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#1 withnews10周年
「フードロスだけで生活」から知る社会課題 キャッチーさの裏には…
「1ケ月プラなし生活」「フードロスだけで10日間生活」といった、コミカルな動画で社会問題を伝えるYouTubeチャンネルが人気です。出演者はRICE MEDIAの“トム”こと廣瀬智之さん。「硬い話題」として敬遠されてしまうこともあるテーマを、若年層に届けるための工夫について聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・武田啓亮)
使い捨てのプラスチック容器を使わずに生活するため、「CoCo壱番屋」にテイクアウト用のカレー鍋を持っていく――。
そんな自らの実践を交えた動画で社会問題を伝えているトムこと、廣瀬智之さん。「1分間で社会を知る動画メディア」を掲げる「RICE MEDIA」を運営しています。
YouTubeチャンネルの登録者数は34万人。1分ほどのショート動画を中心に、数百万再生のヒット作を連発しています。アフリカの水問題をテーマにした動画の再生回数は1300万回を超えました。
チャンネルを視聴者に浸透させるまでには、試行錯誤の積み重ねがあったそうです。
トムさんは「最初はもっと動画の尺が長く、『いかにも報道っぽい作り』でスタートしました」と語ります。
しかし、再生数は伸び悩み、動画1本あたり数千回程度にとどまりました。
「『社会問題について知らないといけない』という義務感で見てもらうには無理がある」と思い至ったそうです。
テンポのよい編集や、キャッチーなフレーズ、動画1本を1分ほどの長さにするなどの工夫を重ねていきました。
「同じテーマの動画でも、編集次第でこんなにも再生回数が変わるんです」
短い尺に詰め込んだ、コミカルな演出とインパクトのある言葉。社会課題に興味を持ってもらうための重要なテクニックですが、トムさんはこれを「諸刃の剣」だとも指摘します。
「確かに、訴求力は大事です。まずは見てもらわなければ始まらない。けれど同時に、本当に伝えたい中身を十分に伝えきれなかったり、本質から外れてしまう危険もあると思っています」
大事なテーマと、コミカルな演出と……。時に相反することもある要素を、どうやって両立させるかが難しいといいます。
「ショート動画をたくさんの人に見てもらえているのはありがたいですが、それだけにはしたくない。しっかり時間を割かないと伝えられないテーマもあります。20~30分ほどの長尺の動画にも、挑戦し続けたいと思っています」
投票率の低さなど若者の「政治的無関心」が指摘されることもありますが、トムさんは「無関心というよりも、情報が届いていないだけ」と考えているそうです。
「大量にあふれる情報の中から、AIのアルゴリズムによって届く『おすすめ』を消化するだけで疲れてしまう人が少なくないと思います。ネットの仕組みは活用しながらも、現状とは別の流れを作っていきたいんです」
そのために、トムさんは「この話題に興味がない相手にも、動画を見てもらえるにはどうしたらいいかを常に意識している」と語ります。
ただ、テーマを厳選し、編集に工夫をこらしても、再生回数が思うように伸びないことも。
「以前、『食卓に並ぶお肉の成り立ちを知ろう』という趣旨で『1週間牛飼い生活』という企画をやったんですが、恐ろしく手間がかかった割に、再生回数はいま一つでした」と笑います。
そんな時でも「失敗」とは考えません。
「こうしたら見てもらえるんじゃないか、と仮説を立てて、実際にやってみたけど予想ほど伸びなかった。その結果、『これが要因じゃないか』とか『原因は分からないけれど、こんな傾向がある』という次につながる知見が得られたなら、それでいいと思うんです」
動画で社会課題を伝えるとき、トムさんが大事にしていることは――。
「今アクションができていない人を責めるのではなく、『こんな方法があるよ。チェックしてみてね』と呼びかけるスタンスを大事にしています。暗いニュースがあふれる中でも、希望を持てるような情報の伝え方を心がけています」
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