ネットの話題
京大総長からの学位記「受領は拒否いたします!」 スピーチした理由
卒業式にあたる「学位記授与式」での行動、その真意とは

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卒業式にあたる「学位記授与式」での行動、その真意とは
京都大学の総長が学位記を渡そうとしたところ、「受領は拒否いたします!」――。この春の、京大の大学院の卒業式にあたる「学位授書式」でのある学生の行動にSNSでも注目が集まりました。代表として登壇した学生が学位記を受け取らず、大きな声で短いスピーチをしたのです。その真意について当時学生だった本人に聞きました。(朝日新聞withnews編集部・川村さくら)
学位授与式が開かれていたのは、3月24日の京都市・みやこめっせ。各研究科の代表が名前を呼ばれて壇上にあがり、湊長博総長から学位記を受け取っていきます。
そのうちの一人だった学生は、黄色と黒のはっぴのような服で登壇。
例年、卒業生たちの「仮装」が話題になる京大の卒業式。阪神タイガースを思わせるデザインに、会場がざわつきました。
総長と呼吸を合わせて一礼。総長が学位記を両手で差し出すと……。
学生は、まず自分の首から勢いよくスカーフを抜き取りました。スカーフは代表者たちが首にかけるもので、総長と色違いだったものです。
さらに、総長に向かって設置されていたマイクを引き寄せ、鋭い口調で話し始めました。
「受領は拒否いたします!加えて湊総長はじめご列席の先生方に対し、学生、教職員、市民社会との対話を重んじる誠実な大学運営に回帰されるよう強く求めます」
10秒ほどスピーチした学生を、湊総長は笑みを浮かべながら眺め、「はい。(学位記)いらないの?」。
学生はその言葉に反応せず何も受け取らずに降壇。会場には拍手が響き、「いいぞ!」「ハイセンス!」といった声もあがりました。
この様子は京都大学がインターネットで生配信しており、このシーンが切り抜かれてX(旧ツイッター)にアップされたポストには1万以上の「いいね」が付きました。
当時の行動の背景を聞くべく、本人にインタビューを申し込みました。
「売名のためにやったことではないので名前は出しません」と言う本人。修士課程を修了して現在は会社員をしています。
式で着ていた服はタイガースとは無関係で、戦闘服としても使われていたガーナの民族衣装だそう。
「強い印象を与えるだけでなく、植民地主義とたたかって解放を勝ち取ったアフリカにあやかる意図もあった」と言います。
代表者として登壇することは、式の1カ月以上前に研究科の事務職員から打診されました。そのメールを見た瞬間に、今回のスピーチを思いついたそうです。
その理由を聞くと、「僕は京大の自治寮のひとつである『熊野寮』に住んでいました。大学当局は近年、寮生たちとの団体交渉にとりあいません」と話し始めました。
「大学のあり方について大学側と学生側とで考えが異なるのは当然で、そのためには意思疎通のための場が必要です。が、大学に対話の姿勢は見られません。学生たちとの交渉の場に総長は出てきません。直接相まみえることができる唯一の機会が授与式でした」
「国立大学の法人化など文科省が先頭にたって進める大学改革にとって、自治寮は見合わない存在です。吉田寮もいま、大学から訴えられています」といいます。
「式が配信されることは織り込み済みで、大学関係者でない方々にも関心を持っていただきたく、あの『パフォーマンス』をしました」
式で壇上から降りたあとは、すぐに会場をあとにしたといいます。
事前に友人たちが確認してくれていた非常階段を通って会場を出て、その前に用意されていた車に乗り込んで寮へ帰りました。
「最悪の場合、威力業務妨害の疑いなどで現行犯逮捕されることも想定していました。今の大学だったらやりかねないからです。実際、車が出た後に大学職員が数人追いかけてきていたようでした」
広く関心を持ってもらいたいと考えた短い文言については、「寮生であるとかないといった属性に関係なく、みんなが共感できる、最大公約数のような内容にしようと思いました」と振り返ります。
「でもまさか会場で拍手が起きるとは思っていませんでした。やはりみんな大学運営について思うところがあるのだなと分かりました」
京大というと、「自由」というイメージがあるかもしれません。
「その実、近年の京大は周囲の声に耳を傾ける姿勢を持たなくなってしまいました。その現状を多くの人に知ってほしいんです」と訴えます。
「自分には無関係だと思う人もいるかもしれませんが、社会を支える研究や豊かな社会貢献の前提には、健全な大学運営が必要です。そのために今も奮闘している学生たちがいます。多くの方々にぜひ関心を持ってほしいんです」
当時の式での行動について、京大広報室に「どのように受け止めているか」「大学運営の方針について見直しは検討しているか」「各自治寮と新たに対話の機会を持つ予定はあるか」と尋ねましたが、いずれについても「お答えすることはありません」との回答でした。
なお学位記の受領を拒否しても学位が取り消されることはないとのこと。
受け取らなかった学位記は式当日のうちに、院でお世話になった指導教官から渡されたそうです。
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