――山田さんがパルボウイルスB19感染症についての啓発・教育に長らく携わっているのは、どうしてですか?
私はもともと、胎児のウイルス感染で引き起こされる胎児水腫(胎児の胸や腹に水が溜まったり、全身に浮腫を来たす重い病気)の治療を専門分野の一つにしていました。
このうち、特にパルボウイルスB19は、予防のためのワクチンがなく、スクリーニング検査もできず、自然に症状が軽快するのを待つしかないため母体治療を施すことや帝王切開分娩などで感染経路を避けることもできず、胎児の治療も難しい、という特徴があります。
2021年に発表された妊婦の先天性母子感染の知識調査※1では、パルボウイルスB19について「妊娠中の感染が胎児に影響を及ぼす感染症として知っていた」という割合は約3割。過半数を占めた風疹やトキソプラズマよりも大幅に低く、これは2014年の同様の調査※2から大きな変化がありませんでした。
※1. Changes in awareness and knowledge concerning mother-to-child infections among Japanese pregnant women between 2012 and 2018
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7787470/
※2. Awareness of and knowledge about mother-to-child infections in Japanese pregnant women
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24588778/
手を洗う、うがいをする、感染者との接触を減らすなどの感染対策をするという教育と啓発でしか、パルボウイルスB19の先天性感染を防げないため、その前提とするための日本での調査を、2011、12年で実施した、という経緯です。
――2013年に結果が発表された大規模調査以降、アップデートはあるのでしょうか。
あまりないのが実情です。妊婦のパルボウイルスB19感染については、今もこの調査のデータが引用されることがほとんどでしょう。
――実際に妊婦が感染すると、胎児に深刻な影響を与えうるウイルスです。それにも関わらず、アップデートされていないのは、なぜなのでしょうか。
“リンゴ病”という名前のイメージとは裏腹に、初めて感染した妊婦のうち6%に胎児死亡が、4%に胎児水腫が起きるのですから、甘く見てはいけない病気です。日本人の妊婦の抗体(免疫)保有率は20~50%とされ、半数以上の妊婦がウイルスに感染する可能性があります。
リンゴ病の原因がパルボウイルスB19であることが提唱されたのは1983年と、比較的、最近のことです。例えば風疹のように、長年の医学研究の積み重ねがある他のTORCHよりも、わかっていないことが多いのは事実でしょう。
リンゴ病は、おなかの中の赤ちゃん以外は重症になりづらい、という特徴があります。自然に軽快するため、特異的な治療法はありません。直接的に命にかかわる感染症と異なり、ワクチンのような予防法を開発するためのインセンティブも、働きづらいと言えます。
流行が4~5年ごと、というのも、後手に回る対応に拍車をかけています。大流行が起きても、次が何年も後だと、喉元を過ぎて熱さを忘れてしまうということはあるでしょう。