
トム:そうですよね。これに関しては僕たちは圧倒的に性善説なので。そんなに悪い人ばかりじゃない、むしろいい人しかいないんだけど、情報が届いていなかったり、僕自身も昔そうだったように生活に余裕がなかったり、忙しくて見る余裕もないということがあるんじゃないかなと。
それってその人が悪いわけじゃないと思うので、じゃあ、どうやったらみんなが無理なくやれるか。意識を高く保たなくても、自然とそういうところに目が向く社会をどうデザインするかの方が大事だと思うんです。
金澤:勉強しようという意識が無くても、自然と生活の中に入り込む仕掛けという点では、中村さんの原爆ARにもつながる話だと思います。
中村:原爆のことを知ろうと思った時に、日本はコンテンツが一番充実している国だと思います。
むしろ私たちは、「この課題について関心がある」という意思表示の仕方がもっと多様になったらいいのかなと思っています。
例えば「私は核兵器に反対しています」と社会に声を上げたい時に、これまでなら、デモに参加したり、署名キャンペーンを立ち上げたりするなど、ハードルが高い選択肢しか用意されていなかったのではないかなと。
「この作品を見ました」「この企画展に行ってきました」という、緩やかな意思表示の仕方が増えてくるといいなと思いましたし、原爆ARを世に出したことで、プロのデザイナーやクリエイターの方が声をかけてくださるようになったんです。プロの力が加わることで、どんどん表現が磨かれていくという流れを体験しているところです。
金澤:雪だるま式に賛同者が増えることで、大きな丸になっていくイメージがわきました。
トムさんの動画の視聴者さんたちにも、そういった「ゆるやかな意思表示」の広がりはありますか?
トム:僕たちの動画はシェア率がすごく高いんですよ。それは目標としても設定している部分なんです。
見終わった後にシェアしたくなるかどうかを考えて作っていて、動画の最後も「この取り組みめっちゃいいですよね」「広げるためにシェアのご協力お願いします」とやっているんで、そこでシェアしてくれる人は多いと感じます。シェアって、意見を言わなくてもやんわりと「これいいね」という意思表示になると思います。
金澤:自分の言葉を使わなくても、シェアボタンを押すという「ゆるやかな意思表示」の行動ですね。シェアしてもらうための工夫ってあったりしますか?
トム:細かい設計は色々あるんですけど、「注文をまちがえる料理店」の小国士朗さんと対談した時に「伝わるコンテンツというのは『?』『…』『!』という順番で作らないといけない」という話をされていたんです。
「なんだろう?」という疑問で興味を引き、「実は…」というところに持っていき、最後に「なるほど!」と納得があると、そのコンテンツは届くという話を聞いて、RICE MEDIAと一緒だなと思ったんです。
最初は社会課題を出さずにエンタメの皮をかぶって、その後、実はこれってこういう課題につながるんですよ、と。最後に、そこで立ち上がったのがこの人たちで、こんな結果が出ているんだよと最後の1プッシュをしてあげたうえで、シェアしてくださいね、とやると納得感があって、「これは広めないと」となりやすいんじゃないかなと思いますね。
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