頬や体が赤くなるのが特徴で「リンゴ病」と呼ばれる「伝染性紅斑(こうはん)」。子どもがかかる病気というイメージがありますが、妊婦が感染すると、流産・死産の原因になります。一方で、ワクチンや胎児への感染を防ぐ方法がなく、予防には難しさも。4~5年周期で流行しており、前回の流行は2019年。9月に警報が発令された自治体もありました。どんな病気なのか、専門家に話を聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
小さい子どもによく見られる、両頬の赤い発疹を特徴とする病気、リンゴ病。医学的には伝染性紅斑と呼ばれます。小さな子どもがかかっても重症になることは少ないとされますが、妊婦が感染すると流産・死産の原因になります。
元神戸大学医学部産科婦人科学分野教授の医師の山田秀人さんに話を聞きました。山田さんは2013年に発表された厚生労働省のリンゴ病など母子感染の全国調査で主任研究長を務め、現在は手稲渓仁会病院・不育症センター長を務めています。
リンゴ病は、ヒトパルボウイルスB19を原因とする感染症です。子どもがかかると、14~20日の潜伏期間の後、両頬に赤い発疹(紅斑)、体や手・足に網目状の発疹が見られ、1週間ほどで消えます。発疹が淡く、他の病気との区別が難しいこともあります。
発疹が現れる7~14日前に微熱や風邪のような症状がみられることがあり、この時期にウイルス排出がもっとも多くなります。
大人がかかった場合、約半数は症状が出ませんが、子どもと同様の発疹や、手や腕、膝の関節の腫れ・痛みが出る場合もあります。
重症になることの少ない病気ですが、妊娠中にパルボウイルスB19に感染した場合は注意が必要です。
2013年に発表(2011、2012年に実施)された調査では、妊婦健診を実施する全国1990施設からの回答を分析し、妊娠中にリンゴ病にかかり、胎児に感染した女性が69人確認されました。そのうち約7割の49人が赤ちゃんを流産、死産していたことがわかりました。感染した妊婦のうち約半数には、リンゴ病の症状が出ていなかったこともわかりました。
山田さんは、感染した妊婦のうち「6%で胎児が亡くなったり、4%で胎児の胸や腹に水が溜まったり、全身にむくみが出たりする『胎児水腫』が起きたりするという報告がある」と話します。
妊娠初期の感染では、特に赤ちゃんへの影響のリスクが大きいことがわかっています。
胎児死亡は20週以前の母体感染の10%に発生し、胎児水腫の多くは2~6週に出現すること、妊娠28週以降の母体パルボウイルスB19感染による胎児死亡や胎児水腫の発生率は低いことから、妊娠後の早い時期の母体の感染に注意が必要です。
山田さんは「リンゴ病は他の病気と比べて、流産・死産の原因になることがあまり知られていない」と指摘します。
子どもの頃にリンゴ病にかかっていて免疫があれば、妊婦も感染しづらいといいます。一方で、山田さんは「日本人の妊婦の抗体(免疫)保有率は20~50%」といいます。つまり、半数以上の妊婦がウイルスに感染する可能性があることになります。
パルボウイルスB19の感染経路は、感染した人の唾液、痰、鼻水の中に出て、人から人へとうつる、接触感染と飛沫感染です。両頬に赤い発疹が出て、リンゴ病とわかる症状が見られる前から、ウイルスを排出していることがポイントです。
家庭内で感染者と接触した人の約50%が感染し、学校の流行では感染者と同じクラスの生徒の10~60%が感染するとされます。家庭内にリンゴ病の子どもがいる場合だけでなく、地域でリンゴ病が流行している場合や、子どもと接することが多い職業では、特に注意が必要です。
一方で、ワクチンは開発されておらず、母体から胎児への感染を防ぐ方法も確立されていません。
山田さんは「感染者の咳やくしゃみを吸い込まないようにマスクをすること、感染者と食器などを共有しないこと、子どもにキスをしないこと、よく手を洗うことやこまめにうがいをすることが感染予防になる」と説明します。
妊婦がリンゴ病の人と接触した、かかった可能性がある場合は、症状だけでの診断が難しいため、接触の有無や職業などの問診に加えて、血液中のIgG抗体、IgM抗体を測定します。
一般的に、 ウイルス接触後、数日から1週間でウイルス血症(他人に感染する時期)となり、約10日目よりIgM抗体が検出され始め、数日後にIgG抗体が上昇します。IgM抗体は感染直後には見られず、数週間で消失。IgG抗体はウイルスにもよりますが、長期間、体内に残ります。
妊婦のパルボウイルスB19感染では、IgG抗体が高ければ母体に免疫がある状態、IgM抗体が陽性なら最近になって初めて感染した可能性があるため、胎児へのリスクがあります。妊婦はIgM抗体の検査は保険適用、IgG抗体の検査やウイルスを調べるPCR検査は自費の扱いになります。
妊婦のIgM抗体が陽性であれば、週1回程度、エコーなどで胎児の状態を調べ、異常があればより専門的な医療機関で、胎児輸血などの高度な治療が施されることもあります。
リンゴ病は4~5年周期で流行することがわかっています。近年は2007年、2011年、2015年、2019年に流行しました。季節としては春から夏にかけて流行する傾向がありますが、2015年、2019年の流行では、前年の秋頃から流行が始まり、翌年に全国的な流行につながったということでした。
山田さんは「近年はコロナ禍の影響で、例えばインフルエンザなどの感染者数の報告が減っていました。専門家としては、人と人との接触が戻ってきた今、そろそろ流行の可能性があるとみています」と警戒しています。
今年9月には、神奈川県川崎市で6年ぶりとなるリンゴ病の流行発生警報が発令されました。
山田さんは「2011年に厚労省と大規模な調査をしてから、それに続くような調査は行われていません。流行が4~5年ごとということで、対応が後手に回っているようにも思われます」と指摘します。
リンゴ病の原因がパルボウイルスB19であることが提唱されたのは1983年と、比較的、最近のこと。さらに、子どもも大人も基本的には自然に軽快し、胎児以外は重症になりづらいことで、ワクチン開発やそれ以外の予防法、胎児が感染していた際の治療法の確立も進んでいない、と問題点を指摘します。
「まずはリンゴ病が胎児の流産・死産の原因になること、新型コロナウイルス感染拡大時のような感染対策によりリンゴ病も予防できることを知ってほしい」と話します。
「本来であれば、妊娠がわかったときや妊娠を希望する時点で、パルボウイルスB19の免疫の有無をIgG抗体の測定で測定するべきですが、保険適用になっているのは感染のおそれがある場合のIgM抗体の測定のみです。
基本的な感染対策以外の予防法が確立されていない以上、教育や啓発が必要ですが、それと合わせて、もし感染していたときでもなるべく安心して出産に臨めるような体制を整えるべきではないでしょうか」