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#2 withnews10周年
「もし渋谷に原爆が落ちたら」原爆ARに寄せられた賛否に考えたこと
太平洋戦争の終戦から79年が過ぎ、その惨禍を直接知る人は少なくなっています。どのように戦争や核兵器について記憶をつないでいけばいいのか、若者が「政治的な話題に無関心」とも指摘されるなか、どのように社会課題に関心を持ってもらえばいいのでしょうか。大学在学中に任意団体を立ち上げ、核廃絶に向けた活動を続ける女性に話を聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・武田啓亮)
「もしも渋谷に核が落とされたら」――。
今年8月、AR(拡張現実)機能を使って渋谷のスクランブル交差点にキノコ雲を出現させるスマホ向けコンテンツが公開されました。
企画したのは核廃絶を目指して活動している「KNOW NUKES TOKYO」という学生団体です。代表の中村涼香さん(24)は長崎の被爆3世というルーツがあります。
中村さんは「子どもの頃から、多くの被爆者の方の体験談を聞いて育ちましたが、『直接話を聞ける時間は残り少ない』という危機感があります。体験していない世代の人に、核の問題を『自分事』として考えてもらうための企画でした」。
このARアプリはテレビや新聞などでも取り上げられ、SNSでも話題になりました。
「そのおかげもあってか、9月に東京大学で開いた『あたらしいげんばく展』には、4日間だけの開催にも関わらず、1000人以上の方が訪れてくれました」
会場に若者や子ども連れが多かったことが印象的だったそうです。
「今までアプローチできなかった層に、情報を届けられたのではないかと感じています」
その一方で、これまで中村さんが連携してきた専門家の一部には、ARアプリに否定的な意見もあったと話します。
「あのキノコ雲の下で何があったかまでは伝わらない。核の恐ろしさが小さく伝わってしまうのではないかという懸念は、私の中にもありました」
関心を持っていない人に伝えるための工夫と、伝えるべき中身のバランス――。中村さんは「私自身にも何が正解か、まだ答えは出ていません」と話します
中村さんは、講演活動などで中学・高校などに呼ばれることも多いそうです。
中村さんが話をするだけではなく、生徒たちに「ワークショップ」をしてもらうなど、自分たちで問題について考えられるような工夫をしているそうです。
中村さんは「若者の『政治的無関心』や『ニュース離れ』といわれますが、実際には二極化というか、グラデーションがあるなと感じます」と話します。
生徒たちと取り組むワークショップのひとつ「外交官になってみよう」は、各国の外交官になったつもりで、生徒同士で安全保障などに関する「国際会議」を行うというもの。
学校ごとに生徒の反応も様々だそうです。
「必要な情報をある程度レクチャーしてから始めるのですが、自分で見聞きしたニュースをもとに、オリジナルの要素も加えて議論をする積極的な生徒が多い学校がある一方、なかなか発言ができない生徒が多い学校もありました」
積極的でニュースや社会問題への感度が高い生徒が多い学校では、「先生にニュースに興味を持っている人が多い」と感じたという中村さん。
「生徒自身がどうというよりも、周囲の大人の影響が大きいのではないかとも考えています」
核廃絶や反戦というテーマを、いかに広く伝えるか。
取り組みを重ねてきた中村さんには「被爆者や戦争体験者などの『語り部』のいない集まりの方が、若年層の発言は増える」という経験があるそうです。
「戦争や核の惨禍を知る人の言葉は重いです。若者は言葉の重さに圧倒されて『何も知らない自分が間違ったことを言ってしまったらどうしよう』とすくんでしまう」と指摘します。
「若者同士でしかできない活動もある。原爆のARアプリも、被爆者の方と一緒に考えていたら、生まれてこなかった企画だと思います」
ただ、自由な議論や発想と、核や戦争の現実を知らないために出てくる極論や事実誤認などをどう線引きするかという問題もあると中村さんは語ります。
「今は、被爆者や戦争体験者に『これって、どう思われますか?』と直接意見を聞きながら試行錯誤できる最後の時間だと思います。長くとも、あと5年くらいで『これから』の基盤を固めないといけないと考えています」
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